第169話 貴族の後始末
「良くぞ妻と娘を守ってくれた」
夕食の席でムスコット伯から改めて礼を言われたアカとヒイロ。立派な食事が並ぶ食卓でアカの目の前にはスープが置いてあるだけであるが、これは十日近く眠り続けたアカに対して固形物は避けた方が良いという配慮である。
「二人を狙ったのは私のとある貴族の手の者だったのだが……」
ムスコット伯から事の経緯が説明される。
アリアンナ夫人とウイユベール嬢が王都へ向かう直前に、ムスコット伯はたまたまとある貴族の不正の証拠を掴んでしまった。これが公になれば相手の失脚は免れないレベルのもので、調査を進めることにした。
しかしムスコット伯が証拠を掴んだことが、相手の貴族にバレてしまっていたのである。この時点で相手の貴族の取る手段はふたつ、ムスコット伯の懐柔か、証拠の隠滅を図るかである。そしてムスコット伯が清廉な貴族であることを知っていた相手は迷うことなく強硬手段を取ることにした。
貴族はアリアンナ夫人とウイユベール嬢を人質にとり二人の命が惜しければ……という典型的な手段を取ることにした。真っ直ぐなムスコット伯相手には真っ直ぐな脅迫が効果的だと考えての選択である。
そこで貴族は自分の専属冒険者に、先に王都へ向かったアリアンナ夫人とウイユベール嬢の確保を命じた。生きていればベストだが、最悪死体でも構わないと条件をつけたため専属冒険者たちは手段を問わずに襲撃することとなったのである。
「あいつら、冒険者だったんですね」
専属冒険者とは、冒険者として仕事をしていく中で関わった貴族に気に入られて専属契約を結んだ者を指す(※)。契約内容は様々で「冒険者に用がある時は君たちにお願いするよ」とご贔屓程度のものから「定期的に金を払うからいつでも仕事ができるようにしておけよ」というほぼ直接雇用のようなものまである。
(※第3章 第30話)
いずれにせよ、貴族に気に入られて召し抱えられる時点で相応の実力とそれに伴う実績を持つものであるということには違いない。
一方でムスコット伯には専属冒険者はおらず、母娘の護衛は有象無象の冒険者。相手からしたら十二分に勝機があった。その護衛に双焔というイレギュラーが混じっていなければ彼らの狙いは成就していただろう。
「アカが倒した襲撃者の遺品から、冒険者証が回収できたのよ。そこに例の貴族の家紋が彫ってあったこともあって、私たちを襲わせたのが主人が不正の証拠を掴んだ者と同一だっていう証拠の後押しになったわ」
アカとヒイロは知らなかったが、専属冒険者は冒険者証の空きスペースにその貴族の家紋を彫るのが一般的らしい。これは他の貴族と契約が重複しないようにだったり、今回のように専属冒険者による犯罪があった場合にはその雇い主に事情聴取するため……というよりはそういう事がないための抑止力として、いつのまにか広まった風習であった。
その冒険者証を持った男たちが「依頼を受けた」と言ってアカとアリアンナ夫人を強襲したことでいよいよ言い逃れのできない証拠を残してしまったというわけだ。
王都に到着したアリアンナ夫人は屋敷に籠りウイユベール嬢の到着を信じて待つ事にした。夫人一人の証言よりも娘と二人で訴えた方が良いと思ったからである。
数日後、ウイユベールがヒイロと共に王都へ辿り着くのととほぼ同時にムスコット伯も王都に到着した。
「相手の貴族がアリアンナとウイユベールに刺客を差し向けた事が分かり、居ても立っても居られずに街を飛び出してしまったのだよ」
そう言って頭を掻いたムスコット伯をアリアンナ夫人は嬉しそうに見つめる。やっぱりこういう風に心配して動いてくれるのって嬉しいよなぁ。
「と、ここまでが昨日の話だな。アリアンナ達から事情は聞かせてもらったがまずは件の貴族をなんとかせねばならないと急遽宰相に面会を取り付けて、今日の昼間は相手を糾弾する事となったわけだ」
ふぅ、とムスコット伯は大きく息を吐いた。
「あなた、それでお相手の貴族は……?」
「うむ。まあ元々の不正に加えてアリアンナとウイユベールに危害を加えようとした証拠まで揃っては言い逃れはできぬという事で御家取り潰し、当主とその妻、そして息子は処刑とのことだ」
「そうですか……」
「すでに一家の身柄は拘束されているので、まあ危険は去ったと言ったところだな」
ムスコット伯の言葉にアリアンナ夫人とウイユベール嬢は複雑そうな顔をしながらもほっとする。処刑というフレーズは穏やかではないが、自分達を狙う者が居なくなったのであればそれはそれでひと安心だ。
「さてアカとヒイロ、お前たちについてだが……」
ここでムスコット伯が向き直る。アカとヒイロは背筋を伸ばした。
「改めて、二人にはどれだけ感謝してもし足りないほどだ」
「私達は、当然のことをしただけです」
謙遜気味に答えるアカにムスコット伯はフフッと笑う。
「当然のことか。だがそれを為せない者が多い中で、自らの身を削ってまで使命を果たそうとしてくれるお前たちのような冒険者に出会えたことが、私達の幸運であったな」
「恐縮です」
「この感謝は謝礼という形で伝えたい。受け取ってくれ」
そう言ってムスコット伯がパチンと指を鳴らすと、召使いが装飾のされたトレイに乗った金貨を持ってきた。
「金貨十枚だ。本当はこの何倍でも払いたいのだが、冒険者ギルドに護衛依頼しているのでこれ以上は出せない規則となっている」
「ああ、報酬上限ですね」
アカの言葉にムスコット伯が頷いた。冒険者ギルドを通して出された依頼では、基本的に事前に依頼人が設定した金額を変えてはいけないという決まりがある。今回の場合、金貨五枚で募集した依頼だったのでその金額を報酬としなければならない。
ここで「でもすごく頑張ってくれたからボーナスあげちゃう!」と例えば金貨百枚を渡したりすると冒険者ギルドが受け取れる手数料が報酬に比べて少なくなるばかりか、そのような行為が横行すると適切なランクと実力の冒険者を貴族に紹介できなくなる事になりかねない。しかし金額以上の働きをしてくれたものにはそれ相応の謝礼を払うのも貴族の責務ではある。そこであくまで後付けの経費という名目で、募集した金額の二倍までは報酬として支払っても構わないというルールになっている。
つまりここでは募集した金貨五枚の二倍である十枚が、規則に抵触しない範囲の報酬上限となるわけだ。
「二人の命を守ってもらったことを思えばこの十倍、百倍を払っても惜しくはないのだが……規則は規則だからな」
「過分なお心遣い、痛み入ります」
「その代わり、こちらをきちんと評価しておいた。これで納得してくれ」
そう言って一枚の紙を渡される。冒険者ギルドに提出する依頼完了届だ。評価欄には「A.期待を大きく上回る」が記載されており、その下には今回の経緯が詳細に記されていた。これをギルドに持っていけば依頼は完遂、アカとヒイロは晴れてBランク冒険者に昇格できるだろう。
「本音を言えばお前達のような者にこそ、ムスコット家の専属冒険者になって欲しいのだがな。そうすれば十分な報酬を用意できる」
「えっと……」
「アリアンナとウイユベールから聞いている。二人とも目指すものがあるのだろう、我が家に雇われていたら手に入らないものがな。どんなに惜しくとも恩人に足枷を付けようとは思わないから安心していい。……残念ながら私ではお前達が望むものは用意出来ないようだが、しかし心から感謝しているという事には変わりはない。いつか、私達の力が必要となる機会があったのなら遠慮なく頼ってくれ。必ず力を貸すと約束しよう」
そう言ってムスコット伯は握手を差し出した。これを貴族である彼から、平民であるアカとヒイロに対して行うという行為自体が最大限の感謝と敬意であるということだ。
「……ありがとう、存じますっ」
アカとヒイロは、その手を取って深く頭を下げた。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!