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双焔の魔女の旅路  作者: かおぴこ
第12章 それぞれの道中
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第165話 アカと新米冒険者たち

 その後、旅は無事に続き王都まであと一日といったところだ。特にトラブルらしいトラブルもなくここまで来ることができ、およそ十日間の二人旅も最後の夜を迎えようとしていた。


「野営も今日が最後ということになるかしら」

「そうなりますね。あと少しの辛抱です」


 暗くなる前に最後の野営ポイントを探して馬車を停める。平原の真ん中で周囲に遮るものがなく見通しが良い場所だ。壁になるようなものが無いならいっそこういう場所の方が安全だったりする。もちろん、きちんと見張りを立てる事が前提だ。


 うん、ここなら周囲をまるっと警戒できるな。アカは頷き荷物を下ろした。よいしょ、と地面に荷物を置いた瞬間立ちくらみがして足元がふらつく。


「おっとっと、」

「……大丈夫?」


 慌ててバランスを取ったアカにアリアンナ夫人が訊ねるが、アカは笑って誤魔化した。


 この十日間、アカは一睡もしていない。疲労による体力の低下は魔力による身体強化で無理やり補っているが、常に周囲に気を巡らせることによる精神の消耗や魔力の低下による倦怠感などから限界は近づいて来ている。


 それでもあと一日。王都に着いてムスコット伯の屋敷へアリアンナ夫人を連れていければ、あとは伯爵家専属の護衛に任せることが出来るだろう。最後の夜、そして王都への道のりに向けて、残された気力を振り絞る。


 アリアンナ夫人はそんなアカの様子を心配そうに見守る。夫人だってアカが無理している事はとっくに気付いているが、自分を守るために死力を尽くすアカに対して無理に休めとも言えず――また、万が一その間に襲撃されればひとたまりも無いことも事実であり――ハラハラしながら見守るしかないのが現状である。


 兎にも角にもあと一日、明日の夕方には王都へ到着する。もしも襲撃があるとしたら、おそらく今夜が最後の機会だろう。そう考えたアカは頬を叩いて気合を入れ直した。


◇ ◇ ◇


 アカが火を起こして野営の準備をしていると進行方向、つまりは王都の方角から、小綺麗な装備に身を包んだ男女の四人組が近づいて来た。


 当然刺客の可能性を考えて警戒するアカだったが、それにしては彼らはあまりにも無防備で、アカが武器を構えて殺気を向けるとリーダーらしき男はびっくりして腰を抜かしてしまった。


 どうやら本当に通りかかった冒険者のようだ。アカは警戒はしつつも一旦彼らをシロと判断することにした。


 ……。


「いやぁ、初めての依頼でこんなことになるなんてなあ」

「野営の準備も何もしていなかったから助かった」

「もう。だから引き返そうって言ったじゃ無い」

「だけど倒したゴブリンはノルマに足りて無いじゃ無いか」


 焚き火に当たりながら、和気藹々と会話をする彼らは「緑の誓い」という名前で活動をしている……し始めたばかりのパーティらしい。というのもつい昨日冒険者デビューしたばかりの幼馴染四人組はこれが初めての依頼とのことだった。記念すべき初めての依頼としてゴブリンの討伐を請け負って意気揚々と街の外に出たは良いが王都の付近にはほとんどゴブリンがおらず、もう少し、もう少しだけと街道を進み続けた結果、引き上げるタイミングを逃してしまって辺りがすっかり暗くなってしまった。初めての依頼で準備も不十分、特に野営をする準備など何もしていなかった彼らは途方に暮れた。そんな中でたまたま他の冒険者、つまりアカ達一行を見つけ「冒険者は助け合いだよな」という理屈でのこのこと近づいて来たというわけだ。


「あ、アカさん。すみません……五月蠅いですか?」

「大丈夫、大声でないなら気にならないから」


 男女二人ずつのパーティの内、片方の女の子がアカに訊ねる。アカはもう少し声のボリュームを落として欲しいと遠回しに伝えてみたが、残念ながら伝わらなかったようで残りの三人は相変わらずやいのやいのとはしゃぎあっている。


 まあ仕方ないか。幼馴染でパーティを結成して初めての依頼、そして野営。遠足の延長線みたいな感覚なのだろう。眠る頃には静かになるだろうし、それまで我慢しよう。


 ちなみにアリアンナ夫人はアカの隣で上品に座っているが、基本的に冒険者達とは会話をしていない。汚れてはいるが上等なドレスを着ているし、その佇まいから溢れる気品からやんごとなき身分の人間であることは彼らも感じとったようで、下手に声をかけることが憚られているのだ。詮索や深入りをして来ないだけまだ賢いと言えよう。

 

「急にご一緒させて頂いてありがとうございます。それに、スープまで分けていただいて……」

「まあ困った時は、ね」


 アカは残っていた素材をほとんど注ぎ込んでスープを作り、緑の誓いにも振る舞った。携帯食料すら持っていなかった彼らは有り難く頭を下げてそれを口にしたのであった。


 これは親切心というよりは、彼らがアカの出したものを口にするかどうかで敵か否かを判断しての行動である。もしも彼らが刺客だとしたらスープを遠慮するか、飲んだふりするだろうと考えたのだがこれも結果はシロ。彼らは何ら疑うことなくスープを完食した。さりげなく四人を観察したが、飲んだふりをする物も居なかった。


 ここまでくると本当にただの通りがかりの新米冒険者の可能性も高いなと思いつつ、彼らの不運に同情した。


 もしも刺客が襲って来たら、巻き込まれずには居られないだろう。申し訳ないが今のコンディションで彼らまで守る余裕は無いだろうなとアカは思った。

 

◇ ◇ ◇


 すっかり夜も更け、緑の誓いは交代で見張りを立てて休むことにしたらしい。今は男のうちの片方――シセイというらしい――が緊張した面持ちで周囲を警戒している。


 ちなみにアカはキョロキョロと周囲を見たりはせず、周囲の音に注意を払っている。不自然な物音が聞こえた気がしたらとりあえず火の玉を放り込むというやり方でここまでやってきた。


 アリアンナ夫人が眠る横に座り、焚き火を見つめるアカ。その前に座るのは緑の誓いの女性の二人。先ほどスープの礼を言って来た方がハルナと言い、もう一人がペペィというらしい。ちなみにハルナとペペィの後ろで寝ている男はアナーシという名前だ。


「眠らないの?」


 身を寄せ合って焚き火にあたっている二人に、アカは訊ねる。見張りは男二人が交代でするということになったようなので、ハルナとペペィは起きている必要はない。


「こんな風に野営するのは初めてで、なんか緊張しちゃって。今日だって王都の周りでお試しでゴブリンを狩るだけのつもりだったから……」

「野宿した経験は無いの?」

「一応ありますけど、その時はきちんとした野営(キャンプ)道具を準備していたから、こんな風に地面で横になれって言われるとちょっと身構えちゃいます」

「地面に直接横になると土に体温が奪われるから、何か下に敷いた方がいいわ。乾いた草は温かいけれど中に虫が沢山いるからオススメしないわね」


 アドバイスをしつつアカは隣で眠るアリアンナ夫人を見る。平べったい岩の上で横になっているが、まず防水性の高い革を敷いた上に毛皮の布を置いて体温が岩に奪われないように工夫している。ちなみにこの革と毛皮は

途中の街で購入し、合わせて金貨一枚近くするかなりの高級品であったが、野宿を続ける中でアリアンナ夫人の身体への負担を少しでも減らすためにとかなり無理したのであった。


「簡易テントみたいなのは使わないんですか?」

「嵩張るわりに快適性はそこまでって聞くけれど。冒険者って如何にパフォーマンスを維持しつつ手荷物を減らすかみたいなところがあるから個人的には使おうと思った事はないかな」


 簡易テントは雨や風を遮蔽して寒さも軽減してくれるし、虫の侵入も防いでくれるものの影響をゼロには出来ない。さらに日本のキャンプキットのように畳めば軽くて薄くなるといったものでもなく、それ専用の小さな荷車が必要なサイズ感なので単純に持ち運びに向かない。どっちにしろ荷物の多い行商人が野宿用に使うのが主で、身軽さが重要な冒険者ではあまり使われるという事はなかった。


 前にヒイロが「という事は、日本で見るようなキャンプ用の折り畳みテントを作ったら売れないかな?」と言ったことがあるが、アカもヒイロも折り畳みテントの素材も構造も分からなかったのでどうしようも無いという結論に至った事がある。


 ああまただ、アカは自分の思考に気付いて軽く頭を振った。こうして何かのきっかけで、ついヒイロの事を考えてしまう。きっと無事でいてくれるはずだと信じているが、こうして何日も離れ離れでいるとどうしても嫌な想像をしてしまう。


 十日前の襲撃。激流に馬車ごと飲み込まれたヒイロとウイユベール嬢は本当に生きているだろうか。きっとヒイロは自分一人だけ助かろうとはせずに、ウイユベールと共に生き延びようとしたはずだ。だがそれはヒイロの生存確率を下げる行為でもある。


 アリアンナ夫人には二人は生きていて別ルートで王都を目指しているはずだと断言したアカであるが、こうして長い夜を座って過ごしているとどうしたって不安になる時間は訪れる。


 もしもヒイロが居なくなったら、きっと私はもう前に進めない。だからお願い、無事で居てね――。アカは無意識に祈るように手を組んでいた。

 

「アカさん?」

「ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたわ」


 ハルナに声を掛けられ、アカは気持ちを切り替えつつ会話に戻る。その後もハルナとペペィから冒険者として必要な装備や道具だったりなどについて訊ねられたので、アカはあくまで自分の場合はと前置きしつつ後輩冒険者にその心得を教えてあげた。


◇ ◇ ◇


 どれぐらい経っただろうか。


 ハルナとペペィはついに眠気に負けたようで、二人で身を寄せ合うようにウトウトとしている。アカは二人を起こさないように、黙って焚き火の火を見つめていた。


 そんな彼女達のもとに、辺りの見張りをしていたシセイが戻ってくる。


「そろそろアナーシと見張りの交代の時間なんですが、俺は寝なくても平気なんで、代わりにアカさんが休みますか?」

「ありがたい申し出だけど遠慮しておく。初めての野営ならアナタも無理してでも眠っておいた方がいいわ」

「そう、ですか……」


 アカがキッパリと遠慮すると、シセイはそれ以上は食い下がらなかった。そのまま眠っているアナーシを起こそうと後ろに下がる。


 その時、アカが急に武器を持って立ちあがった。そのまま緊張した表情で辺りをぐるりと見回す。


「アカさん?」

「静かにっ!」


 必死で耳を澄ませて周囲の音を聞き分ける。……居る。それも一人じゃ無い。


「急いで残りの三人を起こして、ここから離れて!」

「え?」

「早くっ!」

「あ、は、はいっ」


 唯ならぬ様子にシセイは言われた通りに仲間達を起こす。だが彼らがここから離れる前に、四方から闇に紛れて何者かが近付いてきた。


「くそっ!」


 アカはそのうち一つに乱暴に火の玉を放つと、アリアンナ夫人を庇うために残りの襲撃者達の前に立ちはだかった。

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