第172話 冒険者ギルドは大慌て
報告カウンターで待ちぼうけを食らったアカとヒイロ。三十分ほどしてやっと受付嬢が戻ってきた。
「双焔のお二人、ギルドマスターがお呼びですのでこちらへ」
漸く居心地の悪い空間から逃げ出せると、アカとヒイロは足早に受付嬢を追いかける。そのまま廊下を進み通された部屋には机に座って仕事をしている壮年の男性がいた。
「来たか、座りなさい。……かなり若いな」
男性に着席を促される。案内した受付嬢に差し出された椅子に座ると男性は改めて手に持った報告書に目を通す。
「私がこのギルドのマスターだ。君たちが双焔のアカとヒイロで間違いないな?」
「はい。私がアカで、こちらがヒイロです」
ギルドマスターは鋭い眼光を二人に向けた。ただ椅子に座っているだけのようでその佇まいには隙が無く、なるほど王都のギルドマスターを担っているだけあって実力も折り紙付きであろうと思わせるだけの雰囲気を漂わせている。
まあ他の街のギルドマスターをほとんど知らないのでこの人が特別強いのかもしれないけれど。
「早速だがこの報告書に書かれている内容を確認したい」
「さっきもそちらのお姉さんにも言いましたが、書いてあることが全てですよ。信じられないというのであれば、ムスコット伯爵に直接ご確認して下さい。そうされても構わないと言っていただいてますし」
「ふむ、信じられないというわけでも無いが、「月桂樹」や貴族の専属冒険者が依頼人を襲ったとなれば、冒険者を管理するギルドとしても何かしらの対応を取らなければならないのでね。こちらも慎重にならざるを得ないのだ」
「何かしらの対応とは?」
「まずムスコット伯爵家に対して冒険者ギルドとして正式に謝罪をする必要がある。特に今回は護衛をするはずだった月桂樹が夫人と娘を殺そうとしたとのことで、ここで我々が甘い対応をすればムスコット伯から、ひいては貴族全体から冒険者ギルドに対して不信感を買う事態になりかねない。……ムスコット伯は既に宰相に報告済みとあるのでもう手遅れかもしれないが、いずれにせよ何もしないという訳には行かないだろう。誰かが責任を取らなければならないほどの事態なんだよ、これは」
「責任ですか。でも裏切った月桂樹も実行犯の専属冒険者も私たちが全員殺してますし、裏にいた貴族も御家取り潰しのうえ当主は処刑って聞きましたけど」
「それは手を染めた者に対する当たり前の制裁であってギルドが誠意を示した事にならない。この依頼に月桂樹を充てがったネクストの街のギルドに何かしらのペナルティ、例えばギルドマスターへの懲戒処分は必要だ。また同じく専属冒険者をBランク昇級させた支部にも同じような制裁を下すだろう。そこまでして身内への厳しさを示す必要があるだろうな」
場合によっては自分も処分の対象とせざるを得ないかもしれない。ギルドが派遣した冒険者が依頼人である貴族を襲うなどというのはそれぐらい前代未聞なのである。これが公になれば一体どれだけの信用問題になるか。ギルドマスターは頭を抱えたい気分だった。
「ギルド側も責任が生じるんですか!? まさか、私達もペナルティの対象になったりしますか!?」
「君たちは最低限ギルドの信用を保つために尽力してくれた。少なくとも処罰の対象にはならないだろう……ここに書いてある事に虚偽が無ければ、だがな」
「その真偽ってどうやって調べるんですか?」
「君たちには個別に尋問をさせてもらって依頼の中で立ち寄った街や宿、店の名前などに齟齬が無いかどうかウチの職員で裏を取るぐらいか。あとはムスコット伯にも一応確認させては貰うがまあそちらに対しては簡単な事実確認以上のことは出来ないだろう、何しろギルドは加害者側の立場だからな」
とにかく貴族に対してはすぐに動く事が誠意となる。ギルドマスターは事務員を呼び出してアカとヒイロを別の部屋へ連れて行くと、ムスコット伯の元へ謝罪するためのアポイントをとるのであった。
◇ ◇ ◇
「やっと終わった……」
「お疲れさま。遅かったわね」
ヒイロがやっと解放される頃には五の鐘が鳴ろうかという時間だった。マジかよ、六時間以上話をさせられてたんじゃん……。フラフラとロビーに戻ったヒイロを、先に尋問を終わらせて待って居たアカが出迎える。
「ウイ様が冒険者登録した件がかなり問題だったみたいで凄い追及されたんだよね」
「貴族のお嬢様が冒険者になったから?」
「うん。確か貴族が冒険者をやっちゃいけないってルールはないと思ってたんだけど、そもそも冒険者になりたがる貴族なんているわけがないって常識があるから禁止してないだけらしいんだよね」
ヒイロがギルドから言われた事を要約すると、そもそもこの世界の身分階級は王族をトップとしてその下に貴族、準貴族、平民と続く。さらにこの下に奴隷が居るが、奴隷は人間扱いされて居ないので、人としては平民が一番下となる。
ここで平民の中で内訳を見ると就いている職業によって上下関係がある。とはいえ平民の中での身分差なんて当事者としては特に意識する事はなく、どちらかと言えば貴族側が税率を決めるために職業毎に身分階級を付けている程度のものではあるらしい。そして平民の中で一番身分が低いのが、冒険者という事になっている
「要は貴族から見れば定職に就いてないフリーターって扱いなんだよね、冒険者は。だから平民の中でも身分が低いって位置付けらしくって」
「確かに毎日仕事を探して日銭を稼いでっていう生活だからフリーターっていうのは言われてみれば的を射ているわね」
「それでさ、身分の最上位層に居る貴族がわざわざ平民の最下層の冒険者になろうとするなんで誰も思わないわけよ。だから「貴族は冒険者に登録してはならない」なんて規則を作ったら逆に失礼にあたるんだって。言われなくてもそんなことする訳ないだろう! って」
「なるほど。ありえない前提をわざわざルールにしないってわけね」
「そういうこと。だから貴族であるウイ様が冒険者登録しちゃったのも前代未聞のことらしくて、それを横で見ていた私もなんで止めないんだって怒られちゃって……それどころか登録料まで出しちゃってるしね」
「でもそれってウイ様が貴族だと露見しないための措置だったし、そもそも冒険者になりたいって言い出したのはウイ様をなのよね?」
「そう。だから私が勧めたってなれば冒険者資格剥奪モノのやらかしらしいんだけど、ウイ様の強い要望だったって事であれば私には断れなかったっていうことになるし、諸々の事情も鑑みてお咎め無しになる可能性もあるってことでその時のやり取りを凄く細かく聞き取りされてたってわけ」
ウイを冒険者登録させた時に貴族から責められる事はあるかもと思ったがまさかギルドから怒られる事になるとは思ってもみなかったヒイロとしては、そもそもルールの不備じゃねぇかと愚痴りたくもなる。しかしこうなってはもう仕方が無い、おそらく明日にでもギルド側がムスコット伯に確認に行くだろうしそこで綺麗に収まってくれるのを祈るのみである。
「それで、私達の処遇はどうなるかアカは聞いてる?」
「とりあえず裏が取れるまでは依頼達成にもならないような事を言っていたから、Bランク昇格はしばらくお預けになるのかなぁ。あとこの件に決着が付くまではこの街から出ないようにって念を押されたわ」
「それって、他の依頼も受けられないってこと?」
「街の掃除とかなら受けられるのかもしれないけれど、まあ実質謹慎みたいなものじゃないかしら」
「うへぇ……、そりゃ困ったね」
「早くギルド側で決着してくれればいいんだけどね」
結局護衛依頼の完了は受理されず、Bランクへの昇格もお預けされたまま二人はギルドを後にした。
「こんな事なら先にギルドに来てからムスコット伯のお屋敷に行けば良かったかもね」
「今になって思えば、だね。まあアカはこの街に意識不明で運び込まれたし、私もウイ様がお屋敷に直行したからギルドどころじゃなかったから実際思ってても出来なかったかもだけど」
紹介してもらった宿屋に空き部屋があることを祈りつつ、二人は夕暮れの街をトボトボと歩くのであった。
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