第120話 ありがたい? お説教
「スマホとインターネットについては満足したよ。どうもありがとう」
「いえ、私たちも細かい仕組みを知ってるわけじゃ無いのでどこかで聞いたことがあるってぐらいの話しか出来ませんでしたので」
「高校生にそこまで専門的な話は期待しちゃいないよ。それでもヒイロは結構詳しかったけど、勉強していたのかい?」
「勉強というほどではないですけど、家に子供向けの本があってそれを読んだことがあったって感じですね」
「なるほどね。そういえばアタシの家にも兄の読む小難しい本があったりしたもんだ」
フムフムと頷くナナミ。
「それにしても携帯電話ってのはすごい技術だね」
「この世界には無いですよね?」
「無いね。電話ですら実用化されてないもんだ。……さて少し脱線したけれど、そろそろアンタたちの話を聞かせておくれよ。二人は同時に穴に落ちたのかい?」
「うーん、穴からというよりバスから落ちたんだけど……ヒイロ、覚えてる?」
「私もバスから落ちた記憶しかないんだよね」
「バスから落ちたら異世界かい? 珍しいパターンだね」
「ナナミさんとは違うなって思ったんですけど、やっぱり珍しいんですかね」
「アタシがこれまで出会った落ち人はみんな、足元に突然穴や亀裂が出来てそこに落ちたって言ってたからね」
「じゃあやっぱりバスの外に穴があったのかな?」
「なかなか楽しい話になりそうじゃないか。とりあえずこの世界には来るところからアタシに出会うまでの話、聞かせてごらんよ」
ナナミはニコニコしながらお茶を啜る。彼女は久しぶりの日本の話にとても上機嫌であった。
アカとヒイロも、まだ彼女のことを完全に信用しきったわけではないが落ち人の先輩であるナナミに話を聞いてもらうことで自分たちがこの世界に来た原因や、あわよくば元の世界に帰る方法のヒントを得られないかと言う期待を込めてこれまでの旅路を振り返りつつ語った。
◇ ◇ ◇
全てを事細かに話したわけではないが、これまでの二年間について話し終わる頃には外はすっかり暗くなっていた。
照明の魔道具で照らされた部屋で、三人は何度目かのおかわりのお茶を飲んでいる。これ本当に美味しい、何杯でも飲めちゃうな。
「……それで、やっとツートン王国に到着して最初の街であるここで盗賊狩りの相談をしているところでアタシと出会ったって事かい」
アカとヒイロが頷くと、ナナミは呆れたように眉を寄せた。
「聞くに徹してたから途中で口は挟まなかったけど……アンタたち、ちょっと無茶しすぎだね」
「結果的にギリギリになってはいるけれど、そんな無茶をしているつもりは無いんですけど……」
「だよね。むしろなるべく危険に近寄らないように安全マージンを多くとってるはずなんだよね」
「アホタレ。結果的に危ない目に遭ってるならそれは自分たちの認識が間違ってるんだよ」
「ぐぅ……」
もっともな指摘に反論できない。
「そもそも年頃の女子が二人きり冒険者をやって旅をする時点でありえないほど危険だよ」
「それはそうですけど……」
「でも、見ず知らずの男の人とパーティを組むのも危険じゃ無いですか?」
「見ず知らずの男ならね。だから冒険者をやってる女ってのは大抵パーティの男と恋人になってるだろ? あれは立派な自衛なんだよ。女だけのパーティが集まってクランを結成している(※)なんてのは例外中の例外だね」
(※第7章)
そういえばヌガーの街に着くまでは自分達以外に女子のみの冒険者パーティって見なかったかもしれない。
「そればかりかゴブリンの巣をつついてみたり、傭兵団に参加したり、挙句ドワーフの問題に自分から首を突っ込んで死にかけたんだろ? 微塵も危機管理がなってないじゃ無いか」
「ぐぅ……」
「で、でも前回ドワーフの坑道で痛い目にあったから、ちょっと自重しようって話はしてたんですよっ」
「その舌の根が乾かないうちに盗賊狩りをしようとしていたわけだ?」
「と、盗賊団は前にも戦ったことがあるから……」
「お黙り! 次に出会う盗賊団がアンタ達より弱い保証なんでないだろう!」
「ひゃ、ひゃいっ」
ドンっと机を叩くナナミ。ヒイロがビビって変な声で頷いた。
「そもそもね、自分を守る力は持つべきだ。だけどそれを外に向け始めたら、それを面白く思わない周りのやつらが叩いてくるって相場が決まっているんだよ。アンタたち、日本が戦争で負けたことは知ってるだろう?」
「あ……」
指摘されてアカは気づく。世界史において日本も外へ外へと向かっていった結果、戦争ではどんどん大きな敵と戦うことになり最後には敗戦した。自分の力を他人に向けるということは、より大きな力が返ってくることになるという教訓を歴史からも学ぶべきなのだ。
「わかったかい? 多少強くたって個の力では強大な集団には絶対に敵わない。魔法なんてモノがあって個が力を持ちやすいこの世界ではそれは特に顕著だよ。だからこそ、力を使うのは自衛に限定するべきなのさ」
「確かにそうですね……」
「でも、街道にいる盗賊相手なら悪いことじゃ無いし、そもそも襲われたら自衛はするよね?」
「それが危ないんだよ。自衛のために盗賊を殺すのと、自分達の目的のために盗賊を殺すのは、結果は一緒だけど意識が正反対だ。特に他害する理由に「盗賊が減れば治安も良くなる」なんて言い訳をしはじめたらおしまいだと思った方がいい」
ギクリとした。ナナミの言葉は、まさにアカとヒイロが盗賊を狩る理由のひとつとして考えていたものだ。
「アンタたちはまだこの世界に来て長く無い上に、旅をしているから一箇所に長く留まっていない。だから善悪の基準が日本に居た時のものだ。確かに旅人を襲う盗賊は碌なもんじゃ無いさ。しかし平民が盗賊に堕ちる理由は大抵が生活苦だ。じゃあそんな平民から高い税を取る領主は悪かい? そんな領主に統治を任せる王は?」
「えっと……それはさすがに直接話を聞いてみないと分からないですよ」
領主だ王だなんて会ったこともなければ見たことすらない。そんな者達の善悪なんて分かるわけがない。ヒイロの答えにナナミは満足気に頷く。
「それは理想的な0点の答えさね。つまりアンタは直接会って事情を聞いたら自分の価値観で判断すると言ったわけだ。だけどこの世界で生きている以上覚えておきな、王族と彼らが任命した領主というのは各国の統治においては絶対的に正しいんだ。たとえそれがどれほどの圧政であってもね。それがこの世界のルールなんだよ」
「それって例えば時代劇に出てくる悪代官みたいな人であっても、ですか?」
「あっはっは! アンタたちの時代になっても時代劇には悪代官は出てくるのかい、傑作だね! 答えはイエスだよ。どれだけ平民に非人道的な負担を強いても、国を支えるためだからね」
「でも、国を支えるのは平民ですよね?」
「ああ。税を納めて国を支えるのが平民の役目さ。それを管理する王や領主が偉いのは当然だな」
「「…………」」
眉を寄せるアカとヒイロ。
「アンタたちの気持ちは分かるし、日本人の倫理観ならそう感じるのも当然だ。しかしこの世界ではこっちが常識的な考え方なんだよ。……昔、不作の年に税が厳しくていくつかの村で餓死者が出た時がある。そんな時に領主に楯突いたバカが居た。アンタたちと同じ落ち人だった男だよ。正義感が強いやつだった」
「その人は……」
「領主に直訴したその場で護衛騎士に殺されたよ。この世界では平民如きが貴族に意見をすることすら死刑に値するんだ」
「ナナミさんは、それでいいんですか?」
「いいも何も、それがこの世界の常識だからね。五十年も居たらすっかり染まっちまったさね」
そういってお茶を啜るナナミからは諦めに近い空気を感じた。
「えーっと、つまりどついうことですか?」
「この世界のルールは日本のそれとは根本から違う。覚えておくべき事として、日本人としての常識を持つアンタたちが正義感を発揮して行動を起こすとそれは「悪」になる可能性があるってことだよ」
「それはまあ、釈然とはしないけど理解はしました」
「だから行動原理にそういった倫理観というか、善悪の判断基準をいれると良かれと行動した結果罪人として裁かれる結果になる。……それが最初に盗賊を殺す理由に治安向上を含めるなっていった理由さ。それ自体は間違っていないだろうさ、だけど一度そういう理由で自発的に人を殺めたら、自分の中の正義のために行動することに躊躇いがなくなる。それが一番危ない」
正義のために行動か……確かにあぶないところだったかも。アカは自分を戒めた。
話が長くなるので一旦このあたりで。
三人の会話になると、どうしても誰のセリフかが分かりにくくなります。特にアカとヒイロのセリフはどちらのものかわかりづらい汗
地の文で「アカが/ヒイロが」と書いていないものについてはどちらと受け取っていただいても問題のない発言かなと思ったので、あえて記載してないです。
一応より常識や目上のものにしっかりとした礼儀を持っている方がアカで、ちょっと崩れがちで変な声を出しがちな方がヒイロです笑
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