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双焔の魔女の旅路  作者: かおぴこ
第12章 それぞれの道中
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第167話 紅と龍

 アカは真っ白な空間に立っていた。見渡す限りの白。壁はなく、ただ白い地面が永遠に広がっている。空は炎で埋め尽くされているが、不思議と熱さは感じなかった。


 そのまま上空に目を向けて真上を見上げたアカは、自分の周りの空だけ炎が無くなっている事に気が付いた。炎がぽっかりと大きく空いた穴を埋めようとほんの少しずつ、燃え広がっていく様子が目に映る。


 炎の空に出来た穴の向こうには何も無い空間が広がっており、もしもこの空から炎が無くなってしまったらきっと世界は「何も無い」に埋め尽くされてしまうのだろうと思った。


 ― そうなったら、さすがに死んじゃうね。


 隣にいた龍が答える。アカは驚いた様子もなく頷くと、龍に声を掛けた。


「久しぶりね」


 ― うん、久しぶり。


「元気だった?」


 ― アカは、元気だった?


「死にかけた」


 ― 知ってる。


 龍は空の穴を指した。


 ― 無理しすぎだよ。


「そうだね、ちょっと頑張りすぎた」


 ― ふーん。それで、自分を虐め抜いてちょっとは気が晴れた?


「何、それ?」


 ― 言わなくても分かるでしょ。


 アカはバツが悪そうに俯いた。


「そういうんじゃ無い、とは言わないけど……それだけじゃ無いよ」


 ― 知ってるよ。だけどヒイロを守れなかったからってまるで罰を与えるみたいに自分を傷つけたって何もならないよ。


「だから、それだけじゃ無いってば」


 ― だけど、こんなやり方じゃなくても良かったよね。他の方法は無かったって自分に言い訳してるけど、ヒイロの代わりに他のものを自分だけで守り切りたかっただけでしょ。


「…………」


 アカは黙り込んだ。


 ― それで結果的に死にかけてるんだから、仕方ないよね。


「じゃあ、どうすれば良かったの!?」


 ― 知らないよ。ただ、アカはやり方を間違えた。


 龍はフンと鼻を鳴らす。それが面白くないアカは座って膝を抱え、顔を隠した。


「私だって分かってるよ……」


 ― そもそもヒイロは生きているのに、アカが自虐してどうするの。


「生きているのはなんとなく分かっても、無事かどうかは分からないじゃない……」


 ― 生きてさえいるなら、多少無事じゃなくてもそのうち治るでしょ。今のアカみたいにね。


「そういう問題じゃ無いんだよ、バカ」


 アカは俯いたまま龍にぼやいた。前にヒイロが死にかけた時、次こそは自分が守ると誓った、ヒイロとも約束した(※)。だというのにいざという時にその手を掴めなかったことが悔しくて仕方がないのだ。

(※第8章 第116話)


 ― だからってずっとそうしてるの? そんなウジウジしてて泣いてばっかりの不細工な顔でヒイロに会いたい?


「………………」


 ― 過去は過去、失敗は失敗で気持ちを切り替えていかないとヒイロにも愛想を尽かされちゃうかもよ?


 龍の言葉はアカの心にグサグサと刺さる。アカが自覚している一番効果的な言葉が分かっているのだから当たり前である。


 これ以上聞きたく無かったアカは、膝を抱えたままの姿勢で耳を閉じる。


 ― 耳を閉じたって仕方ないよ。私は声を出しているんじゃないもの。それでもそうしないといけないくらいに弱ってるんだよってポーズ?


「………………」


 聞こえないフリをして無視をする。しかし龍は構わずに話し続ける。


 ― ああやだやだ。そうやってか弱い女の子みたいにいじけちゃってさ。大好きなヒイロなら心配してくれるかもね。うん、きっと心の底から心配してくれるよ。それでうんと甘えさせてくれる。


 ― だけど残念。ここには私しか居ないから。優しい言葉なんて掛けてあげないよ。今のアカに必要なのはそれじゃない。分かってるんでしょ。


 ― もう一回聞くよ。そのままずっとこうしてるの? もしかしてお姫様のアカは、王子様のヒイロが来るのを待ってるのかな?


 ― だけどそんな女々しくて弱っちいアカを知ったら、ヒイロはなんて思うか……


「五月蠅い五月蠅い五月蠅いっ! 黙って聞いてればさっきからヒイロヒイロヒイロヒイロって!」


 いい加減鬱陶しくなったアカは大声を出して立ち上がった。


 ― 逆ギレ?


「だから五月蠅い!」


 珍しくヒステリックに叫ぶアカに対して、龍はふてぶてしく笑ってみせる。


 ― お、やるか?


 そのままファイティングポーズをとり、手をクイクイと曲げてかかって来いとジェスチャーした。


「はあ? なんでそうなるんだよ。馬鹿馬鹿しい」


 ― 逃げるんだ?


 後ろを向いたアカに、龍は挑発する。


「別に逃げてないし。殴り合ったって意味なんかないじゃない」


 ― 私にはそういう屁理屈は通じないってわかってるでしょ。図星を刺されてムカつく。五月蠅い。黙らせたい。そう思ってるんでしょ?


「………………」


 アカは再び向き直り、自分と同じ顔をしたその龍を睨みつけた。


 ― そう、その顔。こんな場所でまで理屈屋にならなくていいんだよ。殴りたいから殴る。私達が殴り合う理由なんてそれでいいじゃない。


「後悔するなよ」


 ― させてみろよ。


 アカは思い切り足を踏み出すと、勢いそのままに龍の顔面を殴りつけた。龍は思い切り後ろに吹っ飛んだが、すぐに身体を起こして反撃して来る。


 ― こっちだってムカついてるんだよ!


「いいぜ、来いよっ! お前も泣かせてやるからなっ!」


◇ ◇ ◇


 どれくらい殴り合っていたのか。ここでは時間の流れをまるで感じないのでどれだけ経ったのかまるで分からない。数分か数時間か、もしかしたら数日かもしれない。


 ヘトヘトになった二人は大の字に身体を広げて倒れ込んでいた。


 空の穴はいつの間にか完全な塞がり、一面の炎が空を埋め尽くしている。その光景を見ると心が落ち着いた。


 ― まだ、やる?


「いや、いいわ。もう殴る気力もないし」


 あれだけ殴り合っていたというのにお互いに怪我らしい怪我は無い。痛みは確かにあった。しかし外傷が生じない、互いに消耗したのは気力だけ。そんな不毛な殴り合いだった。


 ― だけど無駄じゃなかったでしょ。


「まあ。スッキリはしたよ」


 ― なら良かった。色々と溜め込んでいたからね。


 龍は晴々とした顔で起き上がると、アカに手を差し出した。アカはその手を取ってまだ重たい身体を起こしてもらう。


「えっと、私のガス抜きが目的だったってこと? だったらアカまで私を殴ってくる必要あったかな」


 ― だってアカは無抵抗な相手を本気で殴れないでしょ。


 そう言って(アカ)は笑ってみせる。


「それは、そうだけど」


 弱音も、本音も、性格も。何もかも見透かされているのは面白くない。だけど仕方がない、目の前の(アカ)(アカ)であり、(アカ)(アカ)なのだから、お互いの心の中は全て筒抜けだ。


 アカはグッと伸びをすると、燃える空を見上げた。


 ― 行くの?


「うん。ヒイロに会いに行く」


 ― そう。今のアカならもう間違えないでしょ。


「そうだと良いんだけど。……さっきはありがとう」


 ― どういたしまして。


「でも、目が覚めたらまたここでの事は忘れちゃうんだよね」


 これまでもそうだった。この精神世界で自分自身(龍のアカ)と邂逅したことは目が覚めると全て忘れてしまう。だからこうして(アカ)と喧嘩してスッキリした気持ちも忘れて、起きたらまた落ち込んだアカ(自分)に戻ってしまうのではないか。


 (アカ)はうーんと首を傾げた。


 ― まあスッキリした気持ちは持ったままなんじゃないかな。それに、多分そろそろ忘れなくなると思うよ。


「そうなの?」


 ― いい加減、魂が完全に混じり合ってきたからね。ヒトの器に龍の魂を無理矢理収めてたせいで龍としての記憶が安定してなかったんだと思うけど、もうアカは殆ど龍だもん。


「翼は生えて無いけれど」


 アカのジョークに(アカ)は笑う。


 ― だから、龍っていうのは魂の在り方なんだよ。ヒトの姿をしていても、龍の魂を宿しているならそれは龍なんだって覚えてる?


「うん」


 ― いずれヒトでは無くなるって知りながら、身体を無くした私たちを受け入れてくれた(アカ)緋色(ヒイロ)には感謝している。


「もうお礼は要らないよ、散々聞いた。それにこっちもあなた達の力に助けられたし」


 アカはこれまでの旅路を思い出しながら言った。不完全ながらも龍の力がなかったら、ここまで旅を続けて来ることは出来なかっただろう。


 そんなアカを、龍は優しい目で見ていた。


「じゃあ、ヒイロももうじき龍になる?」


 ― ヒイロは一度ヒトとして死んじゃってるから、もう身体も魂も完全に龍になってるよ。


「そうなの!? アイツ、そんなこと全然言ってなかったけど!」


 ― 記憶が飛んじゃったのかもね。


「だとしても、龍のヒイロに会うことはあるでしょう。今の私みたいに」


 ― そうかな。そうかもね。


「会ったら話、聞いてみようかな」


 ― うん。それがいいと思うよ。


「じゃあ私は行くよ。またね」


 ― じゃあね。


 龍は優しく笑ってアカに手を振った。するとアカの視界が徐々に真っ白に染まり、そのまま意識が希薄になっていく。


 ……。


 …………。


 ………………。


 アカが去った世界で残された龍は考える。再びアカにはここに来るのか。その前にアカの魂と完全にひとつになるだろうか。


 もう一度会えれば嬉しいし、先にアカと完全にひとつになればそれはそれで構わないと思った。半身である双子の姉はきっと、もうヒイロとひとつになったのだろう。


 自分(アカ)半身(ヒイロ)の無事を祈りつつ、(アカ)もゆっくりと微睡んだ。

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