第146話 昇格条件
アカとヒイロが滞在しているネクストの街。その冒険者ギルドの一室では、ギルドマスターと数人の職員がテーブルを囲んでいた。
「それで、「気紛れの青」は大丈夫なのか?」
「欠員が一名出たことと、もう一名の怪我があったので数日は休んでいたようですが、今日から簡単な仕事を再開したそうです。以前のペースで依頼をこなしてくれれば貸付金の回収は数年以内に終わる見込みです」
「それは重畳。……ありがちな事故とはいえ、君が目をかけていたパーティの事故は残念だったな」
「そう、ですね。彼らがこのまま育ってくれれば久しぶりに若手のBランク到達もあったでしょうが」
先日、次世代のホープとして目をかけていたパーティが古代遺跡内で遭難するという事故に遭った。救援に向かったパーティの活躍で全滅は免れたものの、キマグレブルーは一人の欠員を出しさらにギルドに多額の借金をする事となった。彼らを担当していた職員は肩を落とす。二人きりになったキマグレブルーが今後どのような活躍を見せてくれるかは分からないが、当初見込んでいた数年以内……つまり十代でのBランク昇格は難しいかもしれない。
この街にもBランク冒険者は何人も居るがいずれもベテランと呼ばれる世代の者である。ギルドとしては若手にももっと向上心を持ってほしいと思っており、その代表としてキマグレブルーには期待をしていたのだが……。
「キマグレブルーがダメだとしてたら、彼女たちはどうだ?」
「彼女?」
「キマグレブルーを救出した二人だよ。あの遺跡を十層まで潜ってきたんだろ? それに他の達成履歴を見る限り実力は十分Bランクに足りると思うが」
「その二人ですが、どこまでがBランクとするには少し事情があってですね……」
職員のひとりがギルドマスターに双焰の事情……Aランク冒険者との合同パーティであり、倒している魔物もどこまでCランクの二人が関与しているか怪しい。他の冒険者達は「Aランクの荷物持ち」と揶揄している。
「なるほど。実際のところはどうなんだ?」
ギルドマスターが職員に訊ねる。
「彼女達の仕事は様々なタイプの魔物を狩ったりボランティア活動に近いようなものも積極的に受注したりと、報酬額よりもギルドのポイントを重視しているのが明らかですね。Bランク昇格を目指しているのは間違い無いでしょう。だからこそ、その実力は本物でしょうね」
「Bランクを目指しているなら、噂通りAランク冒険者の手柄を譲ってもらっているとは考えないのかね?」
「だとしたらあまりに愚策過ぎますよ。誰が見ても明らかにそうだと思うようなやり方でのポイント稼ぎなんてやる意味がありません。最近はそのAランク冒険者も同行しない事が多いようですし、キマグレブルーの救出も二人きりで行ったのは間違いないです」
「なるほどね。昇格までに必要なポイントは?」
「現時点で七割強といったところです」
「フム……だったら少し早いが昇格させても良いんじゃないか?」
ギルドマスターの進言の裏には、ここしばらくこの街からBランク昇格者が出ていないこともある。バカスカと昇格者を出すわけにはいかないが、かといってあまりに長い期間昇格者の出ないギルドは停滞した空気を産む。適度に昇格者が出て欲しいと言うのがギルド側の本音である。それが若いパーティであれば尚更、他の若手に対して良い刺激にもなる。
「しかし、この二人を見て「自分たちも上のランクの手柄で昇格しよう」という者が現れないでしょうか?」
「ああ、なるほど。それが事実では無くても、そう言うやり方で昇格出来るという噂が流れる事を懸念しているわけか」
職員の言葉にギルドマスターは納得、その後少し考えて方針を決定した。
「……では彼女達にはしばらく他のパーティとの合同依頼を中心に受けてもらって、その実力が本物である事を示してもらおう。ある程度声が大きいB、Cランクと仕事をして貰ったら、あとはタイミングを見て昇格。これで決定だ」
こうして、アカとヒイロは本人たちの知らないところで昇格候補となったのであった。
◇ ◇ ◇
先日の「気まぐれの青」の救出からしばらく、アカとヒイロはギルドからそれとなく他のパーティとの合同依頼を斡旋されるようになった。
本音を言えば報酬で揉めたくないし、色々と気を遣いたくないので二人きりで依頼を受けたいのだが、ギルドからの進言を断るのは心象が良くないかなという思いと「もしかしてこれで実績を積めばボチボチBランク昇格かな?」というスケベ心も働いており、結果的に言われるがまま様々なパーティと組んで依頼を受ける機会が増えて居た。
今日もそんな感じで二十代の四人組Cランクパーティと共に依頼をこなし、その報告へとやってきたところである。
「鉄皮狐を二十匹、確かに受領完了しました」
「ふう、やっと終わった」
「もう疲れた! 私、しばらく狐は見たくない!」
「お疲れ。報酬は人数で割っていいんだよな?」
「はい、それでいいですよ。その分多く持って貰いましたし」
鉄皮狐を二十匹は今のアカとヒイロなら戦って苦戦する相手では無い。ただ、鉄皮の名前が示すとおり皮が鉄のように固く、そして重い。一匹あたり百キロぐらいある。それを二十匹ということは合わせて二トンもの重さを持って帰って来たというわけだ。
背中に一匹担いで、片手に一匹ずつ持って、一度に三匹。重さは三百キロ。魔力による身体強化があっても泣きたくなるような重さだった。
ちなみに同行したパーティはちゃっかり荷車を借りて来ていたが、十五匹目を乗せたところで荷馬車がギシギシとイヤな音を立て始めたので前述の通り双焔の分は二人が手で持って運ぶ事になったわけだ。
これは事前の準備をきちんとしていなかったアカとヒイロの全面的な自業自得ではあるが、鉄皮狐三体を担いで運ぶ姿を見せつけることで結果的にその実力を同行者たちに示すことになった。
揉める事もなく報酬を分配し、そのままギルドを出ようとするアカたちを受付嬢が呼び止める。
「アカさん、ヒイロさん。ちょっとよろしいですか?」
「あ、はい。何か不備でもありました?」
「いえ、そうではなくて……。お二人は今回の依頼で依頼達成によるポイントが二つ星への昇格規定分を満たしました」
「あら。もうそんなになるのね」
基本的に双焔は難易度の高い依頼ばかりを受けていたので、通常数年はかかるといわれるBランクへの昇級ポイントを――ギルド側が多少下駄を履かせたとはいえ――貯めることが出来たというわけだ。
「私たち、結構頑張ってるってことだね。じゃあ今日からBランクってことですか?」
「いえ、ポイントは足りてるのですが、いくつか条件を満たしていなくってですね……」
「ああ、そういえば最初に冒険者になった時にポイント以外にも条件があるって聞いたような気がするわね」
「当時はBランクに興味なかったから詳しいことは聞かなかったんだよね」
魔導国家へ行く前に二人をBランクへ上げる必要があるとナナミからは言われている。その真意は未だに教えてもらえていない。曰く、「魔道国家に行く時に教えるよ。先に教えるとアンタたちは抜け道を探しそうだからね」との事である。なので二人はこれまでせっせと依頼をこなして来たのである。
「そのBランクに上がるための条件って何か聞いてもいいですか?」
アカが訊ねると、受付嬢は一枚の依頼票を取り出しつつ答える。
「Bランクへ昇格する条件はいくつかあります。まず依頼をこなしてポイントを貯めること。このポイントは冒険者側には開示されませんが、今回の依頼でお二人は達成したことになります。また他のパーティと組んで合同依頼をこなすこと。これは周りの方々とトラブルを起こさずに依頼達成する能力が備わっているかの確認になりますが、お二人の場合は問題なしと判断しました」
「日頃の努力が実を結んだわけだね」
ヒイロがニヤリと笑う。ギルドからの提案を断らずに受けて来てよかったと思っているのだろう。
「あとひとつ、ギルドからの指名依頼をこなして頂ければ昇格となります」
そういって受付嬢に手渡された依頼票に目を通す。
「お貴族サマの王都までの道中の護衛。二日後に王都に向けて出発するので無事に王都までの送り届けること」
「ふーん。簡単だね」
「確かに道中は盗賊の襲撃でもなければさほど問題はありません。ただ、この依頼の判定は依頼人にしていただく事になるので彼らのお眼鏡にかなう仕事をしなければBランクへの昇格は出来ないことになります」
受付嬢曰く、Bランク以上は貴族からの依頼を受けることが出てくる。そういった時に粗相のない対応ができないものはどれだけ強くてもCランクから上に上がる事はできないらしい。
「じゃあこの依頼、受けようか」
「ええ!? 王都まで遠征になるんだから師匠の了承を得てからの方がいいんじゃないの!?」
さっさと依頼を受けようとするヒイロにアカが待ったをかける。
「でも師匠がBランクを目指せっていってるわけだし、そのための依頼ならダメとは言わないでしょ。それにここで受けなかったら次のチャンスがいつ来るか分からないよ?」
ヒイロの言葉に受付嬢も頷いた。
「そうですね。実はこれ、既に四人組のBランクパーティに打診はしているのであなた方が断ってもギルド側には不利益は無い事になります。貴族からの依頼自体がそう多くないのでこの機会を逃すと次に昇格できるチャンスがいつになるのか分からないという事もあり案内させて頂きました」
「ほらね。じゃあ受けちゃいます。師匠も含めて私達三人でいいですか?」
「それなんですが、Aランクがいらっしゃるとお二人の昇格判定にならないので、お二人で受けて頂きたいのですが……」
「あ、そうなんだ。じゃあ二人で」
「承知しました。それでは明後日の朝、こちらに来ていただければ依頼人の方へのご紹介致しますので」
「了解です。よろしくお願いします」
ヒイロはそのまま躊躇なく手続きを進めてしまった。この辺りの行動力はあるくせに、人見知りが激しいからいざ他のパーティとの顔合わせの時には自分の後ろに引っ込むんだよなぁ。まあそこがヒイロのかわいいところでもあるんだけど。
アカは呆れてるのか惚気ているのか、そんな感想を抱きながらヒイロを見守るのであった。
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