第122話 A級冒険者への弟子入り
「あっはっはっ! アンタ面白い子だね!」
ヒイロの勧誘にナナミは腹を抱えて大笑いした。
「でもいいのかい、こんな年寄り、足手纏いになるかもしれないよ?」
「いやいや。さっきから年寄りぶってますけどナナミさん、まだまだお若いし十分強いですよね? あれの名に恥じない程度には」
そう言ってヒイロが指差したのは、部屋の隅のテーブルの上に無造作に置かれていた冒険者カードであった。
○冒険者証
ツートン王国冒険者ギルド
王都本部 ナンバー 5617
ナナミ ミツウラ
☆☆☆
「三つ星っ!?(※)」
(※第3章 第30話)
「すみません、なんか自然と目に入っちゃって。ランクの高さイコール強さではないらしいですけど、それでもAランクってことは相応の強さはあるはずで、少なくとも私たちよりはずっと強いはずです。しかもあれ、別にメダルみたいに飾ってあるわけじゃなくて無造作に置いてあるってことは、普段から使ってるってことですよね? つまりナナミさんは現役のAランク冒険者という凄い人なわけです!」
一気に捲し立てるとドヤっと得意げな顔をするヒイロ。
「よく気付いたね、合格だ」
ナナミは冒険者カードを手に取ると通したチェーンを首にかける。
「わざとそこに置いておいたんですか?」
「アカは気付かなかったみたいだけど、ヒイロには最低限の洞察力はあるみたいだね」
ナナミは二人を交互に見る。アカはなんだか恥ずかしくなって小さくなった。だって人様の家の中をジロジロと見回すなんて、はしたないじゃない。
「そう気を落とすんじゃないよ。アカが人を見て、ヒイロが物を見る。いいコンビじゃないか」
「初めから私達がナナミさんを勧誘するかどうか、試してたってことですか?」
「場合によってはそれも吝かじゃないとは思ってたってぐらいだよ。アンタたちがアタシの忠告も聞かずにそれでも我を通すからそれはそれで仕方ないと思ってたし、当面の金だけ貸して欲しいって言うならそうするつもりだった。話の流れ次第では言葉を教えることに了承したかもしれない」
「でも私達の話で日本に帰ることに興味を持ったってことですか?」
「……もう一度だけ、挑戦しようかと思っただけさ」
「それって、つまり」
「まあ年寄りの昔話はおいおいだね」
含みを持たせたナナミの言葉であったが、詳しく訊く前に話を遮られてしまった。
「だからお年寄りじゃないでしょう?」
「そりゃその辺で腰を曲げてる老人に負けてるつもりは無いが、それでも全盛期からすれば悲しいほどに衰えているんだよ。これだって降格と言われていないだけさ」
冒険者カードをヒラヒラと振ってみせる。
「さて、アタシはアンタたちにこの国で使われている言葉……魔導語を教える。見返りとして日本に帰る方法を教えてもらうために一緒に魔導国家を目指すってことだね?」
「はい!」
元気よく頷くヒイロだが、ナナミは少し考えて首を振った。
「それだとちょっと了承できないねぇ」
「ええっ!? この流れで!?」
「だって言葉を教えるだけじゃアンタたちは魔導国家の中枢には潜り込めないだろう?」
「まあ、それはおいおい考えるってことで」
「あの国は実はガチガチの権威主義なんだよ。魔導国家を名乗ってるだけあって、貴族の魔法こそ至高と思ってる輩がうじゃうじゃいる……実際、才能の遺伝が積み重なった貴族達は誰も彼もが超一流の魔法使いではあるがね。そんなわけで、一介の冒険者がふらっと行って国の機密に触れられるようなもんじゃない。……まあ冒険者が国の中枢に入り込めないなんてのはどの国もそうなんだが、それでも他の国の場合はSランクになれば王族と繋がれるって道がある(※)」
(※第3章 第30話)
「魔導国家にはそれが無いってことですか?」
「ああ。ただその代わりの抜け道も無くはない」
「抜け道?」
「今のアンタたちじゃそこを通る資格も実力も足りないだろうね。だから魔導国家に着くまでにアタシがしっかり仕込んでやるよ」
鍛える。そう言ってナナミは指をポキポキと鳴らしてみせる。
「それってつまり、ナナミさんが私達の師匠になってくれるって事ですか?」
「そういうことになるかね。まあ戦闘能力は若いアンタたちに敵わないとは思うけど、強さってのは腕っぷしだけじゃ無いからね。アタシはアンタたちに魔導語を教えつつ、最低限抜け道が使えるぐらいに鍛える。アンタたちはその力で日本に帰る方法を見つけてアタシに渡す。この条件を飲めるなら旅に同行してやるけど、どうだい?」
ニヤリと笑うナナミ。アカとヒイロは大きく頷く。
「ぜひ!」
「よろしくお願いします!」
二人はナナミと交互に固く握手した。
「ああ、よろしくね。……はじめて呼ばれたけど師匠ってのはいい響きだね」
ナナミはニヤリと笑った。
……。
…………。
………………。
「ここにある本は大体魔導語、つまりこの国と魔導国家の言葉で書かれている。一部共通語のものもあるけどね」
ナナミは奥の部屋に二人を通した。その一角に本棚があり、本がずらりと並んでいる。五十冊ぐらいはあるだろうか?
「これ、全部ナナミさんの本なんですか?」
「師匠とお呼び。まあそうだね。一部借りたまま返してない本もあるけど、気にしなくていいよ」
そう言ってナナミは奥から一冊の本を取り出す。
「ああ、これだこれ。子供向けに文字を教えるための教本だね」
ほい、とアカに手渡すとそのまま部屋を出ていってしまう。扉に手をかけるとこちらに振り返り告げた。
「アタシは学校の先生じゃないんだ。アンタたちに一からエービーシーを教えるつもりは無い。この部屋は貸してやるし、本は好きに読んでいいからあとは自分たちで覚えるんだね。アタシが家にいる時なら質問には答えてやる」
「わ、分かりました」
「それともう一つ。アタシは今日から|魔導語でしか話さない。そしてアンタたちにも共通語と日本語で話すことを禁じる」
「えっ!?」
「言葉を覚えるならこれが一番手っ取り早いんだよ。二人きりの時に相談するくらいなら日本語を使っていいけど、あまり頼ると魔導語の習得が遅れるよ。じゃあ、アタシは晩御飯の準備をする。出来たら呼ぶからそれまで好きにするといい」
そう言って扉を閉めた。
残されたアカとヒイロは顔を見合わせる。
「どうしようか……?」
「とりあえずコレ、見てみる?」
共通語を禁止されたので、日本語で話す二人。まずは手渡された教本を開いてみる。
「……わからん」
「同感」
教本と言われても、まるで知らない言葉で書かれた本は二人にとって暗号のようなものだった。
「これはいま読んでも仕方ないね。一通り目を通してみようか」
「ああ、もしかしたら共通語と対比できる本が見つかるかもしれないしね」
手分けして端から本を手に取っては中をチェックしていく二人。気づけば本に没頭していた。
「☆…○○○! <…€<…○〆!」
おそらく夕食ができたのだろうが、意味不明な言葉で師匠が呼びにきた。なんと答えれば良いか分からず、とりあえずそれっぽく「ハイ」と答えた二人だが、ナナミはふんと鼻を鳴らしてリビングに戻っていった。
「「ハイ」は全世界共通の挨拶なのかな?」
「どうだろう。とりあえず行こうか」
食卓にはパンとスープが三人分並んでいた。
「☆○○)¥「°」
「シュ、イシル?」
「シュウシル!」
多分いただきますと言っただろうと予想して、見様見真似で言葉を真似てみる。
その後は「ウィウィ!」と言いつつ、手でOKマークを作ってみたりして言葉が通じないなりに――とはいえナナミは日本語が分かるので若干茶番感は拭えないが――コミュニケーションを図った。
なんかこの世界に来た当時のことを思い出すなぁ。あの頃は本気で言葉が通じなかったから、それこそ必死に言葉を覚えて少しずつ話せるようになって……。
よし、とアカは気合を入れる。
もう一回、初心に戻って勉強を頑張ろう!
◇ ◇ ◇
夜。
あいにく客間のような気の利いたものはないので、本棚のある奥の部屋に古い布団を放り込んだら、若い二人は大層感謝していた。
ついさっきまでああだこうだと話し声が聞こえたが、いつの間にか静かになったのでもう眠りについたのだろう。
ナナミはひとりテーブルに座ってチビチビと酒を飲んでいた。普段は晩酌をする習慣のない彼女だが、今日は久しぶりに少しだけ酔いたい気分だったのだ。
「二人で日本に帰る、か」
かつて自分も、同じことを言っていた時期があった。だがあの頃の自分では結局何もできなかったし、力をつけた頃には歳をとってしまい日本に対する執着はほとんど無くなってしまっていた。同じことを言っていた同郷の男が何も為せぬままこの世を去った事で、わずかに残っていた郷愁が諦めに変わって早数十年。
久しぶりに出会った同郷の少女達の目には、まだ熱く燃える想いがあった。
「正直、それでも何かが見つかる可能性が高いとは思えないけど……」
ぐいとコップの中身を飲み干した。
「だけどあんな風に誘われたら、もう一度だけ、足掻いてみたいと思うじゃないか」
数十年ぶりにリベンジといこうか……魔導国家の中枢へ。
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