第157話 ヒイロとウイユベール
「おいしくないわ」
「確かに塩くらいは欲しいですよねぇ」
「そういう問題じゃ無いと思うんだけど……」
目の前で焼かれたウサギの肉を口にしながら感想を言い合うヒイロとウイユベール。
「あ、こっちの太もも部分の方が肉が柔らかくて美味しいかもしれません」
はい、と手渡された太もも肉を受け取りながら、ウイユベールはため息をついた。
「あなた達、外ではいつもこんなものを食べているの?」
「そうですね。肉に塩振って焼くだけってのは冒険者の主食みたいなもんですから。時間がない時は干し肉齧ったりとかもありますね」
「パンとスープが欲しいとは言わないけれど、ずっと同じ味っていうのは辛いものがあるわね」
「同じ味が飽きるっていうのは同意です。私達は香草で包んで焼いたり、道具があれば煮込んでみたりもしますが」
「冒険者ってそういう部分でも大変なのね」
感心したような、それでいて半ば諦めたような表情をしてウイユベールは再び肉を頬張った。それを見てヒイロも改めて手元の肉に目を落とす。
荷物は馬車と共に全て流されたので、塩もハーブも無くなってしまった。愛用のメイスとナイフ、あとは肌身離さず持っている財布が流されて居なかったのは幸いであったが貴族の娘であるウイユベールにとってはかなり過酷な旅の始まりになったと言わざるを得ない。
貴族だけあって、ここまでの馬車の中は快適なものであったし保存食もしっかりと味のついたパンやドライフルーツなどが多く、アリアンナ夫人とウイユベールに配慮されたものが用意されて居た。まさかこんな平原のど真ん中で獲ったウサギの丸焼きを齧ることになるとは思ってもみなかっただろう。
そう、平原のど真ん中である。
橋の上での襲撃から三日目。とにかく南へ向けて歩き続けたが、未だに街どころか街道へ出ることもできず今日はここで野宿をすることにした。
「明日にはせめて街道に出たいわね」
「ですねぇ。食べ物はこんな感じで獲れるんですが、飲み水が少なくなって来ましたから」
「まあ空腹に悩まなくて良いのはありがたいわ……」
ウイユベールは改めて頭の中でこの状況を整理した。まず、三日間行動を共にして分かったがヒイロはサバイバル能力が高い。飄々としているようで周囲をよくみているし、なによりこうして食糧を調達できるのはありがたいことこの上ない。今も余った肉を煙で燻して簡単な燻製を作ろうとしているので、とりあえず明日までは食べるものの心配をしなくても済むだろう。
これがもし自分と母親の二人だけであったら、二日と保たずに参ってしまっていたかもしれない。そう考えると放り出されたのがヒイロと自分の二人だったのは不幸中の幸いだったなと思う。
「見張りは私がしているのでウイ様は寝て下さい」
「ヒイロは昨日も一昨日も寝てないわよね? 今日は私も見張りをするわよ」
「あ、本当ですか? じゃあお言葉に甘えますね」
躊躇なく提案を受け入れるヒイロにちょっとは遠慮するとか一回目は遠慮するとか無いのかよと笑ってしまう。
「何かあったら起こせばいい?」
「はい。あとは月がてっぺんに登るくらいで交代で起こしてもらえれば」
「分かったわ」
「じゃあすみませんがお願いします」
そう言うとヒイロは地面に敷いた布の上で横になり、すぐにスウスウと寝息を立て始めた。
「早っ……、私なんていつまでも寝付けなくて困ってるって言うのに」
寝付きの良さにウイユベールは感心した。ちなみにヒイロとアカは野宿時に少しでも体力を温存&回復するためどこでも寝る訓練をしている。なのでこれはヒイロがお気楽者というよりは実利を追求した成果なのであるが……。
「こうして寝ているところを見ると私と同じくらいの女の子なのにね」
実のところウイユベールは十五歳、ヒイロとアカは既に二十歳なので年齢で言えばヒイロの方が五歳も歳上という事になるのだが、ヒイロもアカも実年齢以上に幼く見られがちな事もあり良くも悪くもそのギャップが人目を惹く。
「そういえば私、この子のことを名前以外何も知らないのよね」
王都へ向い、魔法学園への入学を目指しているというのは聞いたが、それももしかしたら自分たちに話を合わせているだけかもしれない。そういえばお母様は「ウイとの勉強会を見る限り、あの二人はかなり高度な教育を受けているわ」と言っていた。平民が高度な教育を受けるとは考えづらいので、もしかするとどこかの貴族の令嬢かもしれないとのことだ。
「……だけどそれも考えづらいのよねぇ……」
目の前で図太く眠るヒイロを見ると、とても貴族だとは思えない。教育水準以外は平民のそれだし、なんなら今はそのサバイバル能力に助けられているわけで。結局考えるほど、よくわからないという結論になる。
「王都までの旅の中で、もう少しあなたの事を知れたらいいんだけどね」
ウイユベールは小さく呟くとパンッと気合を入れて見張りに集中する。
◇ ◇ ◇
「ようやく街道に出ましたね」
「どれだけ僻地に流されてたのよ……」
五日目。街道に合流することができた二人。馬車の轍が比較的新しい事もあり、この道を進めばどこかしらの街に辿り着くことができるはずである。
「それにしても途中で小川があって助かった。危うくウイ様にウサギの生き血を啜っていただいて水分補給する羽目になるところでした」
「それなんだけど、最初から流された川沿いに進めば水の心配はいらなかったんじゃないの?」
「うーん。さっきの小川沿いならありかなって気はしたんですけど私たちが流された川沿いは危ないんじゃないかなって思ったんですよ」
「そうなの?」
ヒイロとしては、アカと一緒なら相談して決めたところだが護衛対象の二人きりの状況では進む方向は自分で決めるしかなかった。
1、川沿いを上り落とされた場所を目指す。
2、川沿いを下り、水の心配がない状況で街を探す。
3、川から離れても王都に向かいつつ街道を目指す。
この選択肢から最もリスクが少なそうな3を選んだだけの話である。だが、ウイユベールはヒイロの説明を待っているようだ。
「えーっと……、川を上るのは良くないっていうのは話しましたよね?」
「ええ、他の川と合流していたりするとお母様達と合流できない可能性があるって事よね」
「それもありますが、あの規模の川って急に流れが速くなる場所があったり急に滝が現れたり、なんなら両サイドを崖に挟まれた場所があったりすることが多いんですよ」
そう言いながらヒイロが想像していたのは中学生の修学旅行で行った嵐山の保津川下りだ。船の乗り場と降り場は平坦な川岸となっているし、流れが緩やかな場所では景色を楽しむ余裕すらあったがその中でヒイロが覚えているのは左右を崖に挟まれた幻想的な光景である。ベテランの船頭による船の操縦があったからそんな景色を楽しむ余裕があったが、ウイユベールと共にあの川沿いを歩けと言われたらまず無理である。
地面に凹の字を書いて崖のリスクを説明すると、ウイユベールはフムフムと頷く。
「でも、そうやって通れない場所に当たったら方針を転換するって案もあったんじゃないの?」
「結果的に言えばそうですね。ただ、五日前の段階ではまだ空に雲が多くあったのでまた雨が振る可能性もありました。さらに増水して川幅が急激に広がったら、または上流から鉄砲水が襲ってきたら、みたいな可能性を考えると川から離れたほうが危険は少ないと思ったんです」
「へぇ……きちんと考えているのねぇ」
感心するウイユベールだが、実のところヒイロはそこまで考えて決めたわけでもなく。正直なんとなくこっち、という直感に従った部分も大きい。
アカが居てくれればこういう時にきちんと理由の言語化をしてくれるので自分は後ろでしたり顔をしておくだけでいいのになっ! ああ、色んな意味でアカが恋しい!
「ああ、あとはあんな増水する川沿いには大きな街はまず無いだろうなと思います。危ないですもん。だから川沿いを下っても川から離れて街道を探しても街に辿り着く確率に大差無いかなと」
今思いつきました。という最後の言葉を発さずに伝えると、ウイユベールはしっかりと納得してくれたようだ。
「分かったわ。正直、水はほとんど残ってないわ街道は見つからないわでとても不安だったの。ヒイロを疑ったわけじゃ無いけれど、何故川から離れて行くのかしらって」
「すみません、きちんと説明すべきでしたね」
「ええ、ええ。別に怒っているわけでは無いわ。ただ、今後は何か決める時、私にも相談してくれるかしら?」
「相談ですか……」
「相談と言っても、もちろん旅のベテランであるヒイロの意見を基本的に尊重するつもり。ただ私も慣れてない旅だからこそ、ヒイロがどういう意図でその選択をしたか、知っておきたいのよ」
「なるほど。そういう事であれば、承知しました」
確かにウイユベールのことは守らなければと思っていたが、自分の行動によって不安にさせているという意識は無かった。アカだったらウイユベールを不安にさせたり、まして直接指摘されるようなことはなかっただろう。
自分の甘さを痛感すると共に、改めてアカが居ないという事実を突きつけられる。
「改めて、よろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
差し出された手を握り返しつつ、ヒイロは自分が頑張らないといけないんだぞ、と自分自身を叱咤した。
「それで、この街道はどっちに進むの?」
ウイユベールが南北に伸びる街道を見ながら訊ねる。
「南です」
「その心は?」
「王都へ少しでも近づきたいので」
「分かったわ。行きましょう」
ヒイロの答えに満足げに笑い、ウイユベールは街道を歩き始めた。
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