第110話 吸血鬼との決着
「そんな間に合わせの翼でまともに動ける訳がっ!」
ラキラスは闇魔法「影の刃」をアカに放つ。ラキラスの足元の影がフワリと浮かび上がると数十本のナイフの形となりアカに襲いかかった。
マシンガンのようにザンザンと降り注ぐナイフ。だがそれらがアカの居た場所に到達する頃には、アカは既にラキラスの背後に移動し終わっていた。
「甘いっ!」
ナイフは方向を変えてラキラスに攻撃しようとするアカに迫る。アカは攻撃を中断して再び回避した。ラキラスから少し距離を取り、ナイフの挙動を見極める。
「死ねぃっ!」
ラキラスはそんなアカに影のナイフをけしかける。
一本一本を個別に操作するというよりは、ナイフを群として認識して操っている感じか。じゃあ撃ち漏らしもなさそうだ。
「カアッ!!」
アカは口から炎を吐き出して迫るナイフを燃やし尽くす。
「なんだとっ!?」
ラキラスは驚愕した。火属性魔法使いとは戦った事はある。だが過去に戦った相手の魔法は、影の刃を燃やすことなどできなかった筈だ。こんなヒト族ごときの女が扱う炎に我が魔法が劣る訳が……。
動揺が、彼の動きを鈍らせた。アカの炎はナイフを掻き消すに留まらず、ラキラスにも迫っていた。意思を持つようにうねりながらラキラスに食らいつこうとする炎。ラキラスは魔力で盾を作り出して炎を受ける。
闇の渦が炎と拮抗する。
「くっ……この程度……っ!」
気を抜くと押し負けそうになる。ラキラスは盾に魔力を込めて炎を押し返した。
「はあっ!!」
押し返された炎がアカを包み込む。馬鹿め、自らの炎に焼き尽くされると良いわっ! ラキラスは勝利を確信した。
しかしアカに炎は効かない。全身に炎を纏ったまま、三度ラキラスに接近する。
「熱っ……貴様、なぜ……!?」
想定外の事象が重なりすぎた事でラキラスは完全に対応が後手に回った。アカが組んだ両手を正面から振り下ろす。紅蓮の翼による加速と合わせて信じられないほどの威力となった両手のハンマーはラキラスの頭を叩き潰した。
グシャア!
不快な感触にも躊躇する事なくアカはそのままラキラスの腕を掴む。先ほどは頭を潰しても数秒で再生した。おそらく心臓を潰しても同じだろう。
だとすれば、このまま燃やし尽くすしかない。
「カッ!」
喉の奥から咆哮と共に再び炎を吐き出す。ラキラスの全身は成す術もなく炎に包まれた。
― ぐあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ! 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いっ!
全身を焼く痛みにラキラスは悶える。頭が潰れているので声は出せないし腕をがっちり掴まれているので逃げることも叶わない。ただその場で全身を焼かれる痛みを受けることしか出来なかった。
身体を再生しようにも、身体を燃やす炎に抵抗するために全ての魔力を注ぎ込まざるを得ない。それでも間に合わず身体が徐々に燃え朽ちていくのを感じる。
― こんなのは火属性魔法では無い! 火属性魔法の炎程度で我を燃やせる筈が無い! こんなのまるで、まるで、
― 龍の炎では無いか!
そこに思い至った瞬間、ラキラスはハッとした。先ほどの炎で造られた翼はまさに龍のそれだったのではないか。その直前に自身の眼で視た魔力の質は、遠い昔に遥か先の山に佇んでいた炎龍王のそれと同じだったのでは無いか。
有り得ない。龍とは魔物なんて生易しい括りでは無い、多くの生態系の頂点に立つそれは、最強の人型種族であると自負する吸血鬼にとってですら、あれは別のカテゴリだ。勝つとか負けるとかそう言った次元では無くあれは自然であり災害である。
そんな龍の力を人が宿すなどある筈はない。ましてや、こんなヒト族の小娘如きが……。
だがこの身を焼く炎は、それ以外説明がつかない。
だとすれば我はなんという相手の、文字通り逆鱗に触れてしまったというのか……。
多くの疑問と後悔に抱かれたまま、ラキラスの意識は身体ごと業火に焼かれ尽くした。
◇ ◇ ◇
吸血鬼は灰すら残さず燃え尽き、そこには黒い痕が残っている。
ヒイロ、仇はとったよ……。
さっきまで全身を支配していた全能感は消え、今は全て終わった……終わってしまった絶望感しかない。ぼーっとその場に座り込んでいると、後ろから外套をかけられた。
「臭いかも知れないが、こんな物しかなくて申し訳ない」
「サロさん……」
振り返ると、気まずそうな顔をしたサロが立っていた。彼もロスと死闘を繰り広げ、なんとか勝利を収めていたのだ。
意識を取り戻したサロは、アカが吸血鬼を燃やし尽くすのを祈って見ていることしか出来なかった。炎が消えた時、そこに残されていたのがアカ一人であったことから、彼女が吸血鬼に勝利したことを悟り、その無事を確認するために重い身体を引きずり寄って来たのである。アカの服と鎧は燃え尽きており裸同然であったが、そんな事を気にする様子もなく呆然と佇んでいた。その様子が痛々しくて、とりあえず自分の外套を羽織らせたのだった。
「こんな事を言っても気休めにもならないとは思うが、アカが吸血鬼を倒してくれたお陰でドワーフの集落は救われた。死んだ戦士は帰ってこないが、集落の者達はまたやり直す事ができる。……礼を言わせてくれ」
「あ、はい……」
悲しげに頷くアカ。
「せめて一緒に、ヒイロを埋葬しよう」
「埋葬……。そうか、そうですね……、ちゃんと埋葬してあげないと……」
アカは立ち上がり、ヒイロの元へ向かう。サロの言葉でヒイロをこんなところで野晒しにするわけにはいかないと気付いたからだ。
「怪我は大丈夫なのか?」
「なんか……治っちゃいました」
サロがアカを気遣ってみせるが、アカはさらりと答えた。限界を超えた動きをした反動で全身の筋肉が悲鳴を上げているが、ヒイロとの戦いで受けた怪我はいつの間にか治っているし、吸血鬼との戦いではそもそも傷一つ負っていない。
一方でサロの方は満身創痍と言っても差し支えない。全身傷だらけだし、腕も折れているようで不自然に曲がったまま押さえ込んでいる。
彼もまた操られたロスと、熾烈な戦いを繰り広げていたというわけだ。
……。
…………。
………………。
「ヒイロ……、私、勝ったよ」
倒れ伏すヒイロを仰向けに寝かせ、アカは話しかける。ヒイロは操られていた時の紫に染まったものではなく、いつもの白い顔に戻っていた。アカの好きなヒイロの顔だった。まるで眠っているかのようで、こうして頭を撫でればいつもの様にくすぐったそうに身を捩ってくれそうな気さえする。
「私がヒイロを守るって言ったのに、約束、守れなくってゴメン……」
アカの目から涙がこぼた涙がヒイロに落ちる。その一度溢れた涙は止まる事なく流れ続けた。ひとしきり泣いた後、アカは横に立つサロに訊ねる。
「えっと、ヒイロを寝かせてあげるのに良い場所ってありますか? この子はヒト族ですけど、ドワーフの人たちと一緒に埋葬して貰えると嬉しいです」
「住居エリアの奥に、戦士達を埋葬する墓地がある。お前達はドワーフを救ってくれた英雄だから、もちろんそこに埋葬することは構わない。むしろ有難い申し出ではあるが……」
サロが疑問を口にした。
「アカ。ヒイロは本当に死んでいるのか?」
「え?」
「私からすると、血の気の通った顔も、温かみのある手足も、まるで生きている様に見える……」
「そんな筈は……だって、私、心臓をナイフで突き刺して……」
ちなみに突き刺したナイフは、吸血鬼と戦うために抜いてある。だが、傷自体は残っていると思い胸の部分を改める。血に染まったヒイロの胸。その服をはだけて改めて確認すると、そこにナイフで突き刺した傷は存在しなかった。
「傷が、無い……?」
そんな馬鹿な。だって、確かにここにナイフを突き立てた。その証拠にサラシが血に染まっている。胸の中心にいくに向けてよりどす黒い染みが濃くなっていることから、やはりここに刺したことに間違いはない。
だというのに、今ヒイロの胸の傷は綺麗さっぱり塞がっていた。
「治ったの……? 命を落とした後にも傷が自己治癒したってこと……?」
慌ててヒイロの胸に耳を押し当てる。だが心臓の鼓動は聞こえない。やはり死んでしまっているようだ。
「心臓が止まっていても、胸を叩くことで息を吹き返したドワーフが過去に居た。傷が塞がっているのなら、ヒイロも生き返る可能性はないか?」
サロの言葉にアカはハッとする。心臓マッサージ!
アカはヒイロを床に寝かせると、その胸を思い切り押し始めた。詳しくは知らないけど、確か肋骨が折れそうなくらい強くマッサージした方がいいって聞いた事がある!
ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!
胸をマッサージしながらも、必死で声を張り上げて呼びかける。
「ヒイロ! 起きて! お願い!」
ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!
「ヒイロ! ……頼むから、帰って来て!」
アカの悲痛な声が再び広間に響いた。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!