第129話 訓練の成果
アカとヒイロが、ナナミと共に「双焔」としての活動を始めてからしばらくが経った。
まだDランクだったアカとヒイロの実績を積むために当面は街のお掃除や道具屋の看板修理などと言ったボランティアに近い依頼を多めに受けた。Cランクになるならその方が手っ取り早いことと、半日程度で終わる依頼であれば残った時間を訓練に充てることができるからである。
ナナミから身体や魔力の動かし方といった部分を習いつつ組み手のような形で戦い方も叩き込まれるアカとヒイロ。
― ゴスッ!
「はぅっ!」
― バキッ!
「いたあぁっ!」
容赦ない師匠の実力に二人はしっかりと打ちのめされる。
「まだまだだね」
「師匠、強すぎる……」
「うぅ……私達の方が若いのに」
ヒイロがさり気なく失礼なセリフを吐くが、ナナミは気にせず笑う。
「伊達に歳はとってないからね。魔力の扱いならまだまだアンタたちにも遅れは取らないよ」
極まった身体強化の凄さをその身に叩き込まれるアカとヒイロであった。ヒイロ相手の方がちょっとだけスパルタ気味だったのは、気のせいではないと思う。
◇ ◇ ◇
そんな修行と依頼の日々を過ごして二人は無事にCランクへ昇格した。ちなみにCランクまでは真面目に仕事をしていれば誰でも到達できるのだが不真面目な冒険者の中には一定数、ここまでこれないものも存在する。
訓練で戦い方を覚えたということで今日はその実践編、大角虎へのリベンジということで再び彼らの縄張りを訪れた一行。森を進み、首尾よく二十頭ほどの大角虎の群れを見つけるたらあとは事前の打ち合わせ通りだ。
「はあっ!」
「せいっ!」
アカとヒイロは群れの端に居た一頭に奇襲を仕掛ける。ぎゃふん! という声をあげて最初の一頭はノックアウト、それと同時に残りの虎たちが一斉に臨戦態勢に入った。
「アカ、いくよっ!」
「強化率五割、強化率五割……」
ブツブツと呟くアカを見て、ヒイロはふふッと笑ってしまう。集中はしているから大丈夫だろう、ヒイロも改めて武器を構え直し、虎たちからの攻撃に備える。
……。
…………。
………………。
「たぁ!」
ぎゃふん!
虎の攻撃にメイスを叩きつける。攻撃の瞬間に腕の強化を全開にする。虎が大きくダメージを受けその場でたたらを踏んだら、逆の手に溜めていた魔力を解き放って炎を打ち出した。
ぎゃぁぁぁっ!
同じパターンで三頭目である。虎たちだって仲間が殴られたあとに炎を喰らっているのは分かっており、警戒はしている。にも関わらず吸い寄せられるようにメイスを喰らい、炎でトドメを刺されてしまう。
群れのおよそ三分の一、七頭目がやられたところで虎たちは撤退を選択した。ボス格の虎が大きく遠吠えを上げると他の虎たちは、ある者はホッとしたように、ある者は悔しそうにといった様子で徐々に森の奥に逃げていった。
――戦闘を開始して、ものの数分での出来事であった。
……。
…………。
………………。
「ふぅ……緊張した」
「お疲れさま」
「ヒイロも怪我はない?」
「おかげさまで」
んっ! と両手を広げるヒイロ。アカは怪我がないかを手早く確認した。うん、怪我どころか防具にも傷はなさそうだし、きちんと戦えていたんだろう。
「お互いに怪我は無し、と。じゃあ師匠に報告しようか」
「アカ。せっかく私がこんなポーズしてるんだけど?」
「抱きつかないからね」
ヒイロは不満そうに唇を突き出した。先日、こっそりのつもりで身体を重ねていたのがナナミにバレてしまっていたこともあり、その流れで二人の関係性はナナミにも伝えてある。「アタシが日本にいた頃は女同士ってのはそうそう聞かなかなったモンだけど、時代は変わったんだねぇ」と言われて、苦笑いしかできなかった。
「ヒイロさんはちょっと節操ないからね」
「アカさんだってノリノリになるじゃないですか」
「それはヒイロがっ……」
「ほれほれ、夫婦喧嘩してるんじゃないよ。虎は逃げていったとはいえ、他の魔物が襲ってくる可能性だってあるんだよ」
遠くから様子を見ていたナナミが笑って声をかける。アカとヒイロははっと警戒して周囲を見回したが、とりあえず他の魔物の気配はなさそうだ。
「……師匠」
「居ないなら居ないで良いじゃないか。大事なのは一定の緊張感を持ち続ける事だ。……さて」
ナナミは二人が倒した大角虎をひーふーみーと数えていく。
「この短時間で七頭。まあギリギリ及第点ってところかねえ」
「採点、厳しいなあ」
「このぐらいならできて当然って弟子を信じてるんだよ。だからこそ、この倍は倒してアタシを驚かせて欲しかったけどねぇ」
笑いながら、状態の良さそうな三体分の死体を選り分けるとさっさと血抜きをする。
倍倒したところで持ち帰れるのは一人一体の三体分だしなぁ。ヒイロは名残惜しそうに持ちきれない虎を見る。先日まで金欠でピーピー言っていた身としてはこれで金貨三枚稼げることよりも、金貨四枚を捨てていく事が辛い。
ズリズリと虎を運びながら反省会である。
「ヒイロはまだムラが大きいね。アタシは全力の大体半分くらいの強化で戦えって指示したんだよ? どのくらいブレてるか自覚はあるだろうね」
「う……プラマイ二割強ってところでしょうか」
「その振れ幅が逆に相手からすればやりづらいってこともあるだろうけど、修行として戦うならブレは今の半分以下に抑えな」
「精進します……」
「逆にアカはガッチガチに半分に抑えてたけど、そっちに意識がいき過ぎて周囲への警戒が疎かになることがある」
「はい……」
「アンタは逆に多少ブレてもいいからもっと自然に強化を抑えられるといいんだけどね」
全く、いいコンビだよ。ナナミは俯くアカとイマイチ反省が顔に出ないヒイロを見て思った。
◇ ◇ ◇
街に戻った三人は大角虎をギルドに運ぶ。
ちなみにこの大角虎だが、ネクストの街で受けられる依頼の中ではぶっちぎりで実入りがいい。とはいえ、大角虎は基本的に群れで行動する。何十頭もの虎を同時に相手にしなければならないので街で上位クラスの冒険者であってもひとつのパーティではとても討伐する事ができず、十以上のパーティが集まってようやくある程度安全に狩れるという相手である。そうなると戦い方や報酬配分などで揉めやすくなるので結果的に誰も受けたがらない討伐依頼となってるのが現状である。
そんな珍しい獲物を短い期間で二度も持ち込んだ双焔は、ギルドの中で一躍有名パーティに躍り出た。
多くの者はAランク冒険者であるナナミが身内であるアカとヒイロに手柄を譲るためにパーティを組み、荷物持ちをさせるだけで実績と報酬を与えようとしているのだと思った。
しかしナナミのAランク冒険者としての実績を知るものはこうも考える。果たしてナナミほどの冒険者が、身内相手とはいえこんな若手を甘やかすようなことをするだろうか? だとすれば、若い二人の冒険者はただの荷物持ちではなくナナミと共に大角虎を狩れる実力者の可能性もあるのでは?
様々な思惑を含んだ視線に居心地の悪さを感じながらも報酬を受け取った双焔のメンバーは、ギルドをあとにした。
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