第154話 橋上の戦い
この橋の上は危ない。そう考えたアカであるが、しかしアリアンナ夫人を抱き上げて逃げ出そうとは思わなかった。
橋は幅がおよそ10mほど。長さは100mはあるだろうか、いま立っているのはその中央付近である。橋から離れるのであれば夫人を抱えておよそ50mを駆け抜ける必要があるが、月桂樹の四人に背を向けてその距離を走るのはリスクが高いというのが第一の理由。
さらに対岸は先が森となっており、伏兵がいるかもしれないと直感したこともある。もちろん誰も居ないかもしれないが、いまは自分の直感に従う事にした。
逃走を選択肢から除外したアカの取る行動は、迎撃である。武器を構えて襲いかかってくる月桂樹に対して、こちらもメイスを構えた。
「うらぁっ!」
「ふっ!」
「ぐえっ」
先頭を走る男が剣を振る。冷静にその一撃を交わすとすれ違い様にその身体にメイスを叩きつけた。男は痛みにのたうつが、一撃で倒し切るには至らない。しかしトドメをさす前に次の男と女が斬りかかってきた。
「はぁっ!」
「せいっ!」
男の方は2m近くもある大きな両手剣を軽々と振り回し、女の方はナイフより一回り長いショートソードを突き出すように振るう。
「ちっ!」
それぞれの攻撃を紙一重で避けつつ女に向かってメイスを振るうアカ。だがその一撃はもう一人の男が庇うように差し出した両手剣にガンと防がれる。
「死ねっ!」
最初の男が体勢を立て直して剣を繰り出して来たので、アカは一度大きく下がって距離を取った。
「水の槍っ!」
後ろで様子を伺っていたリーダーのウィザスがアカの動きを読んで魔法を放つ。アカはさらに横に大きくステップしてその魔法をやり過ごした。
……やり辛いな。アカは軽く舌打ちした。
いまのやりとりで解ったが、月桂樹の四人は決して弱くない。それどころか、これまで出会った冒険者の中では上位に位置するほどの実力者だ。
ショートソード、長剣、大剣、魔法と間合いの違う武器を持った実力者達がしっかりとした連携で攻め立ててくるのは普通に戦いづらい。
正直、全力で魔力を込めた火を放てば連携も何も関係なく前衛三人は倒せると思うが、それをすると足元の橋が燃え尽きて濁流に放り出される可能性があるし、何より後ろで震えるアリアンナ夫人を巻き込んでしまうだろう。そもそも相手がアリアンナ夫人に刃を向けたらアカはそれを防がねばならない。アカひとりなら、または隣にいるのがヒイロなら、気兼ねなく全力を出せるのだけれど。
無い物ねだりしても仕方がない。アカは被りを振って意識を切り替える。橋と夫人を巻き込まない威力の炎なら、おそらく一人は倒せるだろう。だけど最初の一発は当てられてもそれ以降は警戒されてしまうかもしれない。さて、どうしたものか……。
再び剣を振りかぶって攻めてくる相手を見ながら戦略を組み立てる。
「おい! 貴族を狙え!」
後ろからウィザスが声を上げた。それを受けて、ショートソードを持った女がアカの横を素早くすり抜け、後方のアリアンナ夫人へ駆け出す。
「しまった!」
女を追いかけようとするアカを、男二人が挟むように囲んで阻止する。慌ててメイスを振って見せるが、防御姿勢に徹した男達を倒すことは出来ない。
女はニヤリと口を歪め、ショートソードを振りかぶる。あと三歩っ!
だがその瞬間、女の足元からボウッと炎が立ち昇った。
「なっ!?」
一瞬で下半身を炎に包まれた女は、そのまま足を縺れさせ転倒した。
「あ、熱いっ!」
降りしきる雨も炎の勢いを弱める事はなく、女の全身に広がる。
「うああああっ!」
熱さと、全身を炎に包まれるという恐怖によってパニックに陥った女はそのままゴロゴロと転がるようにのたうち、そのまま黒い濁流に飲み込まれるように橋から落ちていった。
「なっ……!?」
「だ、大丈夫か!?」
一瞬の出来事に女の方へ意識が向いた男二人。特に大剣を持った男は思わずアカに背を向けて橋の縁へ向けて声をあげる。そんな隙を見逃すアカではない。
「はあっ!」
大剣の男の側頭部に全力でメイスを叩き込む。頭がゴキュリと嫌な音を立て半分ほど潰れた男は、そのまま正面に倒れ込んだ。
「くそっ! 貴様っ!」
長剣の男は無我夢中でアカに斬りかかる。武器の振り終わりを狙われ、このままではアカが体勢を立て直すより早く男の剣が届くだろう。
だがアカは落ち着いてメイスとは逆の手を突き出して男に向けと、そのまま溜めた魔力を火の玉にして男に撃ち出した。
「がはっ……」
ボンッという音ともに火の玉が炸裂する。橋を壊さないように威力を抑えた一撃だが、至近距離で人間の身体を吹き飛ばすには十分な威力であった。一瞬で胸から上を黒焦げにされた長剣の男は立ったまま息絶える。
「水の槍よっ!」
ほんのひと息の間に仲間三人がやられたウィザスは半狂乱になって水魔法を撃った。
「遅い!」
遠距離からの魔法は近距離攻撃をサポートするように撃たれると厄介だが、こんな風に雑に撃たれれば対処は容易い。アカは水魔法を相殺するように炎を放ちつつ、そのまま武器を持ってウィザスへ向けて駆け出す。
「くそっ! くそぉっ!」
バンバンと魔法を連発してアカの接近を阻もうとするウィザスだが、碌に魔力を込めきれていない魔法であれば相殺は造作もない。水魔法を防ぐように手元で火を操るだけで容易く跳ね除けながら、ウィザスの元まで辿り着く。
「くそぉ……」
ウィザスは半ば諦めたように怨嗟を呟く。アカがその手にメイスを叩きつけると、甲の骨が砕かれ持っていた杖を取り落とした。
「ぐぅっ……」
アカは痛みに悶えるウィザスの腕を捻り上げると、その首にナイフを当てて問いかけた。
「二人を狙ったのは誰の依頼?」
「言うわけが……」
「そう」
答えを期待したわけではなく、さらりと吐いたら儲け物ぐらいのつもり聞いただけである。これ以上脅して手間を掛けるつもりも無いアカはそのままナイフを首に走らせウィザスの命を断ち切った。
◇ ◇ ◇
「奥様、お怪我は?」
「な、無いわ。ありがとう」
「いえ、ご無事で良かった」
橋の真ん中でへたり込むアリアンナ夫人の元へ戻ったアカは、その手を取って夫人を立たせる。
雨でずぶ濡れだしせっかくのドレスが汚れてしまっているが、怪我などは無さそうで一安心だ。
「あの者達は、何か言っていた?」
「残念ながら、裏で糸を引いた者の名前は聞き出せませんでした」
「そう」
アリアンナ夫人は何か考え込むように黙り込んだ。
「奥様。申し訳ございませんが、早くここを離れないと少し危険かと」
「え? ああ、そうね。追手が来ないとも限らないものね」
「それもありますが、橋が落ちる可能性もあるので」
そう言ってアカは炎で焦げた橋桁に目を向けた。ショートソードの女を燃やすために火をつけた箇所である。そこは敵が馬を河に落とすために松明を投げ捨てた場所でもあった。
松明の火を掌握したアカは、念のため完全に消火するのでは無くいつでも燃え上がらせることが出来るようにコントロールしていた。ショートソードの女がそこに差し掛かったタイミングで火を一気に大きくする事で相手の不意をつくことが出来たのである。だがその炎のせいで橋は一部が燃えて崩れかけており、河の流れが早いこともありこのまま放置すれば水の勢いでそこから全体が瓦解する可能性もある。今すぐに崩れることは無いとは思うがここに長居しない方が良いだろう。
「奥様、落ちたら危険ですので」
「ええ、分かったわ。……ウイと、ヒイロは無事かしら?」
「ヒイロは絶対に大丈夫です。あの子と一緒いるなら、ウイ様もきっと大丈夫です」
「信頼しているのね」
「はい」
確信したように頷くアカを見て、アリアンナ夫人は目を細める。
「河岸で、暫く待っていてもいいかしら?」
「そうですね。どこまで流されてしまったか分かりませんが、案外すぐに戻ってくるかもしれません」
そう言ってアカは黒い流れの先を見つめたのであった。
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