第148話 貴族の馬車
ほどなく依頼人である貴族の遣いがギルドにやってきた。
「月桂樹、双焔の皆さま。私は今回依頼させて頂くムスコット伯に仕えているものです。皆様をムスコット様の元へご案内させていただきます」
執事を名乗る男は三十代ぐらいだろうか。彼の案内で一行はゾロゾロと街の外へ向かう。既に街道沿いに馬車が準備してあるそうだ。さすが貴族の使いというだけあって、高そうな服に身を包んでいる。スーツに似ている上質な前開きのジャケットの下にはパリッとしたシャツが見える。
「この世界にもあんな感じの服があったのね」
「今まで貴族のいるようなところには近付かなかったから知らなかったよね」
アカとヒイロはなんとなく自分達の装いを確認する。革の胸当ての下に着ている服はボロボロでこそ無いけれど、布の質や縫製の精度は高く無いので安物っぽさは否めない。
「この服、失礼じゃ無いかしら」
「あっちのパーティは……微妙に参考にならないね」
月桂樹のメンバーの装備、リーダーのウィザスは大きめのマントを羽織っており服が見えない。まあマント自体はそこそこ質の良さそうな布のようだが、装飾などは無いのでザ・旅人と言った感じ。そして戦士たちは立派な鎧を身につけて服云々では無い。
歩きながらファッションチェックをしていると、髪型とかもこれでよかったかしらと不安になってきた。
きちんと見える鏡を使える機会すら稀なので、ここ数年眉毛や顔の産毛の手入れすら出来ていない事を実はこっそり気にしているアカである。ヒイロに確認しても「大丈夫、アカはいつもカワイイよ」としか言わないんだもん……。
ヒイロも特に眉とか整えてる様子は無いんだけど、特にボサボサになったりしてないので元々そういう体質なんだろう、羨ましい限りだ。
そういえば美容院も何年も行ってないんだよなぁと、肩にギリギリで掛かるぐらいの自分の髪にそっと触れた。アカはもともと天然パーマなので、気を抜くとハネが酷いことになる。縮毛矯正をかけても今のような髪型までが限界で、ヒイロはこの緩いウェーブを素敵だと言ってくれるがアカからすればこれはわりと苦肉の策で、むしろヒイロのような真っ直ぐな髪が羨ましい。
隣を歩くヒイロの髪が揺れるのを眺める。ヒイロはアカのウェーブした髪が羨ましいというし、まさに隣の芝は青いというやつだね。それにしても異世界に来てから髪の手入れだってしていないのにヒイロの髪は相変わらず綺麗だ。
「ん? アカ、どうかした?」
「ううん、なんでも無い。依頼、頑張らないと」
今更見た目を気にしても仕方が無いと、アカは気を取り直して前を見た。
「お、アカは気合十分だね」
「お前も頑張るんだからな?」
◇ ◇ ◇
街の門の外には、立派な馬車が準備されていた。商人が交易に使うような幌を張った荷馬車ではなく、まさに貴族が乗る馬車のイメージ通りのもので、前に御者が座って馬の手綱を持っている。
馬車の中に人の気配はないので、貴族……ムスコット卿とか言っていたかな? はまだ来ていないようだ。
「一応ちゃんとした姿勢で待ってた方がいいかもね」
「ああ、平民なんてどれだけ待たせてやっても構わんが、それはそれとして常に緊張感を持ってないやつは許さんってやつだね」
「そこまでは言ってないけど」
ヒイロの貴族像はどこから来ているんだ。
程なくして身なりの良い三人が、先ほどギルドに現れた執事と共にやって来た。街中の移動には屋根のない簡易な馬車を使ってここからはこの豪華な馬車に乗り換えるのか、流石お金持ちである。
「旦那様。こちらが今回護衛を引き受ける冒険者たちです」
「フム。こちらの要望通り、女性冒険者もいるようだな」
旦那様と呼ばれた男がこちらに歩み寄り、居丈高に告げる。
「諸君、私が今回の依頼人であるシルバード・ムスコットだ。君たちには妻と娘を王都にある私の屋敷まで護衛してもらいたい」
ムスコット卿の後ろにいた二人の女性の内、落ち着いた雰囲気の方がこちらをひと通り確認すると、アカとヒイロに対して扇子を向けた。
「そこの二人、私たちと馬車に乗りなさい。他のものは歩いて付いてくるように」
そう言うとさっさと馬車に乗り込む。もう一人、女の子の方も、チラリとアカとヒイロを見てから馬車に入った。
「えーっと……いいんですかね?」
「依頼主のご指名だ、さっさと行け」
月桂樹のリーダーがムッとした表情でアカたちを顎で指した。
「あ、はい」
よく分からないが、ご指名いただいたので行かなければならないだろう。アカが先に、次にヒイロが馬車に乗り込むと、中は電車のボックス席のように向かい合わせで長椅子が置かれている。中で立てるぐらいの高さはあるが、狭いのでここで立ちっぱなしはこれはこれで失礼か。
「座ってもよろしいでしょうか?」
「ええ」
女性の許可を得たので、軽く礼をして椅子に座る。座席は綿が入ったふかふかの椅子になっていて、座り心地は中々に良好であった。
「あなたたち、名前は?」
「……アカといいます。こちらがヒイロです」
「アカにヒイロね。わたくしはシルバード・ムスコットの第一夫人、アリアンナ・ムスコットです」
「よろしくお願いします」
「ウイ、挨拶なさい」
「はい、お母様。……ウイユベール・ムスコットよ」
ウイユベール嬢はふんわりと頭を下げた。礼一つとっても気品があり、なるほどこれが貴族というものかと感心する。
「……奥様と、ウイユベール様とお呼びして宜しいですか?」
「ええ、許しましょう。それでは二人とも、護衛をよろしくね」
そういうと夫人は扇子を膝の上に置いて、視線を小窓から外に向ける。馬車はゆっくりと動き出した。
アリアンナ夫人は見たところ三十歳ぐらいだろうか。ただ、ウイユベール嬢の年齢を考えるともう少し上かも知れない。気品が漂う貴族のご婦人、という言葉がぴったりとくる容姿と佇まいである。
ウイユベール嬢はぱっと見で自分達と同じくらい……十七、八歳くらいに見えるが、この世界の若者は日本人より少し大人びて見えるので実際は十五歳前後だと思う。
あまりジロジロと見ても失礼だし、直接聞くわけにもいかないだろう。アカは意識を二人から逸らし、外の様子を窺うことにした。
◇ ◇ ◇
……気まずい。
馬車が出発してから数時間。誰も一言も発することない状況が続く。こちらから話しかけるわけにもなあと思い、黙って小窓から外を見て一応警戒してますよってポーズはとっているが、そんなに異常事態が起こるわけでもないし何より外では月桂樹の四人が護衛についているわけで、何かあってもアカとヒイロの出番はそうそう無いだろう。
道がしっかり舗装されているわけでは無いので、馬車は結構揺れる。長椅子はふかふかなのでお尻に直に衝撃が来るわけでは無いがそれを差し引いても乗り心地は良くないので、暇で眠くなるということがないのは救いであった。
……。
…………。
………………。
「……つっかれたぁー」
「ヒイロ、聞こえるわよ」
夜。初日は街に着かなかったので野宿することとなる。夫人とウイユベール嬢は馬車の中で眠るらしいが、アカとヒイロは一緒に寝るわけにはいかない。ではまた明日と挨拶をして馬車から出たヒイロが思わずこぼした言葉をアカは諌めつつも、心の中では同意した。
「失礼はなかっただろうな」
外を護衛していた月桂樹のリーダー、ウィザスが声を掛けてくる。
「多分、大丈夫だと思います。明日も同乗するように言われたので」
「ふん。何か聞いたか?」
「いいえ、自己紹介した以外はほとんどずっと無言でした」
「じゃあ伯爵が同行して居ない理由も聞いてないんだな」
「聞いて無いですけど」
そもそも会話がほぼゼロだったのだからそれどころでもないけれど。ヒイロが馬車から降りて開口一番疲労を口にしたのはあの空気で数時間缶づめだった事で精神がすり減ったからである。
「外の護衛をやっていないんだから、最低限の情報収集程度はやって欲しいんだがな」
「依頼は奥様とお嬢様を王都へ送ることですよね。あちらが話さないことをこちらから聞くのは機嫌を損なうのでは?」
「それを上手く聞き出すのが仕事だろう。お前たちはろくに護衛もしていないんだからな」
別に好きで馬車に乗っているわけではないし、なんなら外で護衛といいつつのんびり歩いている方が何倍も楽である。
「とにかく楽をしている以上、しっかりと仕事をしろ。そして情報共有も忘れるな」
「……ちなみに今日は周囲に問題は無かったんですか?」
「馬車で楽をしていたお前たちには関係無いだろう」
仮に貴族の二人から何か聞いても絶対コイツに伝えるものか。アカとヒイロは固く誓った。
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