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聖女と騎士団長様の濡れ衣逃避行~婚約破棄と指名手配から始まる愛の癒やし旅  作者: 武野あんず


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第40話 聖女、死霊病の原因を探る

「もしかしてお酒に近い、それ以上に気持ちの興奮(こうふん)や鎮静(ちんせい)、幻覚(げんかく)作用のある物質を体内に取り込んでいるのでは」


 私が言うと、パメラとラーバスは顔を見合わせた。


 しかし私はこの問題――死霊(しりょう)病に対して、かなり人の悪意が及(およ)んでいることを感じていた。


 何者かが意図(いと)的に、巧妙(こうみょう)に人を苦しめている……?


 ◇ ◇ ◇


 リースマン氏はよろよろと芝生(しばふ)広場を立って、公園を出ていってしまった。


「知らない人に会って疲(つか)れてしまったのでしょう。彼は家に帰ると思います」


 ラーバスは言ったが、パメラは「あたしを襲(おそ)っておいて疲(つか)れたはないもんだ」と怒っていた。


 グール化(か)――いや、死霊(しりょう)病になった人間は記憶があるのだろうか?


 それも疑問だが……。


「彼らの食事を知りたいのです。それがこの事件の鍵になります」


 私がラーバスに言うと、彼は深くうなずいた。


「口で話すよりも実際に患者(かんじゃ)の家に行ってみましょうか。近くにデアーチェ・ロゼタンという六十歳の婦人(ふじん)がいます。彼女はグール化(か)したことはあるが、回数は少ないはず。昼間は危険性が比較(ひかく)的少ないと思われるが……。彼女の家に行ってみましょう」

「ラーバス先生、私はゴランボス先生の様子を見てきます」


 ポレッタが言うと、ラーバスはため息をついて「頼みます。ゴランボス先生を怒らせるとお金が入ってこないですからね」と言った。


 やはりゴランボスという人は、この街にとって重要な人物なのだ……。


 ◇ ◇ ◇


 私たちはジャッカルと合流し、デアーチェ・ロゼタンさんの家に向かった。


 ジャッカルがブツブツ言った。


「おいおい、俺、グールになりそうな女の家に行くなんて嫌だぜ」

「いいからさっさと来な。危険な目にあったら盾(たて)になるヤツが必要なんだから」


 パメラはジャッカルに言った。


 ――比較(ひかく)的きれいな白いモルタルと石作りの家が川の前にあった。


 これがデアーチェ・ロゼタンさんの家か。


 中に彼女はいるのだろうか?


「デアーチェさん」

 

 私たちはそう呼びかけつつ、玄関のベルを鳴らした。


 しかし反応がなかったので、「お邪魔します」と言ってそっと彼女の家に入った。


 扉(とびら)に鍵(かぎ)はかかっていなかった。


 ――年配の女性が椅子(いす)に座って猫をなでている。


 目の焦点(しょうてん)が合っていないが、ほのぼのとした光景だ。


 しかし!


 彼女は突然立ち上がり――いきなりパメラ目がけて飛びかかってきた。


「う、うわああああ! まただ!」


 パメラが背中から抱きつかれた!


 デアーチェさんは衣服を着ていたが、肌(はだ)が紫色で爪が長く伸びていた。


 口には牙(きば)が生えている。


 グール化(か)だ!


「くそ、昼間のグール化(か)現象か!」


 ジャッカルがデアーチェさんを後ろから抱(かか)え、床に投げ飛ばした。


 しかしデアーチェさんは立ち上がろうとしている。


「近づかないで! デアーチェの爪で引っかかれたら『病原体(ビボス)』が入るぞ!」


 ラーバスはそう叫んで呪文を唱えた。


 するとデアーチェさんは途端(とたん)に床に倒れ込んで寝てしまった。


 ――強制睡眠(すいみん)魔法だ。


「もう、最低!」


 パメラはわめいている。


 ふう……だけど誰にも怪我(けが)がなくて良かった。


「彼女の食事はこの水分ですか?」


 水が入った瓶(びん)、牛乳の瓶(びん)が床に転がっている。


 机に置いてあったようだが、さっきの騒(さわ)ぎで倒れてしまったようだ。


 デアーチェさんは床にごろんと寝てしまっているままだ。


「グール化《か》した人たちは固形物を一切食べないですね。食事は水分だけです。栄養が不十分なので心配ですが、固形物の食事を受け付けないので仕方ないですね。あ、それと……」


 ラーバスは注意するように言った。


「瓶(びん)には一切触(さわ)らないように」

「おっ! 赤ワインだ!」


 ジャッカルが嬉(うれ)しそうに声を上げた。


 見ると机の横に赤ワインの瓶(びん)が置かれている。


 口は開いているが中身はたっぷり入っている。


 コルクは無いようだが……。


 ということはかなり酸化(さんか)して酸(す)っぱくなっているはず。


「よさそうな葡萄(ぶどう)酒じゃないか」

「き、君! 瓶(びん)に触(さわ)るなと言っているでしょう!」


 ラーバスはジャッカルに注意したが、彼は少し赤ワインを手に出してなめてしまった。


「ちょっと味をみるだけだって。……おや? ものすごく甘いぞ。『エード』みたいだ」

「えっ? ものすごく甘い?」


 私は首を傾(かし)げた。


 それはおかしい。


 赤ワインは酸化(さんか)すると酸(す)っぱくなるはずだ。


 私もこの赤ワインを少しなめてみた。


 ちなみにエードとは柑橘(かんきつ)類などの果汁に、砂糖や香料で味をつけた飲料だ。


「アンナ! 君まで……」


 ラーバスは声を上げたが味をみてみないと始まらない。


 少量だ、問題はない……と思う。


「この味は……!」


 甘い……赤ワインにしては驚くほど甘いといえる。


 何か嫌な予感がする。


「甘すぎる葡萄(ぶどう)酒に注意せよ」


 聖女医学の教えにそうあったことを思い出した。


 ……そ、そうか!


「私はさっき『お酒に近い、気持ちの興奮(こうふん)や鎮静(ちんせい)、幻覚(げんかく)作用のある物質を体内に取り込んでいるのでは』と言いました」


 私は皆に言った。


「しかしそれは完璧(かんぺき)な推理(すいり)ではありませんでした。――分かりました。死霊(しりょう)病の正体が」

「ほ、本当ですか?」


 ラーバスは目を丸くした。


 私はそれにうなずいた。


「それをお話するために、いったんこの家を出ましょう。新品のこの赤ワインと同じものを手に入れてからご説明します」


 私は死霊(しりょう)病の発生は、ある者が意図(いと)的に行った非人道(ひじんどう)的行為(こうい)だと確信した。

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