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双焔の魔女の旅路  作者: かおぴこ
第2章 始まりの物語
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第18話 血の歓迎

「エル、これを飲め」

「ギタン、これは……?」

「万病に効くと言われる月白狼(ルナウルフ)の肝をすり潰した薬だ。お前の病もこれで治る」

「月白狼!? 幻の獣じゃない!」

「ああ、運が良かった。神が微笑んでくれたんだろう」


 ギタンは月白狼の肝をエル()に飲ませる。エルがクスリを飲んだ事を確認すると、彼女を寝かせて一度家を出た。外に出るとルゥ()が駆け寄って来た。


「おとう、おかあは?」

「肝は煎じて飲ませた。きっと良くなってくれるさ」

「そっか、良かった」


 ホッとして表情を崩す娘の頭に手を置いた。


「あの二人は?」

「長のところ。月白狼の残りと一緒に預けてある。おとう、あの二人は本当に「落ち人」なのか? 見たところただの人間だけど」

「どうだろうな。ただ、俺たちの前に月白狼を呼び寄せてくれたとなれば恩人だ。無下にはできないだろう」


 ギタンは村長の家に向かう。村の奥、他の家より少しだけ大きいここが、村長の家だ。入り口にかかっている布を開き、声をかける。


「長」

「ギタンか」

「入ってもいいか?」

「ああ、入れ」


 家の奥に入る。今日は二つの月が満月となる珍しい日なだけあって、窓から入る月明かりが室内を明るく照らしている。


 部屋の奥にはギタンが持ち帰った月白狼が吊るされていた。今は血抜きをしていたのだろう、首に深い傷を入れられた月白狼の下には大きな器が置かれて、滴る血を受け止めている。


 そしてその隣には例の二人の少女――そう形容するが、この辺りでは見ない顔立ちなので実際の年齢は分からない――が所在なさげに座っている。


 ギタンは長の方を向くと、軽く頭を下げた。


「済まないが肝は取らせてもらった」

「お前がエルのために月白狼の肝を探し続けていた事は村中が知っている。一刻も早く飲ませるために先に取ったところで、文句を言う奴はおるまいて。それにしても良くぞこれを仕留めた……弓矢で一撃か、さすが「剛弓のギタン」だな」

「運が良かった。警戒心の強い月白狼が、そこの二人に導かれるように現れたうえ、見惚れるように呆けていたんだ」

「ルゥから聞いた。「落ち人」……にわかには信じられないが」

「奇怪な姿と異国の言葉、それに月を惑わす魔の力……、月がソイツだとすれば伝承に合う」


 ギタンは吊るされた月白狼を指した。


「だが、そう見せかけた間者の可能性もある」

「話はしたか?」

「まるで言葉は通じない。一応身振り手振りで最低限の意思疎通は出来るが、そこも怪しいといえば怪しいな」

「出来れば恩人としてウチで引き取りたいと思っている」

「恩人?」

「ああ。さっきも言ったが、俺は月白狼を討てたのはこの二人のおかげだと考えている。受けた恩は返すのが決まりだろ」

「なるほどな……だが間者だとしたら?」


 長は二人の少女をギロリと睨む。二人はビクッと震えて身を寄せるが、何かしてくるわけではなくこちらの様子を恐る恐る伺っている。


「国の遣いだとしたら、我々の()()を受けないのではないか?」

「なるほど、奴らは我々を野蛮な部族と決めつけているからな。それはあるだろう」


 長は器を三つ取り出すと、月白狼の下にある血が溜まった大皿からそれぞれ一杯ずつ血を掬った。


「我々としては生けるものに対する感謝と尊敬なのだがな」


 長は血の満ちた三つの器をギタンと、二人の少女の前に置いた。


「異邦の者よ。我々は君たちを歓迎する。簡単ですまないがこの杯は歓迎の気持ちだ、受け取ってくれ」


◇ ◇ ◇


 む、無理無理無理っ!


 目の前に置かれた血の満ちた器を見てアカは泣きそうになる。


 狩人の男女を必死に追いかけること数十分、ようやく辿り着いた村というか、集落。木で作られた枠に草を束ねたものを被せた簡単な住居が十数棟並んでおり、アカとヒイロはその一番奥に通された。


 相変わらず言葉は通じないが、とりあえず座っているようにと指示されたと思うので、そこで固まっていた。


 真横にはあの狼が吊るされて、その血を集めているようだが現代っ子のアカは充満する血の匂いで既に辛かった。横にいる茜坂も辛そうな顔をしてるのは、加えて足の怪我の痛みもあるのだろうか。


 なんにせよ、無事に解放してもらえるのを祈るしかないと思っていたところに自分達を導いた男が現れる。そしてこの家の主と思しき男と何やら話して、


 アカとヒイロ、そして男の前に血で満たされた器が置かれた。


 これはたぶん、自分たちを何かしら試す意図があってのものだろう。おそらくこれを飲み干せなければ不審者として扱われ、最悪怪しいものは殺すべしという流れになることも考えられる。


「茜坂さん……」


 隣を窺うと、茜坂も真っ青になって器を見ている。彼女もこの意味は分かっているようだ。


「朱井さん……これ、飲んだ方がいい、よね……?」

「たぶん、飲まないと詰むんじゃないかしら……」


 自分達の言葉が通じない以上、彼らの前で会話をするべきではないと思っていたけれどこの状況はさすがにそうもいかない。


「乾杯とかは、無さそうかな……?」

「まあ彼らを見る限り、先に飲み干すのが礼義なのかしらね」


 多分器に入った血は200cc程度。


 獣の生き血とか、病気だの寄生虫だののリスクがあるので現代日本ではまず飲まれない。やはりここは日本では無いんだなと今更実感。


 恐る恐る器を手に取った。隣の茜坂も震えながら器を持っている。


「せーので飲める?」

「が、がんばる……」


 拒否はあり得ないが、むせたり吐き出しても良く無い事になるだろう。


「これはお茶、すこし匂いが独特なお茶……」


 茜坂がブツブツと呟いて器に口を近づける。なるほど、自己暗示かとアカも倣うことにした。これはお茶、お茶、お茶……。


「せーのっ」


 グッと一気に飲み込む。味わってはダメだ。


 くぅっ……鉄の味と喉に貼り付くような感触が嫌でも広がる。これはお茶、お茶だからっ!


 ゴクリゴクリと喉を鳴らして、なんとか全て飲み干した……器の底に5mmほど残っている気もするが、そこは見逃して欲しい。


 茜坂もなんとか飲み干したようで、目に涙を浮かべながらも溢さずに器を戻した。


「ご、ごちそうさま、でした」


 目の前の男二人に、精一杯の笑顔を浮かべてお礼を言っては見せたけれど果たしてどう思われただろう。


◇ ◇ ◇


 かなり躊躇があったようだが、二人は歓迎を受け入れた。


「ふむ、明らかに渋ってはいたが」

「しかし都会の人間にとって獣の血は禁忌(タブー)とされているはずだ。元々の国に血を飲む習慣が無かったものの、無理してこちらに合わせたとも受け取れる」


 そういうとギタンは手元の器を持ち、その血を一気に飲み干した。酒で割らない血はギタンといえど飲みやすいものではない。部族のルールでは一口飲めば歓迎を受け入れたとみなし、こちらも同じ量を飲む事で客人をもてなす意志を示すのだが、目の前の二人が器いっぱいの血を飲み干したためギタンも飲まざるを得なくなってしまった。


「とにかく、この子達は恩人としてウチで預かろう」

「ああ、ひとまず問題は無い。だがギタン」

「分かっている。もしも間者だと判明した場合は、すぐに処分する」

「うむ。それが分かっているなら問題ない」


 ギタンは血を飲んで涙目になっている二人に向き合った。


「ついて来い」

「?」


 やはり言葉は分かっていないか。立ち上がり、手を差し出す。確かこちらの少女が足を怪我していたはずだ。少女がおずおずと手を取ると、グイと引き上げて立たせる。そのまま手を引いて村長の家を出ると、もう一人も慌ててついてくる。


「おとう!」

「ルゥ、この二人は我が家で預かる事になった」

「えっ!?」

「長も認めた。行くぞ」


 少女の手を引いたまま自宅に向かう。家に着くとエルが出迎えた。


「ギタン、ルゥ。おかえりなさい。……その子達は?」

「エル、寝てないとダメじゃないか」

「お薬のおかげでとても調子が良いのよ」

「そんなにすぐに効くものでもないだろう。……まあいい、この子達について説明する。ルゥも来て座りなさい」


 少女達も家に上げ、部屋の中央に座らせる。


「この子達は、うちで面倒を見ることになった」

「…………」

「あらあら」


 仏頂面のルゥと、穏やかに笑うエル。当事者の二人は訳もわからず硬い表情で縮こまっているのだが。


「ルゥや長には言ったが、俺はこの二人が「落ち人」だと思っている」

「落ち人って……、どこか違う世界から神の手によって落とされるっていう御伽話のあれ?」

「ああ。知らぬ言語を語り、見知らぬ機械を操り、この世界に新たなる概念をもたらすなどと言われるあの御伽噺に出てくるあれだ」

「おとうは、こんな年になってもそんな夢を信じているのか?」


 ルゥが不満そうに言うと、ギタンは優しく笑いかける。


「俺だってそんなに都合の良い存在だとは思っていない。だけど何年も探し続けた月白狼がこの子達の前に姿を現し、結果的にエルの薬を手に入れることが出来たんだ。たとえそうでなかったとしても恩人だと思っている」

「たまたまじゃないのか?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。それを聞き出すのが、ルゥの仕事だ」

「はぁ?」

「彼女達と会話ができるようになりなさい」

「こんな奇怪な言葉を覚えるのか? ルゥはイヤだ」

「だったら俺たちの言葉を覚えて貰えばいい。うん、その方が恩返しになるだろうな。明日から早速頼んだぞ」

「明日から!? 狩りは!?」

「月白狼を狩ったんだ、しばらくはルゥが居なくても文句は言われんよ。俺は他の家の者と狩りを続けるがな」

「私もおとうと狩りの手伝いがしたい!」

「じゃあその二人に言葉を教えるのはエルの仕事になるわけか。せっかく薬が手に入ったのに無理してそんな仕事をしたら、病気も治らんかもな」

「グッ……」


 ルゥは隣で微笑む母を見る。何年も病で伏していた母のための薬が、今日やっと見つかったのだ。今は具合が良さそうだが、これがいつまで続いてくれるのか……少なくともしばらくの間、無理はさせられない。


「それに、家で言葉を教えると言う事はルゥと一緒に居られるぞ」


 まだまだ甘えたい盛りの娘は、この一言で折れた。


「……わかった。やる」

「ありがとう。よろしくな」


 渋々了承した娘の頭を撫でながらギタンは頷いた。

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