第139話 再び遺跡へ
手続きを済ませてギルドを出たアカとヒイロは聖水を調達するために雑貨屋へ向かった。聖水は幽霊種に直接振りかけることで祓ったり、自身にかけて幽霊種への耐性を高めたりできる。さすがにこれを持たずに向かうわけにはいかない。
「……聖水の在庫はそこにあるだけだ」
無愛想な雑貨屋のオヤジが顎で指した棚には聖水の入った小瓶が三つ、並んでいる。
「少ないね」
「そもそも需要がほとんど無いからあまり仕入れていないからな。あとはそこのニイちゃん達がこの間いくつか買って行ったってのもある」
そう言ってノシキを見るオヤジ。ノシキは仲間達が心配だと言って二人に無理やり同行している。正直居なくていいのだけれど、ただギルドでじっと待ち続ける事も出来ない気持ちも分かるので勝手についてくるなら好きにすればいいという感じで消極的に同行を許可している。
「聖水、持ってるんですか?」
「お守りとして一人二つほど持ってただけだ。俺の手持ちはさっき落とし穴に落として二人に渡しているから、今は手持ちは無いな」
「なるほど、じゃあセイカさん達はそれぞれ三つずつ聖水を持っているって事ですか。……あ、それ買います」
アカは店主から聖水を購入する。ひとつあたり銀貨五枚。なるほど、十個も二十個も持ち込もうとしたらあっという間に金貨が飛んでいく。まあ今回はそもそも在庫がなかったわけだが。
「……たった三つで足りるのか?」
「次にいつ仕入れるかも分からないものを待ってられませんからね。それにこれは保険なので」
「保険?」
アカの言葉に首を捻るノシキ。アカは無視して街の外れに向かう。
「ま、待て。武器にエンチャントはかけて貰わないのか?」
「それが出来る人がいない可能性の方が高いって言ってたじゃないですか。だったらさっさと遺跡に向かった方がいいですよ」
「だが、聖水も三つしかない以上は武器にターンアンデッドが掛かっていなければ幽霊と戦えないじゃないか」
「戦うつもりなんてないですよ。目的はセイカさんとシタタカさんの救出なんですから、全力で駆け抜けて合流したらダッシュで戻ればいいんです。運が良ければ聖水三つで足りるでしょ」
街を出たアカとヒイロは魔力で身体強化をして遺跡へ駆ける。ノシキも慌てて追いかけるが、あっという間に離される。
「な、なんて速さだ……」
それでも仲間のために置いていかれるわけにはいかないと、ノシキも全力で走って遺跡に向かった。
ようやく遺跡についた時には体力はほとんど尽きてヘロヘロであった。とっくに到着していたアカとヒイロは涼しい顔で遺跡の入り口となる祭壇に座っていた。
「はぁ、はぁ……。すまない、待たせたな」
少し休ませて欲しいところだが、そうも言っていられない。必死で息を整えつつ遺跡に入ろうとするノシキであったが、そんな彼にアカは非情な宣告をする。
「……やっぱりノシキさんはここで待っていてください」
「なっ!?」
「さっき言いましたよね、全力で駆け抜けて救出に向かうって。ここまで走ってきたのって私とヒイロからすれば全然全力じゃなくて、軽いジョギングくらいの感覚だったんですよ。幽霊が出る層に着いたらそれこそ全力で走ります。それについて来られないなら、正直迷惑なので」
「……っ!」
面と向かって力不足を指摘されたノシキは言葉に詰まる。そんな事はない、足手纏いにはならない。言いたいが言葉が口から出て来ない。それはまさに今、目の前の二人にハッキリと現実として突きつけられてしまったから。
「い、いざとなれば、君たちを庇う盾にだって……」
ようやく口をついたのは情けない自己犠牲の言葉。たとえ自分の身を犠牲にしてでも仲間を救いたいという覚悟の表明であったけれど、アカは呆れたようにため息をついた。
「正直、そういうのが一番困ります。いざという時に自分で助かる意志のない足手纏いを連れて行って、無事に帰って来れる確率が下がる事はあっても上がる事は無いですよね」
「うう……」
正論に今度こそ何も言い返せない。
「私達を信じて、ここで待っていてください。必ず助けてきますから」
アカはそう言うと、既に遺跡の入口を開けて中に入っているヒイロを追いかけていった。
◇ ◇ ◇
「お、無事に説得できたんだね」
「納得はしていない様子だったけどね」
「それは仕方ないよ。ただ待つだけっていうのも辛いでしょうし」
「彼がついてくるって言い出したときはどうしたものかと思ったけど、ヒイロの案は効果抜群だったわね」
ノシキがナナミほどの強さであればアカとヒイロも歓迎するが、あの程度の実力ではいるだけ邪魔でしか無いというのは紛れもない事実だ。しかし本人は仲間を助けるために同行するつもり満々で、来るなと言って強引に突き放しても勝手についてきそうだった。そうであれば如何に自分が無力なのか身を以てわかってもらうべきというヒイロの案で、遺跡までの道中でこれでもかと実力差を示したのであった。
「ふふ、ナイスアイデアだったでしょ」
「アイデアはいいんだけど、嫌な役回りをさり気なく私に押し付けてるからなぁ」
「そ、それは適材適所ってやつで……」
「まあ彼に嫌われたところで別に構わないけどね」
ヒイロも見知った相手には遠慮なく何でも言うタイプだが、人見知り度はアカの何倍も上だ。もう何年も一緒にいるのでそういう子だと理解しているから今更気にならないし、本人にも罪悪感があるのかこういうことがあったあとは普段より少ししおらしくなる。そんなところもカワイイしヒイロの魅力のひとつでもあるので、差し引きで得をしているのかもしれないな。そんな風に考えながら、アカは遺跡を下層に向けて駆け出した。
「アカ、怒ってる?」
ヒイロはアカと同じ速さで走りながらも、やや遠慮がちに訊ねる。
「別に怒ってないよ」
「本当?」
「うん。それより急ごう。できれば手遅れになる前に助けたい」
「……そうだね。生ける屍になっちゃったら助からないんだっけ?」
「なってすぐなら聖水を飲ませれば助かることもあるらしいけど、数時間もすれば内臓が腐り始めるからそうなったら身体から幽霊を追い出しても助からないって感じらしいわね」
「ひえっ……私、聖水一つ飲んでおこうかな」
「鐘一つくらいしか予防効果がないらしいから、幽霊が出る四層についたら飲みましょう」
幽霊種は生きた人間に憑依し、身体を乗っ取ろうとする。乗っ取られた人間はリビングデッドとなりその末路はたった今アカが語った通りだ。聖水には幽霊に振りかけて祓う以外にも予め飲んでおいてこの憑依を防いだり、乗っ取られたものに無理やり飲ませて身体から幽霊を追い出すという使い方がある。
セイカとシタタカは聖水を三つずつ持っていると言っていた。下手に振りかけたりせずに、憑依予防としての使い方をしていたなら時間的にはまだしばらくは大丈夫のはずだ。
だがパニックになって聖水を無駄遣いしてしまっていた場合は……。
とにかく今は二人の無事を祈って走るしかなかった。
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