第177話 出発
翌朝、アカとヒイロ、そしてナナミはギルドへ赴き、その足で街の門へ向かった。
「まだ二の鐘まで大分あるよ。さすがに早すぎじゃないかなぁ」
「私達の方が遅れて粗相があったら大変じゃない」
「それはそうだけど。師匠、貴族の言う「明日の朝」って大体何時とか暗黙の了解は無いんですか?」
「貴族に限らず朝に集合って言えば大体二の鐘ぐらいだけどね。まあアカも言うようにこっちが待たせて不興を買うよりマシだと思って待とうじゃ無いか」
三人が待っているのはウイユベール嬢である。
昨日、推薦状にサインをもらった際にムスコット伯から魔導国家の首都までウイユベールを護衛するよう指名依頼を受けたのであった。
そもそもウイユベールはこの春から魔法学園に通う予定でその準備のためにと王都へ移動してきた。その移動中に襲撃があったり川に落ちて到着が大きく遅れたりと問題はあったが、幸い当初の目的が果たせなくなるような事態には陥っていない。
なのでウイユベールは予定通り魔法学園のある魔導国首都へ移動しようと思ったのだが、ここで先日の襲撃が尾を引いた。
件の不正、そして口封じのためにウイユベールとアリアンナの襲撃を手引きした貴族の処分こそ決まったが、周りの者がどこまで関わっているのかという調査はいまだに続いている。この状況ではムスコット伯もアリアンナ夫人もこの王都を離れるわけには行かず、ウイユベールに同行出来ないのだ。
護衛をつければ良いかと言えば、もともとムスコット伯の屋敷はネクストの街にあり、王都にあるこちらの屋敷は短期滞在するための別邸という位置付けだ。そのため王都にあるこちらの屋敷には使用人や護衛などは最低限の人数しかおらず、屋敷とムスコット伯を守護する以上の人員は捻出が難しい。
ならば冒険者ギルドを通してを、と言うところで前回の騒動が頭をよぎる。あれが毎回だとは思わないが、気にせずもう一度有象無象の冒険者に命を預ける気にはならなかった。指名依頼をしたいと思っていた双焔の二人には、専属冒険者の勧誘を断られたこともあり頼みづらい……。
そんなわけで、少々困っていたところに本命の二人が魔法学園の推薦状を持ってノコノコと現れたのである。正直渡りに船であったというわけだ。
といった事情を掻い摘み「魔法学園に向かうのならついでにウイを護衛してくれると助かるのだが」と言ったところ二つ返事で了解してくれたので、そのままギルドに指名依頼を出し、アカとヒイロは朝一番でそれを受領したというわけだ。
◇ ◇ ◇
ゴーン……、ゴーン……。
「あ、あの馬車じゃない?」
ピッタリ二の鐘に現れた馬車から降りてきたのは予想通りウイユベールと、見送りに来たアリアンナ夫人であった。
「ヒイロ、アカ!」
「ウイ様、お世話になります」
「ええ。十日間ほどの旅程だけど、よろしくね。ええと、そちらがナナミさんで良かったかしら?」
「あ、紹介しますね。今回の護衛に同行する、私とアカの師匠でAランク冒険者のナナミさんです」
ナナミを同行させる許可は昨日の時点で得ていた。ヒイロが紹介するとナナミは丁寧に礼をする。
「初めてお目にかかります。ナナミと申します」
「ええ、ナナミもよろしくね」
師匠がなんかちゃんとしてるっ……! 考えてみればAランクだし、そもそも自分達に色々と教えてくれている師匠がきちんとできるのは当たり前なんだけど、いつものオバさんぶった話し方をしているところしか知らないと違和感が凄いっ!
「ヒイロ、何か失礼なこと考えてる顔してるけど。馬車、乗るよ?」
「お、おう」
アカに促され正気に戻ったヒイロは慌てて馬車に乗り込んだ。
◇ ◇ ◇
「こうして見ると、二人とも普通の女の子なのにねぇ……」
ゴトゴトと馬車に揺られながら、ウイユベールはアカとヒイロをしげしげと眺めて呟く。ちなみに今はナナミが御者台に座って馬を操っており、箱型の馬車の中にはウイユベールの隣にヒイロ、向かいにアカという位置取りである。ちなみにこれは前回の襲撃時に(※)御者がこっそりすり替えられてしまったことや向かい合わせで座っていたせいで対応が後手に回ってしまったことに対する反省である。ナナミが馬を操りつつ周囲を警戒してくれていれば安心だし、万が一馬車が暴れても隣に座っていれば咄嗟にウイを抱えて脱出できる。
(第11章 第152話)
「そりゃ、普通の女の子ですから」
「まあそうなんだけどね。昨日あのあと家にある本を読んだんだけど、落ち人というのは世界に進化と変革をもたらす者って前提があって、挿絵ではなんか背中に翼が生えて民に施しを与える神々しい姿が描かれていたのよ。多分世間的にはそういうイメージが刷り込まれているんじゃないかしら」
「背中に翼なんて生えてないですよ、ウイ様も知ってるでしょう?」
一緒に川で裸になった経験があるヒイロは、何の気なしに指摘する。だがウイユベールはその時の事を思い出して顔を真っ赤にした。
「ということは、私達が落ち人だってバレることはそうそう無いって事でしょうか」
「一般人には、そうかもしれないわ。これまで誰かに指摘されたことは?」
「無いですね」
本当はナナミに見抜かれた事があるが(※)それはアカとヒイロがうっかり日本語で話していたのを同郷のナナミに聞かれたからであるので、さすがにノーカンだろう。
(※第9章 第117話)
「でしょうね。一般的なイメージ云々を差し引いても、まさかこんな風に冒険者をしているなんて誰も思わないもの。……これから行く魔導国家で専門家が見たらどうなるかは分からないけれどね」
ウイユベールの言葉に頷く。昨晩ナナミにも言われた事だ。だがそれも先の話、まずは特待生試験に合格しなければならない。と、そこでヒイロは特待生試験がどんなものかまるで知らないことに気付いた。
「そういえばウイ様。特待生試験ってどんな問題が出るか知っていますか? 学科試験と実技試験みたいな感じでしょうか」
「ええっ!? あなたそんなことも知らずに試験をうけようとしていたの!?」
「あはは……」
「呆れた。……いいこと? あなた達にはウチの名前を貸しているのよ。お父様は結果を気にしないとは言ったけれど、それでも試験を白紙で提出して私達の顔に泥を塗るような真似はしないで頂戴」
「そ、それは勿論! それで、どんな試験になるんでしょうか……」
「はぁ……その様子だともしかして、特待生っていうものがなんなのかもよく分かってないんじゃないの?」
ギクリ。図星である。思い切り顔に出たヒイロを睨んでウイユベールは諦めたような首を垂れた。こんな様子で大丈夫かしら。
「まずはそこからね。とはいえ、私も詳しく知っているわけじゃ無いけれど」
そう前置きして、ウイユベールは魔法学園の仕組みについて説明を始める。
◇ ◇ ◇
魔法学園は基本的に来るもの拒まずの精神である。さすがに全く魔法が使えないものを受け入れる事はないが、逆に魔法を使う才能さえあるのなら誰でも入学できる。
最も人気なのは、平民向けの短期間で最低限の魔法の使い方を叩き込んでくれるコースであり、個人差はあるが二十日ほどで自分の属性の初級魔法を発動できるようになる。
入学金は無く授業料もお手頃であるし、その性質から一年を通して入学が可能だ。試験らしい試験もなく、最低限の魔力を体に宿してさえいれば良い。
水魔法の才能持ちなら生きるために最低限の水を自力調達できるようになるし、光魔法なら照明の魔道具の動力を節約できるようになり、土魔法なら畑を耕す効率があがるなど「生涯にわたって生活が少しだけ便利になる」能力を破格の対価で得られるのでスラムの孤児でもなければ子供達は一定の年になったら魔法学園の者を叩くのが魔導国家の常識でもあるらしい。
「ここまではヒイロとアカ、あと私には関係ない話ね」
「そうですね。次がウイ様の受ける一般クラスですか?」
「ええ。まあ一般クラスというのは通称で、正式には魔法使い養成コースって呼ぶのだけれど」
魔法使い養成コース……通称、一般クラスはある程度以上の才能を持ちかつそれなり以上の金を用意できる者向けである。必然、平民の割合はグッと減る……というより、ほぼ居ない。
このコースでは魔法使いとして一人前になるためのカリキュラムが組まれている。最初の一年は自身の魔法を伸ばしつつ魔法の歴史やそこから生み出された技術理論などを座学でしっかりと学び、その後二年かけてさらに自分の才能を伸ばしていく。
三年間のカリキュラムを終えて最後に卒業試験を合格する事で魔法使いと名乗る事が許されるのである。
「だから魔導国家で魔法使いを名乗れるのは厳密には魔法学園を卒業した者だけってことね」
「じゃあそうじゃない魔法使い……例えば今の私たちってどういう位置付けになるんですか?」
「ちょっと魔法が得意なだけの一般人、かしら。またはモグリの魔法使い?」
「なるほど」
「じゃあ最後は特待生ね」
待ってました。アカとヒイロは無意識に背筋を伸ばした。
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