第143話 古代遺跡の奥にあったもの
「そういえばシタタカさんは? 無事かしら?」
幽霊に憑依され生ける屍になった者は、聖水を飲ませる事でヒトに戻す事ができる。だがリビングデッドはその名の通り屍である。その身体は生きようとする事を止めて死に向かう。しばらくその状態が続けば臓腑は腐り生きたまま死体となるのである。
幽霊を身体から追い出せば肉体は再び生命活動を開始するが、臓器が腐っていたら当然蘇生は出来ない。タイムリミットは分かっていないため、この場でシタタカが助かるかどうかは彼がどのぐらいの時間取り憑かれていたか、またそれによって臓器がどの程度傷付いているか次第である。
「シタタカさん! 大丈夫ですか!?」
アカは声を掛けてシタタカの肩を叩く。するとシタタカの身体はビクンと跳ねた。
「ゴホッ! ゲホッ! ……ガハッ!」
激しく咳き込むシタタカであったが、何度か苦しげに息を吐くとゆっくりと顔を上げた。
「こ、ここは……?」
「シタタカさん!」
「良かった、無事だった!」
奇跡の復活を遂げたシタタカに、アカとヒイロはほっと胸を撫で下ろす。
「お前達は……?」
「私達、ノシキさんに頼まれてシタタカさんとセイカさんの捜索に来たんですよ」
「捜索……?」
「二人が遺跡で行方不明になったって事で救援の依頼が出されたんですよ。セイカさんは一緒じゃなかったんですか?」
「遺跡……セイカ……、そうだっ! セイカっ! ゴホッ!」
これまでを思い出したのか、シタタカはにハッとして立ち上がった。その拍子にまた大きく咳き込んだ。
「む、無理しないで下さい」
「…………」
「シタタカさん?」
「……ああ、すまない。セイカは、おそらくこの先の部屋に閉じ込められてしまっている。すぐに助けないと……ゴホッ」
シタタカは通路の先を指差した。それに従って少し進むと、重い鉄の扉で塞がれた部屋に辿り着く。
「これ、開けられないんですか?」
「俺と、セイカで押したが、ビクともしなかったんだ……」
「セイカさんはこの向こうに?」
「その筈だ。……セイカっ! 無事かっ!? ゴホッゴホッ!」
扉の向こうに大きく声をかけると、向こうから反応があった。
― シタタカ!? 無事だったの!?
「ああ、助けが来たんだ……、もう安心だ!」
― 助け? ああ、気を付けて! 幽霊がそっちに!
セイカの警告の直後、幽霊が数体扉をすり抜けて現れた。
「邪魔っ」
アカは今度こそ炎を放ち、幽霊達を一同に祓う。
「ターンアンデッドか……?」
「ただの発火です」
簡潔に答えると、アカはそのまま鉄の扉に手をかける。身体強化をしてこじ開けようとするが扉はなかなか動かない。
「……でも、いけそうな気配はあるわね。ヒイロ、手伝って」
「了解」
「いくわよ、せー……のっ!」
二人がかりで扉を思い切り押し広げる。ズッ……ズッ……と鈍い音を立てて、少しずつ扉は開いていく。
「もうちょっと! せーのっ!」
精一杯の力を込めて扉を押して、ようやく人が通れるぐらいの隙間を開く事が出来た。そのまま一気に最後まで開き切る。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「重たいっていうか、なんかつっかえてる感じだったね。一度動いたら勢いで開いたし」
「正直鉄なら溶かしたほうが楽かもってちょっと思った」
「あ、私も」
鉄を溶かした経験が無いのであくまで最後の手段としてよぎった程度ではあったけれど。
「セイカっ! 大丈夫か!?」
シタタカが開いた扉から部屋に入り、奥に座っていたセイカに駆け寄る。
「シタタカっ! 良かった、無事だったのね!」
「ああ、セイカも無事で良かった! ……ゴホッ、立てるか?」
「ご、ごめん。ちょっと腰が抜けちゃってるの。最後の聖水の効果がもう切れる寸前で、幽霊達が目の前まで迫ってて……もうダメかと思ってたんだもの!」
泣きそうな顔で、シタタカに抱きつくセイカ。シタタカはよしよし、とセイカを優しく抱き止めた。そんな様子を見てアカとヒイロはうんうんと頷いた。
「二人とも無事で良かったわ」
「だね。あとは戻るだけだ」
まだ無事を無事を喜び合っている二人を邪魔しては悪いと、少し様子を見ることにアカとヒイロ。ついでにこの部屋の様子を観察する。天井に一メートル四方ぐらいの穴が空いている。
「あの穴から落ちてきたのかしら」
二層からここまでノンストップで落ちてきたとしたら、高低差は五〜六十メートルはあるか? 各層の天井高や、層を降りる時の階段の長さを考えると百メートル近くあるかもしれない。それを思うと、セイカとシタタカに目立った怪我が無いのはかなりの幸運だ。ノシキによると落とし穴というよりは坂のようだったという事だから、長い長い滑り台になっているのかもしれない。
だとしたら、二層からこんなところまで直通の滑り台って一体何のために……?
穴を見上げながら思案するアカをヒイロが呼ぶ。
「あ、アカっ! ちょっとこっちに来て!」
「ヒイロ?」
呼ばれた通りにヒイロの方へ行く。ヒイロはセイカが寄りかかっていた壁の側に立っていた。
「これ、見て」
ヒイロに促され、壁を見たアカは息を呑む。
「これって……コンピュータ?」
「それに似たものっぽい、よね……?」
壁一面にあるそれは、SFでよく見る巨大なコンピュータのようなものを想起させた。腰の高さほどのところに台のような段差が出来ていてそこには多くのボタンのようなものが配置されている。アカとヒイロが知るキーボードよりはボタンの数は少ないが、テレビのリモコンの数倍は数がありそうだ。顔を上げると壁面はツルツルに磨かれていて、まるでテレビやモニターと言ったものになりそうな様子である。
「押してみていいかな?」
「絶対やめて」
ボタンのひとつに指を伸ばすヒイロをアカが制止する。ここがこの遺跡を管理するコントロールルームのような役割で、うっかりボタンを触ったことで脱出が困難になる……なんて可能性もないわけではないのだから。もちろん、何も起こらない可能性も十分あるけれど。
「どう転んでも押すメリットは無いってことか」
「そういうこと。……それにしても、この世界にもこういうのあるんだね」
「魔法が発達してる世界だから機械はあんまり無いイメージだったよね」
「ええ。魔道具とかもわりと原始的な道具に魔力で機能を追加してるだけって感じだし」
手元の明かりを弄ぶ。これも松明のように棒の先にほんのりと光る石が付いているだけの単純なもので、コンピュータの様な複雑なものとは結び付かない。
「ああ、でも落ち人が私達の世界の文明を持ち込むって事はあり得るのか。現に私達もスマホを持ってこの世界に来てるんだから」
「電池が切れてたらただの綺麗な板だけどね。それに、仮にあれを分解してみたとして中を理解できるかしら」
「ノートパソコンとかなら?」
アカは頭を捻る。パソコンを分解してそこからコンピュータを作る……難しい気がするけどな。
と、そこで根本的な誤りに気付く。
「ヒイロ、ここって古代遺跡……何百年かは分からないけど大昔に作られたって言ってたじゃ無い。私たちの世界でパソコンやスマホが作られたのなんて精々ここ数十年でしょ? それの模倣はあり得ないんじゃ無いかしら」
「そういえばそうだったね。だとするとこの世界独自の文明ってことかなぁ……」
自分たちが知らないだけでこの世界にもコンピュータの様なものはあって、うまいこと魔法と共存しているのか? そういう事もあり得るか……。
ヒイロはとりあえず目の前のコンピュータについての考察を保留する。この場で色々と考えても埒があかないからだ。アカも同じ結論に至った様で、肩を軽くすくめて小首をかしげた。
「まあこれの調査はギルドに丸投げって事で」
「賛成。私達はこんなのがあったよって報告だけすればいいね」
そろそろ帰路に着こうか、そう思って救出対象の二人の様子を確認しようとしたその時だった。
「ちょっとシタタカっ!? ちょっと、変な冗談はやめて!」
セイカの声が部屋に響いた。
「セイカさん?」
びっくりしてセイカに駆け寄る。
「ねぇ、シタタカ! しっかりしてよ!」
そこには横たわるシタタカと、そんな彼に縋り付いて必死に声をかけるセイカの姿があった。
「シタタカっ! シタタカァっ!!」
シタタカをゆさゆさと揺するセイカ。シタタカはヒューヒューと苦しそうに息をしたかと思えば、ゴフッ! と咳き込む。そして、その拍子に彼の口からドス黒い血が吐き出された。気が付けば彼の血は床に大きな水溜まりを作っており、既に今吐いた血の何倍もの量が喪われていた。
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