第7話 イグニス王国の勇者達
ソウ、カナン、アキラ、エリカの四人は無事に王都に帰ってきた。
「数ヶ月ぶりだな」
「まずは王女に報告ね」
勇者達は一応イグニシア王女の私兵という立ち位置である。この世界を知るため、そして実戦でスキルを使うことに慣れるという理由でイグニス王国内に限りある程度自由旅をすることが許されている。
旅立ちの前にはどこにどのぐらいの期間滞在するのかといった事前申告や帰ってきた際にはその報告が必要だし、あまりに好き勝手した場合は彼らの首輪が仕事をすることになるわけだが。
王城の端にある勇者達に割り当てられた居住区画へ移動して兵士に言伝を頼むと、王女の都合で三日後の昼に報告を兼ねて食事を共にするようにという返事であった。
「それじゃあ三日後に」
「訓練はどうする?」
「ああ、そっか。じゃあ明日の訓練で会おう」
そう言って四人は解散した。
◇ ◇ ◇
「ただいま」
エリカは自分の部屋に戻ってきた。室内に人の気配はない。あれ、おかしいな。この時間ならみんな居ると思ってたんだけど……。同室の女子三人はこれまでずっと引きこもっていた。望まずに異世界に召喚され、もう日本に帰ることが出来ないという現実に向き合うことが出来ず、三人で慰め合っていたのだ。
日々の訓練への参加や騎士団に混じっての実戦など、勇者達を成長させるカリキュラムはいくつかあるが、実は王国側はこれへの参加を強制していない。エリカ達のように外を回る許可を得るためには一応真面目に訓練に参加してやる気を見せる必要があるぐらいで、参加しないことへのペナルティは無いのである。
イグニシア王女がやる気のないものに無理に訓練をさせても意味はないし、そしていざ戦争が始まればそんな者達から捨て駒扱いして戦場に送り込むだけだ公言している事からも、とりあえず戦争が始まるまでの生活は保証されているというわけだ。
つまりずっと引きこもってると数年後に始まる戦争で碌にスキルも使いこなせないまま捨て駒とされるわけなのだが。引きこもっている者達もそれはわかっているものの、どうしても訓練に向かうことが出来ないのであった。明日から、明日から……と言い続けて二年近くが経ってしまっているのである。
そしてスキルを使い続けて分かったのだが、このチートスキルというものは使えば使うほど馴染んでいく。スキルの効果、発動までの早さ、消費する魔力などがどんどん洗練されていくのだ。つまり何もせずに戦場に放り込まれるより、きちんと訓練した方が生き残れる確率は高い。
エリカは度々ルームメイトにそう説明して訓練への参加を促しはしていたが、彼女達はヒステリックに「分かってるわよ!」「放っておいて!」「私はエリカみたいに強くない!」と叫ぶのであった。
エリカだって許されるなら引きこもりたいが、それをしたら先に待つのは絶望である。それに彼女には親友のアカとカナタを探すという目的と責任感があり、それが心の支えとなっている。
エリカには、ルームメイトを引き摺ってでも訓練に連れていくだけの強引さは無く、だからと言って勝手にすれば良いと切り捨てるだけの非情さも無く。ただヤキモキとするだけの日々であった。
さて、そんな引きこもり三人が待っているはずの自室には、しかしだれも居なかった。
「訓練に出てくれるようになったのかな?」
だとしたら喜ばしいことだ。きちんと訓練してチートスキルを使いこなせるようになってくれれば、少なくとも捨て駒とされる未来は逃れられるだろう。
「今回の遠征に出てた期間に何か心境の変化でもあったのかな」
そう呟いて訓練所に向かう。しかしそこにはいつものメンバーしか居なかった。エリカに気付いたクラスメイトがこえをかけてくる。
「那須さん。帰ってきたのね」
「うん、ついさっき。あれ、他の子は?」
「他って……訓練に来てるのはいつものメンバーよ。ここにいるだけ」
大体クラスの三分の一が訓練に参加していて、三分の一がエリカ達のように遠征に出ていて、そして残りの三分の一が引きこもり勢である。
訓練していたクラスメイトによると、エリカ達の遠征の間、特に引きこもり勢が訓練に来たりはしていないとのことだ。
「私のルームメイト達が部屋にいなかったんだけど」
「どこかをほっつき歩いているんじゃないの?」
「そうかなぁ……?」
せっかくなので午後からの訓練に合流したエリカ。スキルは勿論だが、いざという時に最低限戦えるように剣を振ったり盾を構えたりという戦闘術も学んでいく。というかこっちが訓練のメインである。
例えばソウの「光の剣」というスキルは全身と剣に魔力の光を纏い、身体能力と剣による攻撃力が大幅に増加する。だがまともに剣を使えなければただ「ものすごい勢いで剣を振り回すだけ」になってしまうし、実際この世界に来た当初はその通りであった。
エリカのスキルは「金縛り」という対象の動きを数秒間止めるものであるが、相手が敵国の兵士にせよ森の魔獣にせよ、その数秒間でとどめをさせなければ仕方がない。だから無抵抗な相手を数秒で殺すだけの技術は最低限必要だし、戦場に行くのであればより本格的な力が必要となる。
スキルと身体を強化したり、敵に直接ダメージを与えたり、もしくは何かしらの補助が働くようなものであったりとその効果は人それぞれだが、基本となる剣や盾の使い方は最低限必要となる。そこにプラスで各々のスキルを使った戦い方を編み出し、練習して自分のものにしていくのである。
強力なチートスキルを持っていてもずっと引きこもっていては、戦場では役に立たない。エリカはルームメイトに何度もそう伝えてはいるのだが。
◇ ◇ ◇
「ふぅ、さっぱりした」
やはり遠征の疲れが残っていたエリカは、無理せず明日から本格的に訓練に戻ることにして今日のところは他の者より早めに切り上げた。
部屋に戻り、久しぶりの風呂で汗を流し終えると、綺麗に洗われた服に着替える。遠征中は風呂には入れず、服も中々きれいなものを着ることが出来ないのでこうして毎日お風呂に入って着替えが用意されている訓練の方が良いというクラスメイトも多い。エリカも環境的には王城で訓練を続けていたいが、アカとカナタを探したいという想いと、それに賛同してくれるサッカー部の三人……ソウ、アキラ、カナンとの付き合いもあるのでこの世界に来てから半年ほどの訓練したあとは基本的に国内を冒険者として回っている。
ちなみに引きこもり組もこの整った環境による恩恵はちゃっかり受けている。エリカは様々な街や村を見て回ったからこそ、この世界で毎日風呂に入りきれいな服を着て、さらにそこそこ美味しいご飯を食べるということが如何に贅沢な事か分かっている。
「……あの子達はそんな事、考えてすらいないんだろうな」
理不尽にこんな世界に召喚されて――この世界では最上級とはいえ――日本とは比べ物にならないほど不便で制限のある生活を強いられている。そう思って、当然のように王城の恩恵を享受し続ける。その認識は間違いではないけれど、それを言い続けても仕方がない。働かざる者食うべからずとは言われてはいないが、ずっと部屋で引きこもっている者達が兵士や騎士によく思われているわけもなく。
「もう一度、訓練に誘ってみよう。また、嫌な顔をされるとは思うけど」
同室の三人のことを思うと心が重くなるエリカであった。
……。
…………。
………………。
ガチャリ。夕飯が運ばれて暫くした頃、同室の引きこもり三人が部屋に戻ってきた。
「おかえり」
「エ、エリカ。遠征から戻ってきてたんだ……?」
「うん。今日の昼にね」
「そ、そっか。おかえり」
「昼からこんな時間まで、どこに? 訓練じゃないよね」
「あー……、ちょっと、ね」
「ふうん……?」
様子を見る限り、書庫で本を読んで調べ物をしていたとかでもなさそうだ。だけど服は汚れていないし、外に行っていたわけでもなさそうだし。
「まあいいや、夕食が届いてるし、食べようよ」
「あ、うん。そうだね」
慌ててパタパタと席に着く三人。ちなみに夕食は大食堂に行って食べてもいいし、頼めばこうして部屋に持ってきてくれる。エリカは基本的に大食堂に行くが、今日はルームメイトと話すために部屋での食事を選んだ。引きこもりは例外なく部屋に持って来させている。
「じゃあ食べようか」
「うん!」
そう言って椅子に座ったルームメイトの腰から何かが落ちた。カチャン。床の石からいい音が響く。
「あっ!」
彼女は慌ててそれを拾う。
「ああ、最悪……画面の端っこにヒビが……」
半泣きで彼女が拾ったのは、スマホであった。
「ちょっと、それ……どうしたの!?」
エリカは思わず声を上げて詰め寄る。この世界に来てもうじき二年。とっくに電池が切れてただの置物と化した筈のスマホが起動しているのだった。
「あ、やば……」
まずいものが見つかったと、同室の三人は大きく顔を顰めた。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!