第170話 ヒイロだって怒る時は怒る(※)
夕食が終わり離れに戻ったアカとヒイロはお風呂に入って汗を流す。広くはないが離れにまでお風呂が付いている事に驚くアカに、この離れはお客様に滞在してもらうための物だからねと昨日教えてもらった事をそのまま受け売りするヒイロであった。
狭い湯船は二人で入ると身体がくっついてしまいそうなぐらいだが、その距離感が心地よい。手足こそ伸ばせないが、身体を温めながら先程のムスコット伯とのやりとりを思い出す。
「一応、一件落着ってことでいいのよね」
「いいんじゃないかな? 護衛依頼は完了したし、敵の黒幕は捕まって罰が下されるって事らしいし」
敵の貴族が御家取り潰しともなれば、その理由となったムスコット家は今後も無関係を貫くわけには行かない。伯爵としては今後もこの件に絡んだ苦労はあるだろうけれどそれはさすがに平民のアカとヒイロには関係ない話だ。
相手の貴族の名前とか、もともと手を染めていた犯罪云々の話は伏せられての説明であったけれど、これは敢えて詳細を語らない事でこれ以上貴族のゴタゴタにアカとヒイロを巻き込まないための伯爵側の配慮でもあったのだろう。
「ムスコット伯爵がご立派な貴族で良かったわ」
「ね。師匠から色々と脅されてたし(※)、さっきのお食事もすごく緊張したよ」
(※第11章 147話)
ヒイロは、ウイの要望とはいえ旅のあいだ彼女を呼び捨てにして全く貴族扱いせずに接してきた。もちろん王都に着いたらその関係は終わり、再び「ウイ様」と呼び平民と貴族の御令嬢としての距離感をとったつもりだが、ウイがなんだか不満そうな顔をしていた事もあり「あ、やっぱり平民扱いで旅して来たのはマズかったかコレ?」と今さらこっそり焦っていた。先程の食事でもしもウイから不敬を指摘されたらどうしようとずっと言い訳を考えていたりもしたのだ。
だがそんな事情を知らないアカは怪訝な顔をして首をかしげる。
「そうなの? でもそのわりには、目の前のご飯はしっかり完食してたじゃない」
「あ、あれはそうしないと失礼かなって思ったからであって……」
「美味しかった?」
「……ハイ、トッテモ……」
アカはスープしか飲めなかった自分の隣で美味しそうにお食事を頂いたヒイロを恨めしく見つめる。仕方ないとはいえ、この世界でお目にかかったことのない豪華な食事。正直にいえばアカだって食べてみたかった。唯一いただけたスープがとても美味しかっただけに、主菜を食べ損ねた悔しさもひとしおである。
とはいえここでヒイロを責めるのは筋違いだ。まあ、数時間前までずっと意識がなかったわけだし仕方ないよね。
気持ちを切り替えるとアカは一度湯船から出で体をぐっと伸ばし、次に上半身を左右に捻って身体を確認した。刺された怪我は大丈夫そう、痛みも傷跡が突っ張る感じもない。っていうかお腹のケガはあれ、普通に致命傷だったと思うんだけど我ながらよく生きてるよなぁ。咄嗟に魔力を全開で回して自己治癒を促進したけど、あれも半ば無意識にやった事だし、最近ますます人間離れしてきたよなぁ……。
お腹の剣で貫かれた場所に手で触れてみる。そこには致命傷どころか傷跡一つ残っていないスベスベのお腹があった。
「アカ、何してるの?」
「んっと、刺されたところの確認。もう何ともないみたい」
「ふーん。私にも見せて」
「え、恥ずかしいよ」
「お互い素っ裸で何言ってるんだよ」
「それでも、よく見せろなんて言われたら恥ずかしいじゃない」
「いいから見せてって」
ヒイロも立ち上がり、やや強引にぐいとアカを湯船の縁に座らせる。そのままアカの横にしゃがんでお腹を凝視した。
「こら、何してる……んっ」
アカのお腹を確認したヒイロは、そのまま頭をお腹押し付ける。舌を出し、アカの腹をチロチロと舌で嬲り始める。
「ちょっと、くすぐったい、はぅ……」
ヒイロの舌は刺された場所からお腹の真ん中、おヘソと移動して、そのまま真っすぐ下に降りてくる。湯船に座らせられたままのアカの足を開くと、そこに身体を割り込ませた。しゃがんでいるヒイロの目の前で足を大きく広げたような格好になり、アカは真っ赤になった。
「待って、この格好はホントに恥ずかしい……あっ!」
ヒイロは構わずアカの真ん中に舌を這わせた。
「あ、あ、あ……んんっ! ああっ!」
羞恥と入り混じった快感に震えるアカからは、風呂のお湯とは違う液体が大量に滴る。それをヒイロは丁寧にピチャリピチャリと舌で掬う。
「も、もう、イッ……」
アカの身体がブルりと震え、絶頂に至ろうとする。だがそこでヒイロは舐めるのを止めてしまった。
「あっ、あっ、……あれ? えっと、ヒイロ……?」
ギリギリでお預けされる形になったアカは、黙って上目遣いで見つめてくるヒイロの態度に戸惑う。私ばっかり気持ち良くしてもらってたからかな? でもいつもは途中でやめないでくれるのに……。
疑問を持ちながらも、お返しにとヒイロの乳房に手を伸ばす。だがヒイロはその手をやんわりと制してアカが触れるのを拒んだ。
「……ヒイロ?」
「もっと気持ち良くなりたい?」
「え? うん、それはまあ……」
「じゃあ先に謝って」
「謝る? 私がヒイロに?」
「うん」
ヒイロは真顔でアカを見つめる。いたって真剣な時のヒイロだ。しかしアカはヒイロに謝らなければならない心当たりがない。
「私ばっかり、気持ちよくなってごめんなさい?」
「それじゃない。てかそっちは気にしてない」
ヒイロは首を軽く振る。
「えっと……」
「分かんない?」
アカは頷いた。ヒイロが本気で怒っているのは伝わるけれど、何に謝ってほしいのか見当もつかないからだ。ヒイロはハァ、と大きくため息をつくとアカを睨みながら続けた。
「私は、アカが勝手に死にかけた事を、なあなあにして許すつもりはないよ」
「……あ」
「約束したよね? ずっとずっと一緒だよって」
「それは、」
仕方ないじゃない。そう反論しようとしたアカの口は動かなかった。ヒイロの大きな瞳に、もっと大粒の涙が浮かんでいたからだ。
「私、心配したんだよ!? やっと王都についてここに案内されたと思ったらアカは大怪我して、十日近く昏睡してるって言うし!」
ヒイロは立ち上がると両手でアカの顔を掴む。涙を両目にたっぷりと溜めて、それでもアカをまっすぐに見つめながら言葉を続ける。
「怪我は治ってたし、顔色も悪くないけど、だけど奥様からずっとこうだったって言われて、わ、わたし、アカがこのまま目を覚まさなかったら、どうしようって!」
頑張って堪えていたヒイロだったが、ついに決壊する。ボロボロ涙は零れ落ち、堪らずにそのままアカに抱きつく。
「怖かった……怖かったんだよ! ひとりぼっちになっちゃうかと思ったんだよお!」
「ヒイロ……」
「うわぁぁああんっ! うわあああああんっ!!」
そのまま言葉にならない声をあげ、ヒイロは泣き続けた。アカはヒイロの気持ちを受け止めるように、しっかりと力を込めて抱きしめた。
……。
…………。
………………。
「……ごめんね」
ようやく落ち着いたヒイロが、アカに抱きついたまま呟いた。
「何でヒイロが謝るの」
「アカは悪く無いって、頭では分かってるんだよ」
「私も、ヒイロが居なくて寂しかったし、心細かった。だから、こうしてまた会えて嬉しいよ」
「うん」
「……ヒイロのいないところで、死にそうになってごめんなさい」
「ん。……許す」
アカはヒイロの頭に手を置いてポンポンと叩く。
ヒイロは赤く腫らした眼を閉じて、アカに唇を重ねた。 たっぷり一分ほどキスをしたあと、またお互いに見つめ合う二人。
「許すけど……その代わり私の事、しっかり愛して。アカを全身で感じさせて」
そう言ってヒイロはアカの手を自分の胸に持っていく。アカが頷きその手に力を入れると、ヒイロは嬉しそうに顔を綻ばせながら熱のこもった吐息を響かせた。
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