第161話 ヒイロと風魔法使い
無事にDランク冒険者となったウイ。Cランクを目指すと言い出したら流石にそんな時間はないとヒイロは止めるつもりだったが、「冒険者」という肩書だけで満足したのかウイからそれ以上の要求は無かった。
受付でウイの冒険者登録を終え、そのまま受付嬢に王都までの行き方を訊ねる。きっと向こうには田舎から出てきた小娘二人がミーハー根性で華やかな王都を目指しているように映ったんだろうな。
「ここから王都まで十日強だって」
「途中に一つ街があるけどそこまで七、八日ぐらいでそこから王都までが三日って感じか」
護衛のスタート地点であったネクストの街から、当初は二十日ほどで王都へ着く予定だった。
十日目に裏切りを受けて河に落ち、そこからこの街に着いて今日のここまでで七日ほど時間が経っている。ここから王都までさらに十日というわけで、合計で二十七日。まあ道に迷っていたことなどを考えれば仕方のないロスではある。
あまり時間がかかりすぎるとアカも心配するだろうしね。
アカとアリアンナ夫人は当初の道を進んでいるとすれば、あと数日で王都に到着するところに居るはずだ。
「まあ私達は私達のペースで王都へ向かいますかね」
「ヒイロ、何か言った?」
「ううん、独り言」
ウイは貴族の娘にしては長旅に文句を言うつもりが無さそうなのが幸いであった。こうして平民っぽい格好をすることにも抵抗がないのも有り難い。
王都までの道のりが分かった二人は、冒険者ギルドを後にした。
◇ ◇ ◇
「風の刃っ!」
ウイが魔法を放つと、的にした木には剣で斬りつけたかのような横一線の傷が付く。
「どうかしら」
「この距離で的を外さないのは立派かな」
得意気に感想を求めたウイに対して、とりあえず褒めるところを探してヒイロは答えた。およそ二十メートル先の木を狙って魔法を放って当てるのはそれなりにコントロールが要求されるので、ウイの魔法の腕前はまあ及第点と言えるだろう。
「他には?」
「威力は上げられる? できればあの木を一撃で真っ二つに出来るくらい」
「そんなの、触媒も無しには無理だわ。馬車と一緒に流されちゃったけどね」
ウイは唇を尖らせた。魔法を補助する愛用の杖を襲撃の際に失っていたのを思い出したからだ。だがヒイロはそんなのお構い無しと言った様子で言い放った。
「触媒……ああ、魔法の発動を補助する道具だっけ」
ヒイロもアカも、魔法を使う時に杖など持たないのでピンとこないが馬車の中で受けたウイの魔法講座(※)によれば自分の魔力をよく染み込ませた杖などを持つことで魔力の流れを安定させて、より高威力の魔法を使うことが出来るらしい。
(※第11章 第149話)
「そう。長年自分の魔力を染み込ませた触媒というのはまるで体の一部のように魔力を取り込めるようになるわ。だから一流の魔法使いっていうのは自分専用の触媒を育てて常に持ち歩いているってわけ」
「魔力を染み込ませるっていうのはつまり血を吸わせるって事なんだよね?」
「そうよ。あまり多くの血を一度にかけても木が吸ってくれないなら、それこそ毎日一滴ずつとか少しずつ少しずつ時間をかけて血と共に魔力を染み込ませるのよ。私の杖も十年以上育てていたんだけどね……」
ちなみにウイの杖は教鞭ほどのサイズで、硬くて丈夫な木を使っていたらしい。大きい杖の方が魔力を染み込ませ易いので育て易いが、重いし脆くなりがちだ。小さい杖は育てるのに時間がかかるが軽くて嵩張らないので常に持ち歩くことが出来る。
なのですぐにある程度の実用レベルの杖が欲しい冒険者は大きい杖を買って使い、貴族の魔法使いはそれこそ幼い頃から少しずつ強くて取り回しの良い杖を育てる傾向にあるということだ。ウイも後者のタイプであったが、これまでコツコツと育ててきた杖は他の荷物と共に失ってしまったというわけである。
「ウイの杖については残念だったけど、それはそれとして質問なんだけどさ。触媒を使うと魔力の流れが安定して威力が上がるっていうのがいまいち理屈がわからなくて。杖を使うとそこで魔力を増幅してくれるとかそういうことじゃないの?」
「増幅器の機能を持った触媒なんて聞いたことないわね。もしもあるとしたらそれこそ国宝級のものなんじゃないかしら。基本的に触媒は、あくまで魔力の流れを安定させるためのものよ」
「流れが安定すると、魔法の威力が上がるのはなぜ?」
「厳密に言えば上がらないんだけど……」
ウイは地面に落ちていた木の枝を拾ってみせる。
「例えばさっきより強い魔法を撃とうとすると、当然魔力の操作は難しくなるわ」
「それはわかる。私も大きい火を出そうとすると魔力操作に神経使うし」
「そう。それで身体の一部に魔力を込める場合、主に手の先に込める事になるとは思うんだけど、腕や手首、指が伸びているか曲がっているかで魔力の流れ方も微妙に変わるわよね」
ヒイロは頷く。まあ誤差レベルではあるが、確かにそういう傾向はあるからだ。
「難しい魔力操作を、毎回微妙に魔力の流れ方が変わるコンディションでやろうとすると暴発のリスクが高まるわ。そして強い魔力が暴発すると、発動側が怪我をする事がある」
ウイは拾った木の枝に魔力を込める。当然、触媒として調整していないただの木の枝はウイの魔力に耐える事ができない。風を起こす前にバキバキッと音を立ててヒビが入り、そのまま砕け散った。
「今は枝が砕けただけだけど、触媒なしで掌から魔法を撃とうとするとこれが私の手で起こる可能性があるってわけ。ただ、育てた杖なら魔力は毎回必ず同じように流れるからそもそも暴発を起こしにくいし、万が一暴発しても怪我だけはしなくて済む。結果的に手に込めより何倍も多くの魔力を扱う事ができるから威力も上がるってことになるのよ」
「うーむ……」
ウイの説明にヒイロは首を捻った。理屈はまあ分かるよ、理屈はね。
「まだ何かわからない事があるの?」
「確かに触媒があると魔法の発動が安定するっていうのは分かるんだけどさ。メリットがデメリットを上回ってない気がするんだよね」
「デメリット? 触媒を使う事に対してってこと?」
「うん」
そんなのあるかしら、と首を傾げるウイにヒイロはビシッと指を指す。
「まさに今のウイの状態がデメリットじゃん。何年も時間をかけて魔力をなじませた杖を無くしたら、まともに魔法が使えなくなるってことでしょ」
「それはそうだけど、普通はスペアを幾つか作っておくものよ。私もネクストの街の屋敷に戻れば何本かスペアの杖はあるわ……無くした杖ほど育ってないけれど」
「スペアは持ち歩かないと意味がないんじゃないの?」
「そうだけど、今回の場合はもしも全部の杖を運んでいたら丸ごと川に流れたわけだから結果的に間違ってなかったってことじゃない」
「まあそれはそうなんだけど。でもウイに限らずスペアの杖がすぐに使えない状況ってあるわけだし、対人戦を想定した場合って杖さえ壊せば相手の戦力を大幅に削れるって事だよね」
「まあそうね。実際に魔法学園で行う模擬戦では相手の杖を壊すなり、そこまでしなくても叩き落とすっていうのはわりと一般的な戦術らしいし」
魔法学園では模擬戦なんてものもあるのか。ちょっと気になるけど今は置いておいて、ヒイロはウイに疑問を投げかける。
「だったら初めから触媒無しで魔法を使えるように訓練した方がいいと思うんだけど、なんでみんな杖を持つの?」
ウイは怪訝な顔をして呆れたように答えた。
「ヒイロ、あなたさっきの話を聞いていた? 触媒がないと強い魔法が撃てないのよ」
「私とアカは使ってないよ」
ヒイロは手に魔力を込め、火の玉を作り出すとおりゃっと適当な木に撃ち出した。木の大きさは先ほどウイが風魔法を当てたものと同等程度だが、ヒイロの火の玉を受けた木は真ん中からポッキリと折れて更にその丸太は炎に包まれる。
口から炎を吐けば倍くらいの威力が出るけれど、手から放ったらまあこんなもんか。
「今のってそこそこ全力だったけど、暴発はしなかったよ。というかあのくらいの威力なら何発撃ってもまず暴発はしないと思う」
「それは貴女たちが特別魔力の扱いが上手いからじゃないの?」
「最初は下手くそだったよ。練習したの」
こんな感じで魔力を体内で操作するんだよと、アカと共に練習したの魔力循環(※)をしてみせる。
(※第5章 第65話)
「ええ……なにそれぇ……」
普通やらないような魔力の操作を見て、ウイはドン引きした。
「つまり私が言いたいのは、せっかく冒険者として経験を積むぞって気合を入れているんだしせっかくだから杖無しでも魔法が使えるように出来ることはやってみたらって事よ。結局はウイ次第だから無理強いはしないけどね」
「なによそれ。でもまあヒイロのいうことも一理あるわね」
ヒイロのような変態的な魔力循環が出来るようになりたいとは思わないが、杖がない以上いまの自分は何の役にも立たないのも事実だ。そう考えたウイはヒイロの提案を前向きに受け入れてみる事にした。
「じゃあさっそく、その変態的な魔力循環のやり方を教えてくれる?」
「変態は傷つくなぁ……」
魔力の循環は歩きながらでも問題なく出来る。ヒイロとウイは王都を目指しながら、魔力操作の練習に励むのであった。
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