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双焔の魔女の旅路  作者: かおぴこ
第12章 それぞれの道中
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第160話 ヒイロと冒険者志望の貴族

 川で身体と服を洗ったおかげで無事に街に入ることが出来たヒイロとウイ。まずはマントを巻いただけの危なっかしい服装をなんとかするために古着屋へ直行。ついでに近くの雑貨屋で旅に最低限必要な物資を買ったのちに今晩の宿を確保した。


「運良く部屋が空いていて良かったわね」

「お風呂は付いてない宿だけど、まあ我慢してね」

「さっき川で身体を洗ったしそこまで気にならないわ。ベッドで眠れるだけでありがたいもの」


 そう言ってベッドに座ったウイだが、直ぐに顔を顰める。


「……固いわ」

「そりゃあ安宿だもん。これまで泊まってきた貴族用の宿みたいにはいかないよ」


 というか、貴族用の宿のベッドはヒイロも感動するほどフカフカだった。そりゃあ日本で使っていたようなスプリングの入ったマットには及ばないが、敷布団の下にマットレスが敷いてあるのを見て「この世界にもマットレスの概念があるんだ!」とアカと共に感動したのである。


 それに比べれば、硬い板の上に薄っぺらい敷布団一枚のこの宿のベッドは悲しくなるほど質素である。とはいえこのぐらいが一般的で、敷布団にカビが生えていないだけだいぶマシな方だ。


「まあ野宿に比べたら天国みたいな環境だし、文句言ったらバチが当たるわね」

「ご納得いただけたようでなにより」


 部屋を確保したので、次は食事だ。幸いこの宿は食事付きだったので、受付の横にある食堂へ移動する。


 ヒイロはてっきりこの手の安い宿に申し訳程度についてくる、硬くて酸っぱいパンとクズ野菜のスープの「無いよりマシセット」かも思っていたが、この宿はそうではなかった。普通に食べられるレベルのパンと、小さくても肉が入ったスープだった。


 とはいえ最低レベルから見ればだいぶマシというわけで決しておいしいわけでもない。ウイが文句を言わないかと少し不安になったけれど、彼女は黙々と自分の皿を空にした。


 ……。


 …………。


「夕ご飯、おいしかった?」


 部屋に戻った二人。ヒイロが訊ねるとウイは眉を寄せて首を振った。


「そんなわけないでしょ。ただ、渋みの残った木の実や血抜きが不完全な上に塩すら振られていない肉に比べればかなりマシではあったわね」

「同感」

「ねえヒイロ、平民って毎日こんなものばかり食べているの?」

「ピンキリかな。お金を稼げている人はふかふかのパンやお肉にエールを付ける事もできる。街を歩いていた時に見かけた酒場ではそういうものも食べられるよ。貧しい人はその日食べるパンすらなくてスラムの片隅で飢えている。今日の食事は味を気にする余裕がある分、全体で見たら中央値よりは上くらいじゃない?」

「あれで、真ん中より上なのね」


 とてもおいしい

 おいしい

 ふつう

 まずい

 食べられるだけマシ


 五段階評価で今日のはふつうランクのややおいしい寄りだから真ん中より上と評価したヒイロだが、ウイがどう受け取ったかは謎である。とりあえずあのくらいのレベルなら文句を言わずに食べてくれるという事だ。正直、街での食事なら一食で銅貨五枚(五百円)出せばもう少しマシなものが出てくるけれど。


◇ ◇ ◇


「ヒイロ、寝ないの?」


 何やら部屋の入り口でゴソゴソと作業をしているヒイロにウイが声を掛ける。


「これが終わったら寝ますよー」

「何してるの?」

「一応警戒用のトラップを仕掛けてから寝ようかなと」

「トラップ?」


 ウイは後ろからヒイロの手元を覗き込んだ。ヒイロが仕掛けていたのは部屋のドアが開くと足元に張った紐に引っかかりそこに吊り下げた木の板片が鳴る、原始的な鳴子のトラップである。


「誰かが入ってきた時にこれがあれば一応起きられるからね」

「誰かが入ってくるの?」

「それが分からないのがおっかないんだよね」


 女二人で安宿に泊まる。ある意味では野宿よりも危険なので、用心をしすぎるという事はないだろう。


「ウイの命を狙った刺客だけじゃなくて強盗や強姦なんかにも気を付けないといけないからね」

「なるほど……旅って大変なのね。いつもそういうのを仕掛けているの?」

「宿に泊まるときはね」


 さすがにナナミの家ではそこまでの警戒は不要だったが、それ以前は眠る時も一定の緊張感は保ち続けていた。現に、これが鳴ったおかげで他人が入って来るのに気付けた事もある。その時の相手は「部屋を間違えただけだ」と言って去っていったが果たして本当のところはどうだったのか。最悪の事態を考えると背筋が凍る経験であった。


 ウイが紐を軽く引くと、木片がカラコロと乾いた音を立てる。


「こんな小さな音で起きられるの?」

「私は起きられるけど、慣れ次第だね」


 常に警戒しながら眠っていればこのぐらいの音でも十分目を覚ますことができる。いつのまにか身に染み付いたスキルである。


 窓の側にも同じトラップを仕掛けて良しと言っでベッドに向かったヒイロを、ウイは感心したように見た。


 ちなみにこの夜、二人の部屋を訪れる不埒な輩は現れなかった。こういう保険(トラップ)は発動しないならそれに越した事はない。


◇ ◇ ◇


 翌朝。目覚めてさっさと荷物をまとめた二人は再び美味しくも不味くもない朝食を摂り、宿を後にした。


「今日はどうするの?」

「王都までの行き方を調べないと」

「確かに。でも、どうやって?」

「調べ物をするなら冒険者ギルドだよ。聞けば大抵の事は教えてくれるから」


 ヒイロは首から下げた冒険者(カード)を取り出してニヤリと笑った。同業者に舐められがちなヒイロだが、その分ギルド職員にはわりと親切にしてもらえる。実際のところはギルド職員にも同業者に舐められているのと同じでその実力を過小評価されがちなわけだが、ギルド側の立場になるとおいそれと死なれたくないので自然とできる範囲で親切にしてしまうというだけの話ではある。


 意気揚々と冒険者ギルドへ向かうヒイロにウイが提案する。


「ねぇ、私も冒険者になれるかしら?」

「うぇぇ!?」


 藪から棒に言われ、声が上ずる。


「だって私、ヒイロに守られてばかりじゃない」

「そりゃあ元々そういう立場だし」


 面倒事を回避するためにということで――ウイの希望もあり――しれっと雑に接しているが、ウイは「護衛対象の貴族の娘さん」であり、ヒイロは現在絶賛依頼遂行中なのだ。


 だからヒイロにとってウイを守るのは当たり前だし、その逆は初めから期待していない。


 しかしウイはそれが不満のようであった。


「この街までの道中で、貴女に頼り切りだったのは仕方ないかなって思ったわ。私はほとんど街を出たことも無かったし、あったとしても馬車に乗って移動していただけだったから」

「まああんなサバイバルな旅は経験はないだろうけど」

「だけど、街に着いてからも結局ヒイロに頼りっぱなしじゃない。宿を探したり、次の目的地を聞くためにギルドへ行こうと提案したり……」

「ウイはそういう経験がないだけでしょう」

「だからこそ、そういう事もきちんとできるようになっておきたいのよ」

「……それは別に冒険者にならなくてもできる事じゃない?」

「それはそう。だけど覚悟というか、心構えみたいものというか。冒険者になったところで何が変わるってわけでもないけど、それでも今の自分とは違う自分になるための第一歩目として、冒険者っていう肩書きは意味が無いものとは思わないわ」


 意味無いと思うけどなー。口には出さずにヒイロは両手を広げた。貴族が冒険者になってはいけないというルールはヒイロが知る限りでは無いので、おそらくウイが冒険者になる事は可能だろう。こんな冒険者証(カード一枚)で何が変わるものでも無いとは思うが、しかしこれだけ「私、ついに決意しました」って顔で語ってる人間を説得するのも面倒だ。下手に反対して仲が拗れると今後の旅もやりづらくなるし。


「まぁ、好きにすればいいんじゃ無い?」

「いいの!? ありがとう!」

「でもあくまで目的はウイを王都へ連れていく事だから、私はウイの冒険者ランクをあげたりとかそういうのは手伝えないよ?」

「もちろん構わないわ。じゃあ早速いきましょう!」


 あれ、これって登録料は私が払う流れか? まあ路銀には多少余裕があるから別にいいか。


 意気揚々と冒険者ギルドへ駆け出すウイを追いかけてつつヒイロは財布の中身をこっそり確認した。

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