第181話 試験開始!のその前に
ついに迎えた試験当日。場所はまさに魔法学園その場所である。
「願書を出しに来て以来、二回目だけどやっぱり大きいね」
「そうね。私達の高校も結構大きかったけど、敷地だけでも何倍もありそう」
大学のキャンパスとはこんな感じだろうか。願書提出時にもらった案内図を見ながら試験会場に向かう一行。
「こっちでいいのかな?」
「私は一般クラスの試験だからあっちみたい。じゃあ二人とも、頑張ってね」
「ウイ様も」
「私はよほど酷い点数じゃなければ合格するから」
そう言って笑うとウイは一般クラスの試験会場に向かっていった。その背中を見送ったアカとヒイロも、反対の特待生クラスの会場に向けて歩き始めた。
……。
…………。
「ここかな?」
「そうみたいね。遅刻せずに着いてよかったわ」
扉を開き中に入ると、およそ十メートル司法程度、高校の教室と同じくらいの大きさの部屋に一人がけの小さな机が二十個ほど並んでいる。机の並び方も高校みたいで、何だか懐かしい気持ちになった。
既に何人が着席して、思い思いに試験に備えている。
アカ達は改めの受験案内を見るが、座席の指定は無いようだ。じゃあ窓際の席でいいかと、他の人の邪魔にならないようにコソコソと移動した。
一番前にヒイロが、そのひとつ後ろの席にアカが着席。羽ペンを用意したらあとは試験開始を待つばかりである。
……。
…………。
「おい、貴様。誰に断ってそこに座っている」
居丈高に声をかけられたヒイロが顔を上げると、偉そうに腕を組んだ男が立っていた。ポカンとしているヒイロに、再び男が威圧的に言い放った。
「そこはこのモルト・ロステストの席だと決まっている。勝手に我が物顔で座るんじゃ無い」
「ああ、そうだったんですね。ごめんなさい、指定席とは知らなくて」
ヒイロは慌てて椅子を引いて立ち上がった。他の人の席に座ってしまうとはとんだ失態である。
改めて、自分の席を確認しようと受験案内を見るが……
「……やっぱり座席番号って書いてないよなぁ。あの、スミマセン。座席指定ってどこに書いてあるんですか?」
先ほどまでヒイロが座っていた椅子にふんぞり返るように座った男に訊ねてみるが、男はジロリとヒイロをひと睨み、そのまま無視して試験の準備を進める。
「あのー、聞こえてます? この案内のどこに席が指定されてのか教えて欲しいんですけど……」
「貴様、私が誰か分かっているのか? それとも上級貴族に対して馴れ馴れしく口を聞ける身分だとでも言うつもりか?」
うわ、こいつ面倒臭いやつだ。ヒイロはやっちまったと思った。
「そ、それは失礼いたしました……」
そのまま回れ右してとりあえずそこから離れようとしたヒイロを、だがしかし男は見逃してはくれなかった。
「待て。上級貴族に無礼を働いた者を見逃しては沽券に関わる故、貴様の家には厳重に抗議させて貰おう。家名を名乗れ」
「…………」
「名乗れと言っている」
困ったな。相手の言う家名というのは「貴族としての」という意味であることは明白だ。ここで茜坂という自分の苗字を名乗ったら叩き斬られそうだし、かと言ってムスコット伯の名前を出すわけにもいかない。
「……ありません」
「巫山戯ているのか?」
「いえ、私は平民ですので」
仕方なく、正直に打ち明ける。すると男は一瞬で顔を真っ赤にして立ち上がった。
「平民だと!? 平民風情が、この私に声を掛けたと言うのか!」
そのまま勢いよく掴み掛かろうとしてきたので、ヒイロは思わず身を逸らして避けてしまった。男はバランスを崩しそのまま倒れ込む。
「あ……」
「ちょっとヒイロ!」
ハラハラしながら様子を窺っていたアカが慌てて駆け寄るが、怒りが頂点に達した男はヒイロを指差して宣言する。
「き、貴様ぁ! 許さん! 死刑だ!」
「えぇ……」
「今ここでその首を落としてやる!」
こんな事で死刑にされては敵わない、と言いたいところだが平民が貴族に無礼をはたらくというのは不敬罪で殺されても仕方が無い。つまり身分的にはこの男の無茶が通ってしまうのである。
「お辞めなさい」
男が腰の剣に手をかけ、ヒイロが魔力を込め始めたところで横から待ったがかかる。声の方を見ると、凛とした佇まいの女性がこちらを見ていた。
「今から試験を受けるこの場を、血で汚すつもりですか?」
「し、しかしこの平民が私に非礼をはたらいたのですよ!?」
「先に声を掛けて席を立たせたのは貴方でしょう。そちらの娘は貴方の「そこは自分の席だ」という物言いを聞いて、席の指定があると勘違いしてしまっただけでは無いですか」
「し、しかしヒルデリア王女。お言葉でありますが、この者は平民の分際で誇り高き特待生試験を受けようとしているのですよ!? それ自体が私のみならず貴女様をも侮辱する行為では無いですか!」
「魔法学園は全ての者に門戸が開かれておれます。それは特待生試験であっても例外ではありません。学校側が受験を許可して案内を渡したのであれば、外野がとやかく言うべきでは無いでしょう」
「し、しかし……」
「それとも、彼女が試験を受けると自分が不利になるからこの場から追放したいというつもりですか?」
「そ、そんなことはありません!」
「それであれば、その娘が試験を受ける事には何の問題もありませんね。先程の失礼程度、私に免じて見逃しなさい」
「……承知いたしました、王女」
きっぱりと言い切った女性に、男は恭しく頭を下げた。
王女と呼ばれたその女性はヒイロに向き直る。
「良かったわね、彼は貴女を許して下さるようよ」
「は、はい……あ、ありがとう、存じます」
「どういたしまして。席の指定は無いのだから、好きな席で試験を受けなさい。とはいえ、あんなことがあったあとだと場所は移った方がいいかしら。私の隣が空いているからここに来るといいわ。その後ろも空いてるし、お友達も一緒に来なさい」
そう言って隣を指差した王女。ヒイロは改めて頭を下げて、アカと共に指定された席に移動した。二人が席に着くと王女はニッコリと微笑んだ。
「あ、あらためてありがとう存じます。王女様、でよろしいんですよね?」
「ええ。この国の第二王女、ヒルデリアです」
「ヒルデリア様……」
「合格したら、その時は同級生ね。そうなれるように、お互いに全力を尽くしましょう」
ヒルデリア王女はそう言うと前に向き直りしゃんとした姿勢で試験官を待つ。
とりあえずヒイロが乱闘を起こさなくて良かったとアカは胸を撫で下ろした。あのまま上級貴族を名乗った男が剣を抜いたら、ヒイロは間違いなく応戦しただろう。となれば自分達はお尋ね者になり特待生どころの話で無くなるところだった。
たまたまヒイロの席に彼が座りたかっただけで、そこに座っていたのが自分であってもやはりのトラブルにはなっまかもしれないとアカは思った。やはり貴族にはこういう身分差を気にするような人もいるんだなと改めて実感する。
というかウイ様がフランク過ぎるのよね。ムスコット伯も平民の自分達に対して礼儀云々とは言わなかったし、ちょっと気が緩んでいたのかもしれない。
寛大な第二王女……ヒルデリア様のおかげで事なきを得たとはいえ、改めて気を引き締めないと。そうアカが決意したところで紙の束を持った試験官が教室に入ってきたのでアカは気持ちを切り替えて試験に臨む事にした。
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