第174話 魔導国家と落ち人の歴史
第12章 第173話からの流れで、アカがヒイロとナナミに龍との出会いを共有したあとの場面となります。
アカの話を真剣な顔で聞いていたヒイロとナナミにであったが、アカが「この先はヒイロも覚えてるでしょう?」と言って話を終えると、ふぅーっと大きく息を吐いて身体の力を抜いた。
「まさか炎龍王とは、恐れ入ったね」
「この世界にくる時に魂が壊れてたことや、龍の魂と融合してそれを直したりした後遺症でそのあたりの記憶が曖昧だったのかなって思います。私も全部思い出したのは先日の昏睡から目が覚めた後だったし」
龍のアカと出会った空間は、龍の心象風景のようなものである。これまでも何度かあの場所を夢に見た事はあるが、起きる度に忘れてしまっていた。龍によればようやく融合がほぼ完了した事で記憶が定着するようになったとの事だ。
「じゃあ私もアカも、炎龍王の力があるって事?」
「その双子の娘の龍の魂が私たちの魂と混ざってるだけだから、多分炎龍王の力を使いこなせるって事はないと思うけどね」
それでも恩恵は十分受けてきた。思い当たる節はひとつやふたつではない。
「はわわわわ……」
ヒイロは自分の広げた自分の両手を見ながら目を丸くしている。確かにいきなり「お前の魂に龍のものが混じっているぞ」と言われたら自分も同じ反応をするかもしれないとアカは思った。
実際は侵食とか洗脳といったものでは無く共存だし、龍達は自我を持つ前に魂となり融合した事でその意志のようなものは無く、いわばもう一人の自分自身である。だからこそ意識の世界で相対すると時は自分と同じ姿をしているし、嘘偽りのない本音が全て筒抜けでやりにくいったらありゃあしない。
「ヒイロも私と同じタイミングで龍と融合しているはずだから、意識すれば龍に会えると思うわよ」
「そ、そうなの? 大丈夫? 怖くない?」
「大丈夫よ、きっと」
だってヒイロだもん。意外とヒイロ同士気が合うかもしれない。
「思っていた以上にすごい話だったけど、それは流石に使えないねぇ……」
ナナミが難しい顔をして呟いた。
「使えないって、炎龍王の力をですか?」
「ああ、そういう意味じゃないんだ。そうだね、良い頃合い出しそろそろ魔導国家へ向かう相談をしようか」
宿に戻るとナナミは自分の荷物から二枚の紙を取り出してアカとヒイロに手渡した。
「これは?」
「推薦状って書いてあるね。……こっちには私の名前で、そっちはアカのかな」
「これ、なんですか?」
「書いてある通り、推薦状だよ。アンタ達ふたりの魔法学園入学のためのね」
「魔法学園?」
ナナミは頷き、計画をアカとヒイロに伝える。
「落ち人に関する情報ってのは魔導国家の中でも極秘情報扱いされているって言うのは前に話したね?」
「確かにそんなような事を言ってましたね」
「あの国は魔法の研究と魔道具の開発で発展してきた歴史がある。その歴史の中で落ち人ってやつは秘密裏に利用されてきたのさ」
「利用、ですか」
「落ち人って私たちみたいに日本からこの世界にやってきた人の事だよね? 私とアカは運良く馴染めたけど、この世界のことが右も左も分からないどころか、言葉すら通じないような落ち人をどう利用するんだろ?」
「ヒイロはすっかり忘れてるみたいだね。アカ、アンタは覚えているかい?」
険しい顔でヒイロを睨みつつアカに問いかけるナナミ。ヒイロは舌を出して頭を掻く。お前それで誤魔化してるつもりかよと思いつつ、アカは前にナナミから習った事を思い出す。
「確か、落ち人の持つ無色の魔力を利用するみたいな話がありましたよね。なんか監禁して魔力だけ抽出するとか、すごく物騒な話を聞いた記憶があります(※)」
(※第9章 124話)
「さすが、誰かさんと違ってよく覚えているじゃないか」
「わ、私だってそう言う話があるっていうのは覚えてたけど! だけどそういう事をするのって一部の悪いやつじゃないんですか?」
「アタシはそんなこと一言も言ってないよ。そもそも無色の魔力を抽出したところでしっかりした施設でもなければ有効に活用できないじゃないか」
「え……じゃあ落ち人を片っ端から誘拐して無色の魔力を吸い出すのって国営事業としてやってるってことですか?」
「そこまで大っぴらじゃないし、なんならアタシだって魔力を提供した事はあるよ」
「ええ!? 師匠も!?」
やれやれ、なかなか本筋に進めないねと言いつつ、ナナミはアカとヒイロに詳しく説明をしてくれる。
……。
そもそも魔道具は特定の属性の魔力を元に動作する。例えば灯りを照らす判断であれば光属性、キッチンコンロであれば火属性、蛇口を捻って水が出る魔道具であれば水属性といった具合だ。それぞれ非常に高価で平民にはなかなか手が出ないこともあってアカとヒイロにはこれまでほぼ無縁なものであったが、貴族達は普通にこれらの魔道具を使いそれなりにしっかりした生活インフラを享受している。
灯りを照らす、火を起こす、水を出すといった単純な役目のものであれば単一の属性でいいのだが、例えば風呂を沸かす魔道具であれば水と火の魔道具――の部品――をうまく組み合わせる必要がある。このとき水属性の割合が強ければ風呂は沸かないし、火属性が強ければ熱すぎるか下手すれば水が蒸発して空焚きを起こす。魔道具職人達は新しい魔道具を開発する際にこの属性の強さの塩梅も調整しなければならない。
風呂釜程度なら火と水を半々から始めて風呂が中々沸かないようなら火属性を、熱すぎるなら水属性を強くするといった具合に調整すればよいが、複雑な仕組みで三つも四つも属性を扱うようなものはそうもいかない。中にはトライアンドエラー一回で金貨数十枚の素材がぱぁになるような魔道具もあったりするらしい。
「それってどんな魔道具なんですか?」
「さあね。空飛ぶ船とかそういう類のものじゃないかい?」
「そんな魔道具もあるんですか!?」
「無いから研究者達が血眼になって開発してるんだよ」
さて、ここでお役に立つのが属性に染まっていない無色の魔力というわけだ。無色の魔力はどの属性にも染まる。そこで開発中の魔道具で使う魔力を無色のものにすれば、ある程度の誤差を許容する潤滑油のような働きをしてくれるらしい。
特に複数属性の魔力を用いる魔道具の場合、まず無色の魔力を用いてある程度それぞれの属性の割合に当たりをつける事で開発を飛躍的に進めることが出来る。
「まあ専門的な話になるとアタシもよく分からないんだけどね」
「無色の魔力が重宝されるのは分かりましたけど、それって何年かに一度やってくる落ち人頼りの開発になってません?」
「そうだよ。だからこそ国の機関には「落ち人待ち」で開発が停まっている魔道具が山ほどある。必要な無色の魔力の量が少ない場合は、赤ん坊から提供してもらうこともある。平民の赤ん坊から魔力を買い取る部署もあるくらいだ。だけど赤ん坊から採れる量なんて微々たるもんさ、とても必要な量を賄えない」
「それで師匠は魔力を光属性に染める前にその研究機関的なところに提供したってことですか」
「そういうこった。もちろん貴族で後見人だったライオルの爺さん(※)と相談のもとで、だけどね。見返りにアタシは市民権を得ることができたから、悪いことばっかりじゃないんだよ」
(※第9章 119話)
「正規のルートで無色の魔力を提供するってこともあるんですね」
「というか、基本的にはそうなんだけどね。ただ研究者の中にはさっき言った「落ち人待ち」をしたく無い、自分の魔道具の開発を優先したいってやつもいる。そういう輩は闇ルートで落ち人を確保して、勝手に無色の魔力を使ってやろうって考えるのさ」
「あー、なるほど。それが誘拐して吸い尽くすって発想に繋がるわけですね」
「そう。もちろんそんな事は禁止されているし厳しい罰則もある。なるべく落ち人を安全に保護する仕組みだってあるけれど、それでも落ち人の何割かは不幸な目に遭っちまうのさ」
ナナミは語りながら遠い目をした。もしかして、そういう境遇になった落ち人を知っているのかもしれない。
「だけど一応きちんと保護して穏便に魔力を使わせて貰うルールと仕組みがあるなら、さっき師匠が言った「秘密裏に利用されてきた歴史」と矛盾しません? まあそういう奴が一定数いるというのは置いておいて」
「落ち人に対する扱いや人権が認められたのは、それこそアタシが第一号かってぐらい歴史が浅い話なんだよ。ライオルの爺さんの功績だね。それ以前の落ち人は、それこそ国の機関が積極的に使い潰していたらしい」
「こ、こわぁ……」
「そんなわけで今でこそ落ち人ってやつはタブー視されるようなもんじゃなくなっているけれど、それでも魔導国家の歴史の中では触れたくない領域って扱いになっているのさ」
昔よりマシだけどね。ナナミは肩をすくめながら言った。
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