第105話 ドワーフの最奥
「痛みは?」
「軽くあるかな」
「手は動く?」
「今はまだ大丈夫だね」
「魔力は?」
「実はずっと魔力を通しるんだよね。一度止めてみようか」
ヒイロが腕に循環させている魔力を弱めると、傷痕から伸びるスジが速さを増して腕を侵蝕していく。
「あわわっ!?」
「ヒイロ、魔力!」
慌てて再び腕に魔力を流すと、急激な侵蝕は収まる。とはいえ完全に止まるわけでは無く、じんわりとスジは伸び続けいる。
「噛まれると感染して魔物になる、か。これが全身に広がったらこうなるってわけね」
アカは足元のテリを見る。
「魔力を流していなければ数分で全身に広がるだろうね」
ヒイロは自分の腕を気持ち悪そうに見ながら分析した。
「ヒイロも魔物になるっていうのか!?」
「バカな事を言わないで下さい。そんなことさせない。させるものですか」
アカはヒイロの腕をしばらく見て、決意を固めた。
「サロさん、このまま最奥を目指しましょう」
ヒイロの腕は侵蝕が進行している。完全に止めることが出来ない以上、どこかでタイムリミットが来るわけだ。さっきヒイロは「魔力がなければ数分」と言ったが、今の侵蝕速度と比較すると数時間、長くても半日は保たないとアカは判断した。
後退した場合、どんなに急いでも半日ではドワーフの集落に帰るのがやっとだろう。そこから街までまる三日はかかるし、街についてすぐに治療できる保証は無い。そもそも治るかどうかすら定かでないのだ。
どう考えても時間が足りない。
で、あれば先ほど挙げた案の一つである「大元の魔物を倒せば呪いが解ける」に掛けるしか無いだろう。
「今すぐに腕を切り落とすって手もあるかな?」
「それで呪いが治らなかったらそれこそ取り返しがつかないわ。ギリギリまで粘りましょう」
サロも状況を理解して、共に開拓エリアを目指してくれる事となった。
「子供達には鐘ひとつ戻らなかったら食糧を持って先に村に帰るように言ってある。このまま開拓エリアを目指そう」
「どのくらいで着きますか?」
「急げば鐘ふたつと言ったところだ」
ギリギリかな? ヒイロは傷口を押さえて頷いた。
◇ ◇ ◇
その後も魔物化したドワーフ達と何度か遭遇する。呪いが解ければ元に戻る可能性がある以上、問答無用で討伐するわけにはいかない。幸い、サロに言わせると本来の戦士からは比べ物にならないほど弱いということで的確に無力化していく。
基本的にはアカが不意打ちで腹をぶん殴って気絶させていくわけだ。強く殴りすぎると死んでしまうが、加減しすぎると一撃で意識を奪えずに反撃をしてくる。
そういう時は申し訳ないけれど頭をぶん殴って気絶してもらう。
……。
…………。
………………。
そうして坑道を進むこと更に数時間。ヒイロの腕は既に肩口まで紫に染まっていた。
「アカ、お願いがあるんだけど」
「……見捨てないからね」
「気持ちは嬉しいし、私も諦めるつもりはないんだけどね」
ヒイロはへへっと笑う。自分が魔物になるかもしれないというのに、明るい顔を崩さないのは強がりに違いない。なんならアカの方が泣きそうな顔をしている。
「でもね、もしも。もしもの場合の話」
「……したくない」
「うん、じゃあ勝手に言っておくよ。もしも私がああなったら、その時はアカが私を殺してね」
なんて事ないようにヒイロが今しがた気絶させたドワーフの魔物を指して言った。
「私、あんな風に意識も理性も失った魔物になるのは……それでアカを傷付ける事になるのは絶対にイヤ。自分が死ぬことより、自分が訳も分からずアカを傷付ける事になるのが、一番怖いの」
「………………」
「だから、もしそうなったら、お願いね?」
アカは頷かなかった。
頷けなかった。
◇ ◇ ◇
ヒイロの感染からおよそ五時間。かなり急いで移動を続けて、サロの想定を一時間繰り上げついに開拓エリアと呼ばれる場所まで辿り着いた一行。
ここまで無数の分岐を進んできた訳だが、この迷宮と呼んでも遜色ない坑道を迷う事なく進んでこれたのは道案内が優秀であったからだ。しかしそんな彼の体力は限界に近づいていた。
「サロさん、大丈夫ですか?」
「はぁ! はぁ! ……はぁ、はぁ……」
肩で息をするサロ。強行軍を続けるアカとヒイロに文句を言う事なく、ここまで道案内を続けてくれた。彼も自分を庇ってヒイロが感染した事は理解している。しかしヒイロからもアカからもそれを咎める言葉はここまで一言も発せられる事はなかった。
そんな二人に遅れを取ったり、ましてや文句を言うなど彼のドワーフとしての矜持が許さなかった。
だから、ここまで全力で走り続けたわけだが、遂に体力が限界を迎えようとしていた。
「少し休みますか……?」
「はぁ、はぁ……。いや、大丈夫だ。この先の分岐を曲がれば遂に開拓エリア、その最奥部になる」
そう言って最後の力を振り絞ると身体を起こし、二人を先導する。そうして少し歩くと、開けたスペースに到着する。
「なんだここは……?」
前を歩くサロが足を踏み入れたのはこれ迄の2m×2m程の通路と違い、広さは高校の教室より一回り大きい空間であった。12〜13m四方ぐらいの大きさはありそうで、上もこれまでの倍ぐらいの高さがある。
「開拓エリアにこんな開けた場所があるなんて……」
どうやらサロも知らない空間が出来上がっているようだ。ぱっと見では数時間前に通った住居スペースにも似ているが、あそこは岩が崩れないようにしっかりと杭木で補強してあったのに対してこちらは岩を削っただけといった様子である。
見れば広場の四隅に灯りがあり、中央には椅子のようなものがある。
「こんなところまで来るのは誰かと思えば、サロじゃねぇか」
その広間の奥にある椅子のように削った岩に座っていた人物が声を上げる。ハッと臨戦体制になるアカとヒイロ。サロは逆にその人物を見て安堵の表情を浮かべる。
「ロス! ロスか!?」
「ああ」
「安心してくれ、彼は俺の兄のロスだ」
そう言って兄の元へ駆け寄ろうとするサロだったが、アカがその腕を掴んで行かせないようにする。
「アカ?」
「……おそらく、彼がこの事件の黒幕よ」
「なんだって?」
混乱するサロ。そんな二人のやり取りを見てロスは唾を吐きながら告げる。
「テメェみたいな弱虫がどうやってここまで来れたのかと思えば、ヒトの雌を侍らせてるとはなぁ。集落の女に相手にされなくてヒト族に手を出したか?」
カカカッと下品に笑うロスを見て、サロは信じられないものを見るような顔をした。
「ロス……お前、本当にロスか……?」
「ああ? 何言ってんだ。どこからどう見てもロス様そのものじゃねぇか」
そう言って立ち上がり、両手を広げて見せるロス。その姿は屈強なドワーフの戦士そのものであり、他のドワーフ達のように魔物化していない。
だからこそ怪しい。ここまでに出会ったドワーフ達は全員が魔物化していた。だというのに、こんな最奥にいて無事なのは不自然だし、大体シチュエーション的にどう見てもこいつが黒幕だろう。
ロスはヒイロを見ると楽しそうに顔を歪ませる。
「よく見ればそっちのヒト族は大分魔物化が進んでるな。ドワーフ以外にも効果があると分かったのはラッキーだ、もう少し力を蓄えたらヒトの街を襲って軍隊を作るのも悪くねぇな」
「ロス……何を言っているんだ?」
サロはガタガタと震えながら訊ねる。
「はぁ? テメェまだ何も分かってねぇのかよ。そっちのヒト族の方がまだ状況を把握できてるぜ?」
ロスはこちらに歩いて近づいてくる。そのまま広間の中心に立つと、両手を広げて言った。
「ジジィどもを魔物にして従えてるのは俺だ! つまり俺がこの集落の王になったんだって事だよ!」
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