第141話 幽霊と焔
遺跡の二層、一層から降りてきてすぐの横道。
「ここに二人が落ちたっていう坂があったはずなんだけど……」
アカとヒイロはあっという間に一層を通過して、ノシキから効いた落とし穴――厳密には坂――のあった横道にたどり着いていた。
だがそこには穴や坂はなく、それどころか横道すらなくなって周りの壁と一体化していた。
ノシキの証言とギルドから借りた地図がなければここに横道があったことすら気づけ無いだろう。
「どうする?」
「とりあえず叩いてみようか」
言うが早いか、ヒイロはメイスを全力で壁に叩き付ける。ゴスっと鈍い音が響くが、壁は表面がほんの少し崩れたくらいだ。
「壊せないことはなさそうだけど、時間がかかっちゃいそうね」
「それにこの壁を壊したところで二人のところに行ける保証も無いよね。時間をかけて壁に穴を開けて、今度は落とし穴も埋まってるかもしれないし」
「二人の後を追うルートは諦めたほうが良さそうか」
アカの決定にヒイロも頷いた。もともと二人が落ちた穴を降りるべきかどうかは判断に悩んでいたことでもある。救出する二人が怪我をしていた場合には初見の道を手探りで帰ってこなければならない。それよりは道中の露払いをしつつ進み帰りの安全をある程度確保した上で進んだ方が良いのではないかという案もあったからだ。だから落とし穴自体が塞がっていると言うのは取るべき道が強制的に決まったと言う意味で都合が良かったとも言える。
「じゃあ行こう!」
「了解、暗いから気を付けてね」
転ばないように明かりを照らしつつ、二人は下層へ向けて走り出した。
……。
…………。
………………。
あっという間に四層。ここから幽霊が出てくるということで、アカとヒイロは一度足を止める。
「とりあえず実物を見てみたいわね」
「実体のない魔物なのに実物とは……哲学だね」
「そういうのは屁理屈って言うのよ」
「違いない」
ヒイロのジョークにツッコミつつ、アカは地図に目を落とす。四層まではギルドがかなり詳細な地図を作っているため駆け抜けることができる。
「この層にいると思う?」
「もうちょっと下だと思うよ。二人が落ちたあと、ノシキさんが声を掛けたけど返って来なかったって言ってたじゃん? 一層か二層分なら縦の距離はそこまでじゃないから少なくとも五層よりは下じゃないかなぁ」
「同感。あと、二層と三層、四層の地図を重ねると、二人が落ちた場所からここってかなり離れてるのよね」
アカは層を跨ぐ階段部分が繋がるように三枚の地図を重ねて見せる。すると二層と四層はその場所が大きくズレていて、落とし穴で落ちた先がこの層だとは考えづらいのだ。
「こうして重ねてみると、各層のメインストリートは弧を描くように曲がってるんだね。一層で大体九十度カーブして次の層に行く感じなんだ」
「縮尺も結構正確らしいから、四層でぐるっと一周するような感じになってるみたいね。だから五層は一層の真下にあって、六層は二層の真下って感じなのかしら」
「五層から構造自体が大きく変わる可能性もあるけど、とりあえず四層は駆け抜けて良さそうってことかな?」
「ええ。私はそう思う」
「じゃあ、とりあえず幽霊に注意しつつ次の層へ向かおうか」
アカは頷いて地図をしまう。一応横道があるたびに「セイカさん! シタタカさん! いますか!?」と呼びかけて返事を待ってはみるが、案の定四層では返事は来ない。
そんな風に進むうちに、ついに一体の幽霊が二人の前に姿を現した。
「ヒイロ、前!」
「うわ、びっくりした」
急に現れた幽霊にヒイロは一歩後ずさる。聖水は飲んでいるので今の二人が取り憑かれる事は無いはずだが、それでも半透明のヒトガタが音もなく目の前に現れるのは心臓に悪い。
「これが幽霊ね」
「なんか想像しているよりグロくはなかったかな」
人型の、比較的陰影のはっきりした白いモヤというかシルエットがスーッと動く様はアカとヒイロが想像していた幽霊よりは怖くはなかった。アカは日本の幽霊……白い着物を着た髪の長い女性像を想像していたので、まあ白い人型となると想像より解像度が低いなあぐらいだったが、ヒイロに至ってはハリウッドホラーのゾンビやらゴーストみたいなものを勝手に想像していたので拍子抜けですらある。
「とはいえ聖水がなければ取り憑かれちゃうんだから恐ろしいことは間違いないよね」
「そうね。じゃあ試してみましょうか」
そういうとアカは幽霊に向かって手を翳し、炎を放った。
ボウッと打ち出された炎は一瞬で幽霊を包む。二人の前にいた幽霊は、そのまま炎と共に掻き消えた。
「……これで倒せたのかしら?」
「うーん、魔物と違って何も残らないから分かりづらいね」
手応えが無さすぎるようにも思ったが、とりあえず幽霊は居なくなったので倒したと判断して良いだろうか。
「次はヒイロがやってみる?」
「まあ今のを見た限り、私がやっても同じになりそうだけど……」
ほどなくして現れた次の幽霊にヒイロは炎を放つ。先程と同様、炎に包まれた幽霊は一瞬で蒸発したかのように消え去った。
「手応えは?」
「無いね。炎を手元で出してそのまま消したのと同じ感じ」
そう言ってヒイロは手の上で炎を出してみせた。
「ターンアンデッド以上に炎に弱いって言うのは師匠が言った通りだったってことでいいかしら」
「現に消滅したしなぁ。死角から逃げたとかも無いよね?」
ヒイロが念のためアカに確認したが、アカはふるふると首を振った。
「じゃあやっぱり幽霊はすこぶる炎に弱いということで、一応は良いんじゃないかな」
「ということは聖水の効果が切れたら炎を纏って歩けば、最悪憑依されることは無いってわけね」
「服は燃えちゃうけど、魔力がある限り死ぬことは無いって事だね」
アカとヒイロにここまで余裕があった理由が、先日この遺跡でマッピングのやり方をロックから教わったことを伝えた際のナナミの言葉であった。
……。
…………。
………………。
「それだけうまく地図が作れるなら、アンタたちなら未踏の五層以降の地図を作ってギルドに納めるって手もあるね」
「四層以降は幽霊がわんさか出るって事らしいですけど、師匠はターンアンデッドは覚えてないって言ってましたよね?」
「そうさ、幽霊はアンタたちが倒すんだよ。あれは聖なる力にめっぽう弱いけど、炎っていうのは元々それ自体に強い浄化の力が宿っているんだよ」
「え、そうなんですか?」
「なんだい。アンタたち、日本人なのにそういう事は知らないのかい?」
アカは苦笑いして隣のヒイロを見た。
「ゲームとかではゾンビとか相手に火属性が良く効くけど、あれって死体がよく見えるからだと思ってた」
ヒイロの言葉にナナミはやれやれと首を振った。
「そのゲームについてはアタシは分からないけどね。厄除けで護摩の火を焚いたりとか、そういうのは見たことないかい?」
「ああ、言われてみれば……」
「アカ、護摩って何?」
「私も詳しく無いけど、例えば初詣とかで神社に行くと裏で焚き火をしてたりった見たこと無い?」
「あ、あるある。古いお守り燃やしてるのかなって」
「そうそう。あれはそうやって古い札やお守りが溜め込んだ不浄なものを火で清めてるんだよ。なんだ、二人とも知ってるんじゃないか」
「いやあ、そういうのが炎イコール浄化に結びつかなかったというか……」
ナナミは呆れたように肩をすくめた。
「まあ平和な世界にいるとそんなもんかもね。話は逸れたけど、つまりアンタたちならおそらくそこらの幽霊に苦戦することは無いだろうね」
……。
…………。
………………。
とはいえ、こうして実際に幽霊に炎を当ててみるまでは本当に倒せるのかという不安もあった。こうして実際に祓う事が出来てとりあえずひと安心、アカはよしと頷くと改めて奥に向かって歩を進めた。
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