第115話 坑道を抜けて
サロの案内で坑道を進む。
「山の反対側の出口までは五日ほどの距離だ。無補給で進むことは出来ないので、ところどころにあるキャンプを経由して向かう」
「キャンプ?」
「地下水脈の溜まる池があったり、光が差していてくさが生えている広場などがあったりと、水や食料を補給できる場所があるんだ。そこで腹を満たしながら進む」
「なるほど」
「ちなみに、私達は麓の街の商人さんからはドワーフの案内があっても坑道を抜けるのには二十日ぐらいかかるって聞いていたんですけど、五日で行けちゃうんですか?」
ヒイロが疑問を口にする。
「ああ、ヒト族の商人がここを通る際は大抵馬に荷物を持たせているからな。馬が通れるような大きくて起伏の少ないルートだとそのぐらいかかるんだ。今から通るのは、ドワーフ族のみが知る最短かつ途中で補給可能なルートだ。ヒト族の商人が居なければ普通はそちらを使う」
「そんなルートを私達が教えてもらっても良いんですか?」
「お前達はもう我々の仲間だ。仲間であれば何も問題はない」
まあ一度通っただけで覚えるのは難しいがな、とサロは笑って見せた。確かに住居エリアからここまででも既に道は怪しくなって来ているので、ここから五日分の進む道を一度で覚えるのは多分無理だろうなぁと思った。
半日ほどで最初の補給地点に到着した。水場の付近で、光る苔が一面に生えている小さな広場で、キノコなども生えている。
「この苔とキノコは毒は無いが旨くも無い。よほど空腹で無いなら、ここでは水だけ汲んで先へ行こう」
サロの言葉に従って、木でできた水筒に水を入れてその場を後にする。
「前回の開拓エリアへ向かった時も思ったんですけど、こんなに複雑な道をよく覚えられますね」
「一応道の作り方にルールがあるんだ。その基本が頭に入っていれば万が一迷ってもさっきみたいな補給地点には辿り着ける。子供の頃に、もしも迷ったら補給地点に行って待機しているようにと叩き込まれるからな。仮に坑道で迷子が出たら、大人達は補給地点を見てまわれば良いと言うわけだ」
「賢いルールですね」
「まあ、基本的に迷わないんだがな」
そもそも道は覚えているし、ヒト族も自分の家で迷ったりはしないだろう? とサロは言った。それはそうだけど山一つ丸々が自分の家だったらやっぱり迷うんじゃ無いかしら? 永遠に答えの出ない問題だなとアカは思った。
その後の道中も特に問題なく進む事ができた。ただしずっと薄暗い坑道の中なので、時間の感覚が無くなって今が昼か夜かも分からなくなって居る。
「ドワーフの人たちは坑道に長く居ても時間感覚は狂わないんですか?」
「そんなことは無い。二日か三日程度ならまだしも、五日も十日も坑道にいれば朝晩は逆になるし、何日経ったかも分からなくなる。そうならないために住居エリアは入り口の比較的近くに作られていて、毎朝陽の光を浴びるために外に出て少し体を動かしたりしている」
「じゃあ今ってどれくらい経ったか把握できてますか? なんかもうとっくに五日ぐらい経った気もするし、まだ三日くらいな気もしてて……」
「ちょうどその間の四日目だな。思った以上に速く移動できているからあと半日ほどで向こう側に出られるはずだ」
サロの言葉からきっかり半日歩き、遂に三人は坑道を脱出した。
「おお、久しぶりのお日様が……ない!」
「残念ながら夜みたいね。星と月の様子から、まさに真夜中かしら?」
「そうだな」
ここはもうツートン王国の領土になるというわけだ。チロスミス共和国側はすっかり冬になっていたけれど、大きな山を挟んだこちら側はまだ景色に秋の名残を感じさせる。
「もう行くか? ここで朝を待つぐらいなら、少し坑道を戻れば簡易の寝床があるが」
「じゃあ、お言葉に甘えさせて下さい」
「これだけ暗いと山で迷う可能性もあるからね」
「わかった、こっちだ」
サロの案内で坑道を戻る。分岐を三つほど超えた先、ものの数分で簡単なベッドがいくつかある部屋に辿り着くと、朝が来るまでの数時間ここで休憩をとる事になった。
「ここまで多少休憩はとっては来たが、ほとんど徹夜だったからな」
「そうですね。私達はあんまり疲れてないんですけど、強行軍に付き合って頂いてありがとうございました」
「これも鍛錬になると思えば礼には及ばないさ」
「鍛錬、ですか?」
「ああ。今回の事で思い知らされた。集落を守ろうと思うならただ鉱石を掘り続けるだけではなく、時に武力も必要になるとな。アカとヒイロが居なければ俺は、吸血鬼は、おろかロスにすら勝てなかっただろう。同じ悲劇は繰り返さないように努めるが、それでももしもの時のために力は必要だ」
グッと拳を握り決意を語るサロ。
「……サロさんが居なければ、私達の力だけでは勝てませんでした。私達ももっと強くならないと、ですね」
「ははは、そうだな」
アカも決意する。
今回、一度命を落としたヒイロが生き返ったのは奇跡だと思っている。もしも次に同じような事態になれば、今度こそヒイロを失う事になるだろう。
力が、必要だ。
……驕りがあったんだと思う。魔法無しでもそれなりに戦えるし、さらに火属性魔法をぶっ放せば自分達にはノーダメージの特攻が出来るという切り札もあり、自分達は強いと心のどこかで思っていたのだろう。
だが、現実は甘くなかった。先日の街での一件(※)と、今回の吸血鬼との戦い。自分達は短い期間に二度も危険な目であっている。
(※第2部 第7章)
こんな体たらくじゃそのうち取り返しのつかない事態に陥るだろう。
自分達は弱い。二人きりで生きていくために、もっともっと力をつけなければ。
いつの間にかベッドで横になり、すぴすぴと鼻を鳴らして眠るヒイロを見て、二度と死なせないと心に誓うのであった。
◇ ◇ ◇
「じゃあ達者でな」
「はい、サロさんもお元気で」
「ここまで案内ありがとうございました!」
夜が明ける時間となったので、改めて坑道の出口まで案内して貰って、遂にサロともお別れだ。
「街に行くなら、ここをしばらくまっすぐ進むと街道があるから、そこを南に向かうといい」
「はい!」
「あと、反対方向になるがこちらに三十分ほど進むと天然の温泉がある。浸かると怪我の治りが早くなり、疲労も取れる。立ち寄ってから行くといいだろう」
「温泉!? アカ、行こう行こう!」
「ちょっとヒイロったら……。でもそうね、せっかくだから寄っていきましょうか」
サロがスッと手を差し出してくる。アカとヒイロは最後に固く握手した。
「君たちの道中が良きものとなることを、ドワーフ全員が祈っているよ」
「ありがとうございます」
「私達も、皆さんの幸せを願ってます!」
サロと別れたアカとヒイロは、温泉に向けて意気揚々と歩き始めた。
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