第173話 決着、昇格
翌朝、再び冒険者ギルドを訪れたアカとヒイロ。事情聴取は昨日で終わっているし、ギルド側の事実確認に何日かはかかるだろうからここに居てもやる事はないのだが、朝イチで来たことで二人はもう一つの目的を果たす事が出来た。
「師匠!」
「やっと会えた!」
冒険者達が今日の依頼を求めて殺到するこの時間帯、依頼の貼られた掲示板からやや離れたテーブルに腰掛けて冒険者達を眺める師匠の姿を見つけ、二人は駆け寄った。
「漸く来たのかい。ずいぶんごゆっくりとした到着だったね」
「色々と大変だったんですよ」
「まあそうだろうね。ヒイロが無礼を働いて牢屋にでも入れられたかい?」
「い、今のところは違うしっ!」
冗談を言ったつもりのナナミだったが、ヒイロが不穏な否定をした事で顔が引き攣る。
「本当に貴族に無礼を働いたのかい?」
「止むに止まれぬ事情ってやつがあったんですよ。私は悪く無い、と思うんだけど……」
言いながらもナナミに睨みつけられて徐々にヒイロの声は窄んでいく。そんなヒイロをアカが横からフォローする。
「相手のお嬢様からの要望もあっての事態だったんです。ヒイロは本当に悪く無いですし、貴族様も特に問題にはされてませんでした。むしろ冒険者ギルド側が他の諸々と合わせて問題視してるっていう状況です。おかげでまだ依頼達成が受理されて居なくて、Bランク昇格もお預け状態なんですよ」
「はぁ……またトラブルに遭ったって事だね。どれ、しっかり話を聞かせてもらおうじゃ無いか」
ナナミは立ち上がると二人を連れ立ってギルドの隣にある建物に入る。王都の冒険者ギルドだけあってその隣には待ち合わせや仕事の相談に使いやすい喫茶店が併設してあり、今日もこれから依頼向かう冒険者達で繁盛していた。一行は適当な席に腰掛けると、これまでの経緯を共有するのであった。
◇ ◇ ◇
「なるほどね、同行して居たパーティの裏切りと専属冒険者からの襲撃か。護衛の仕事だからやらざるを得なかったとはいえ、ついてなかったね」
アカとヒイロから一通り説明を聞いたナナミはお茶を飲んで頷いた。
「私としては襲撃そのものより一人きりで十日間護衛をし続けたのが辛かったかな。一睡もせずにパフォーマンスを維持できるのは二、三日が限界でそのあとはもう体力と気力、魔力の限界との勝負だった感じで」
「全く寝ないでよく十日も夫人を守り切ったね。ヒイロの方はお嬢様を平民に偽装させて夜はしっかり寝てたってのにねえ?」
「トゲのある言い方だなあ。私だって絶えず狙われていると思ったらもっと警戒しましたよ。アカみたいに十日間も不眠不休で護衛し続けたかどうかは分からないけど。こっちは激流に流されてその時点で死にかけた……というか実際にウイ様は心肺蘇生したぐらいなんですから、刺客が居たとしてもこっちは死んだと判断しているだろうし、少なくとも居場所は見失っていると思ったんですって」
「それで、平民に化けて王都へ向かったと。まあ確かに理に適ったやり方ではあったかもね」
「でしょう?」
その中でウイを冒険者登録させたことがギルドには問題視されてはいるが、ヒイロだってそこまでさせるつもりは無かった。
「二人の話を聞いた限り、確かに冒険者ギルド側からしてみれば結果オーライで済ませるわけにはいかないだろうねえ」
「ギルド側の気持ちもわかりますけど、私達の話に嘘がないって確認してもらうのにどれだけ待たされるやら」
「何人がかりで調べるのか分からないけど、私たちが立ち寄った街に確認に行くなら何十日ってかかるのかしら?」
この街に拘束される期間を考えてため息をつくアカとヒイロ。
「そんなにかからないと思うけどね。なんなら今日にでも解決するんじゃ無いかね」
「今日ですか? それだとムスコット伯から話を聞くぐらいしか出来ないと思いますけど……」
「途中の街に確認に行くなんて方便だろうさ。そもそもその街に行ったところでアンタ達が立ち寄った証拠を見つけるのも困難だろうしね。おそらくアンタ達の話のなかで怪しい部分だけムスコット伯に確認するって流れになると思うよ」
「怪しい部分ですか?」
「そんなところあるかなぁ」
「当事者視点だと気付かないモンかね。アカ、あんた一人でBランク冒険者四人と貴族の専属冒険者四人の合わせて八人を返り討ちにしてるんだよ。これが異常と言わずになんと言うんだい」
呆れたようにナナミが言うと、アカとヒイロは「あっ」と顔を見合わせた。
「でも字面ほど簡単なわけじゃ無かったですよ? どっちも綱渡りだったし、専属冒険者との戦いでは死にかけましたし」
「聞いた方はそう受け取るとも限らないってことさ。そもそもCランクのアカがBランクの四人組に勝てている時点で俄には信じられないものなんだよ。裏切った月桂樹の四人はどんなもんか知らないけど、専属冒険者の方は間違いなく戦闘能力もBランクの中の上澄みのはずだからね……そうでなければ貴族が専属として雇って、ここ一番のピンチに証拠隠滅工作の実行部隊を任せるはずがないのだから」
「じゃあアカの実力って実質Aランク相当って事になるのかな?」
「冒険者ランクはそのまま腕っぷしの強さとは限らないけれど、それでも強さだけならそう言っても良いだろうね」
「おお、アカ凄いじゃん!」
嬉しそうにアカを見つめるヒイロ。いや、お前も同じくらい強いじゃねーかと思いつつ、アカは特に嬉しいとは思わなかった。
「……そもそも私ひとりの力ってわけでも無いしね……」
小さなアカの呟きは、無駄なハイテンションになっているヒイロとそれを諌めるナナミには届いていないようだ。ひと通り騒いだヒイロが落ち着くと、ナナミは改めて二人に告げる。
「だから冒険者ギルド側としても無条件で報告書の内容を信じるわけにはいかなかったんだろう。昨日の事情聴取の内容を整理して今日にでもムスコット伯に事実確認したらあちらも認めざるを得なくなるさ。アカの活躍は夫人が証言してくれるんだろう?」
「そうですね。私達のことをかなり評価してくれていたので、ギルドから何か言われたら伯爵家を頼って良いと言って貰えましたから」
「それなら大丈夫だろう。夕方、報告カウンターが混み始める前にでももう一度言ってみると良いさ」
ナナミはお茶を飲み干してニヤリと笑った。
◇ ◇ ◇
ナナミに言われた通りに日が傾く前にギルドへ赴くと、二人を見つけた受付嬢に声をかけられて昨日と同じくギルドマスターの元へと案内された。
「ムスコット伯爵に確認し、君たちの証言に虚偽はないと判断した。待たせてすまなかったがこちらの報告書を受理、依頼完了とする。そして君たちは現時点をもってBランク冒険者だ。おめでとう」
「あ、ありがとうございます。……随分あっさりと確認できたんですね。二、三十日くらいは待たされるのかと思っていました」
「君たちの足取りを完全に辿ろうとしたらそうなっただろうがね。取り急ぎ今日の昼間、ムスコット伯爵家へ謝罪へ向かったんだよ。そこで我々組織の不手際を詫びつつ、関係者に事実確認をして責任を取らせると伝えたところで君たちの処遇を訊かれてね。そこで同行した副ギルドマスターが馬鹿正直に併せて証言の精査をすると口にしたら「そんな無駄なことして、お前達の面子の為に二人を待たせるんじゃない!」と激昂されてしまったんだ」
ギルドマスターはそういうと、二人に二つ星の刻まれた冒険者証を手渡す。先ほど案内された時に受付嬢に一度預けていたが、星を刻印して来てくれたようだ。
「それでも最低限確認しなければならない事はさせて貰えた。ウイユベール様が冒険者登録してしまった件も、先方がヒイロに責は無いと言えばそれ以上追求できる空気でも無かったよ」
そう言ってギルドマスターは苦笑いをした。
アカとヒイロは、自分たちのために怒ってくれたムスコット伯に感謝をしつつ、冒険者証を受け取った。
……。
…………。
………………。
双焔の二人が軽く頭を下げて部屋を出ると、残されたギルドマスターは頭を掻いた。
「改めて見ても、Bランク冒険者四人と同時に戦って二度も勝てるようには見えないな。……二人とも珍しい火属性魔法使いだとは言っていたが、その意外性だけで四人に勝てるほどBランク冒険者は弱く無い。何かしら秘密はあるのだろうが……」
そこまで呟いて言葉を切った。これ以上詮索して貴族の怒りを買ってもつまらない。二人が今後もこの街で冒険者を続けるのであれば、いずれ分かる事だろうと判断した。
◇ ◇ ◇
冒険者ギルドを出たアカとヒイロはそのまま外で待っていたナナミと合流した。色々とあったが無事にBランクになれたので、今後の予定について話し合うためである。
ナナミと同じ宿を取り、近くの料理店でテーブルを囲む三人。
「そうだ、アカに聞きたいことあるんだけど」
運ばれて来た料理を口に運びつつヒイロがアカに訊ねる。
「昼間、敵を倒したのは「自分ひとりの力じゃない」って言ってたじゃん。あれってどういう意味?」
「聞こえてたんかい」
「うーん……。ちゃんとは聞こえなかったんだけど、アカの声だから聞こえた感じ?」
「え、何それ」
「えへへ、愛かな?」
「アタシの目の前でイチャつくんじゃないよ」
「ヘヘ、スミマセン。んで、どういう意味かなって」
「別に深い意味じゃなくて、私達の魔力って龍の魂由来じゃない? 純粋に自分の才能じゃ無いんだよなって何となく思っただけよ」
「へ? そうなの?」
アカの答えにヒイロは顔に大きくハテナを浮かべた。
「やっぱり覚えてないんだ?」
「なになに!? なんか凄い秘密を思い出した感じ!?」
「こらヒイロ、お行儀悪いよ」
前のめりになるヒイロをナナミが諌める。
「凄い秘密ってほどじゃ無いけど、この前昏睡してる時に自分の中の龍に会ったのよ。というかこれまでもたまに会ってたんだけど基本的に忘れてたのよね。多分ヒイロもきっかけがあれば思い出すんじゃないかしら」
「じ、自分の中の龍!?」
いきなりのカミングアウトに驚くヒイロ。横にいるナナミも目を丸くしている。
アカはちょっと考える。まあヒイロ自分の事だし、ナナミにしたって信頼できる相手だ、話しても問題ないだろうと判断した。
「そもそも私たちがこの世界に来た時に、龍に出会ってるんだけど思い出せない?」
ヒイロは首を振った。
「じゃあそこから話すわね。聞いたら思い出すかもしれないし」
アカはちょっと背筋を伸ばして、ヒイロとナナミに向き直った。
12章はここで終わりとなります。ついでに第二部もここで終わりで、次から第三部「魔導国家編」になります……気長にお待ちいただけると幸いです。
物語はやっとクライマックスに向けて長い助走パートに差し掛かるかなって感じですが、これからも双焔の魔女(←これも三部で回収予定です笑)の活躍をお楽しみください。
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