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双焔の魔女の旅路  作者: かおぴこ
第2章 始まりの物語
20/225

第19話 緋色の独白

2024/7/4 後半をもうちょっとエモい感じに改稿しました。

 二つの満月の明かりが部屋を照らす。


 訳もわからず集落に運び込まれて、なんだかんだで狼の血を飲まされたかと思えば、今度は別の家に連れ込まれた。


 恐らくこの家の住人である三人……両親と娘だろうか? 両親が30歳程度、娘さんが10歳前後だろうけれど、正直見たことがない顔の系統なので年齢は適当だ……が何やら話していたが、結局自分達に何か危害を加えたりすることは無く、おそらく「ここで寝ろ」と指示を出したあと衝立一枚挟んで自分達もさっさと寝てしまった。


 ヒイロも横にはなったものの、目が冴えてしまってまだ眠りにつくことはできそうにない。


 ――泊めてもらえるのはありがたいけど、流石に不用心じゃないかな?


 素性も言葉さえ分からないものを家にあげたばかりか拘束するでも無く隣で眠るというのは、日本の安全感覚だとあり得ない。


 ――そっか、ここはそういう場所ってことか。


 腕時計を確認すると、10時過ぎだった。昨日のこの時間は自室のベッドに居たし、本来なら今頃は札幌市内のホテルで同室の友人達とガールズトークに花を咲かせている頃だったろう。


 だというのに何の因果か、今はこうして日本どころか地球ですら無いであろう場所で横になっている。


 兄の影響で幼い頃からファンタジーものの小説、漫画やアニメ、ゲームなどに触れてきたヒイロには実は早い段階、それこそ昼間アカと共にひたすら平原を歩いている最中からこの状況を示す言葉が浮かんでいた。


 ――異世界転生……この場合は転移、かな?


 兄が「就活つれぇー。ああ、目が覚めたら異世界に転生してたりしないかなー」なんて零す度に何をバカなことをと冷ややかな目で見ていたが、まさか自分に起こるなんて。高校生活をそれなりに楽しんでいたヒイロからすれば迷惑でしかなかった。


 さて、これが異世界転移だとして、一応試しておくべしことはある。


「……ステータス」


 声にならないほどの小声で呟いてみるが、別に目の前にゲームのようなウィンドウが現れたりはしない。


「レベルオープン、収納(ストレージ)、スキルリスト、etc……」


 その後も適当にそれっぽい単語を呟くが、何も起こらない。


 ――ま、現実はこんなもんだよね。


 残念ながらチートスキルを授かったりはしていないらしい。という事は、今後も自力で生きていくしか無いという事だろう。


 横になったまま、改めて家の中を見回す。


 とりあえず雨風を凌げる環境にありつけた。2m以上ありそうな狼に襲われそうになった時にはもうダメかとも思ったが、助かったばかりか保護? までして貰えたのは幸運だった……獣の血を一気飲みするのはとても辛かったけれど。


 ――狼と言えば……。


 隣で眠るクラスメイトに目を向ける。アカはヒイロに背を向けて横になっていた。


 朱井(あかい) (アカ)。これまで殆ど話したことがないクラスメイト。ヒイロは、茜坂(あかねざか) 緋色(ヒイロ)という、赤が重なっている自分の名前があまり好きでは無かったので、さらに直接的な名前の朱井さんの場合は直接的過ぎて苦労してきたんだろうなと、勝手にこっそり親近感を抱いていた。


 とはいえ朱井さんはどちらかというとスクールカーストの上位側というか、端的に言ってギャル系の子とつるんでいた。朱井さん自身は髪は染めてないしピアスなども開けてなかったが、髪はゆるくウェーブするようにパーマをかけているし、うっすらとメイクはしているしスカートも膝上15センチくらいだったしと、すっぴん膝丈族の自分とは正反対のタイプだったのだ。


 正直なところ、見たことのない場所で彼女と二人きりだった時、ついてないと思ってしまった。それこそ、仲がいい子だったら良かったのに、と。


 しかし今日一日だけで、そんな思いはひっくり返った。勝手な印象で評価してごめんなさい、と。


 朱井さんはなんというか、責任感がとても強い人だった。最初に進もうと言ってくれたところから始まり、足の怪我を手早く処置してくれて、さらに狼に襲われた時には身を挺して自分を庇ってくれた。


 部活でもリーダーを任されていると話していたが、そのリーダーシップが如何なく発揮されていたと思う。こんな状況になってもヒイロが取り乱さずに済んでいるのは、朱井さんが頼もしかったと言う部分も大きい。


 ――明日、改めてお礼を言おう。


 そう考えて隣で眠る背中を見つめた。


 ……そうして暫く見ていると、その背中が小刻みに震えている事に気がついた。


 ――朱井さん?


 さらに注意深くその背中を観察すると、ほんのわずかに嗚咽のような音が聞こえて来る。ヒック、ヒックとそれこそ蚊の鳴くような大きさだった。


 アカは泣いていた。無理もない。いきなり異世界に放り出され、数時間歩かされ、獣に喰われかけ、挙句その血を飲まされて。泣かない方がおかしいのだ。


 ここまで何とか堪えてきたけれど、こうして静かな夜に……聞こえてくるのは虫の声や、時折遠くで鳴く獣の遠吠えくらいだ……薄暗い部屋で横になって、ついに限界を迎えてしまったのだろう。


 だというのに。


 ――この人は、それでも私を不安にさせないために、声を殺しているんだ。


 声が聞こえたらヒイロに不安が伝わってしまうと思って。だから外に声が漏れない様に必死に声を抑えている。


 ああ、なんて優しくて強い人だろう……きっといつもこうなんだろう。リーダーとしてみんなをまとめていくために辛い事があっても抑え込んで、乗り越えて。明日には無理して笑って見せて。そうする習慣がついているんだろうなとヒイロは納得した。


 だけど異世界(ここ)でそれは良くない。ここには傷付いたアカの心を埋めるものが何もない。家族も、娯楽も、食事も、安全の保証さえも。こんな環境で悲しみを溜め込んだらあっという間に心が壊れてしまう。それはとても良くない事だとヒイロは思った。


 ――私が、朱井さんにできる事。


 今日一日、守って貰った。たった一日。だけどきっと、今日よりも歩むのが大変な一日はこの先もう来ない……それぐらい、ショックの大きな一日に勇気付けてくれた。そんな彼女を少しでも支えたい。


 ヒイロはアカの傍により、その背中にそっと触れる。アカはびくっと身体を震わせた。


「あ、茜坂さんっ!?」


 震える声を上げるアカ。ヒイロが起きているとは思っていなかったのだろう。


「朱井さん、泣いていいんだよ」

「え、えっ?」

「私、そんなに弱くないから。大丈夫だから」

「茜坂さん……」

「朱井さんみたいに格好良くは出来ないし、頼りにならないかも知れないけど。それでも朱井さんが泣いてる時に側で支えられるくらいには、なりたい」


 アカの背中をゆっくりとさする。


「今日はずっと朱井さんに助けて貰ってばっかりで。だけど明日からは私も頑張るよ。二人で頑張っていこう」

「……うん」

「だから、今日頑張ってくれた朱井さんは、無理しないで泣いていいよ。私が側にいるから」


 ポンコツだけどね、と言って笑って見せる。アカはおずおずと身体をヒイロの方に向ける。


「茜坂、さん……」

「おいで」


 アカの頭をぎゅっと抱きしめる。汗臭いのはお互い様だ。


「……ぁりがと……」

「うん」

「……うぅ、うぁぁ、うわぁぁぁん……っ!」


 ヒイロの胸の中で声を上げて泣くアカ。衝立の向こうには親子が眠っているので、声量は抑えているがそれでも高校生の女の子の泣き方としては中々に容赦が無い。そんなアカの頭をヒイロは優しく撫でる。


「ぐすっ……わぁぁぁぁん……ご、ごめんなさいっ!」

「いいよ」

「今日だけだからっ……! 明日からまたがんばるからっ……!ー

「うん、一緒に頑張ろう」


 ヒイロはそのまま泣き喚くアカを優しく撫で続けた。暫くすると、アカは落ち着いた様でヒイロの胸から顔を離す。真っ赤に腫れた上目遣いでヒイロの方を見て恥ずかしそうに「ありがとう」と言った。ヒイロも揶揄う事なく「どういたしまして」と返す。


「あの、さ」

「うん」

「今日、このまま寝てもいい?」

「抱きついたまま?」

「いやなら離れるけど……」

「いいよ」


 もう一度、アカの頭をぎゅっと抱きしめる。アカはヒイロの胸の中でもう一度「ありがとう」と呟いた。


 ……。


 …………。


 ………………。


 いつもの凛としてかっこいいアカ。

 不安で泣いてしまったアカ。

 恥ずかしそうに甘えてくるアカ。


 後から思えば、この夜、ヒイロはアカに惚れてしまっていたのかも知れない。


 ――ギャップ萌えってやつかしら。

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