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聖女と騎士団長様の濡れ衣逃避行~婚約破棄と指名手配から始まる愛の癒やし旅  作者: 武野あんず


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第02話 囚人は騎士団長様でした!

 私はアンナ・リバールーン。


 婚約(こんやく)相手のデリック王子から、婚約(こんやく)破棄(はき)を言い渡された。


 そして彼はこう言った。


「まあ、浮気していたことは悪かったさ。まあ、その代わりと言っちゃなんだが、牢屋にいる囚人(しゅうじん)をお前にやろう。奴隷(どれい)()し使いとして、連れていけ」


 聖女の私に囚人(しゅうじん)を押し付けるなんて……!


「さっさと囚人(しゅうじん)を連れて城から出ていきなさいよ! アンナ!」


 私はジェニファーに靴先(くつさき)()られた。


 ◇ ◇ ◇


 私はジェニファーに()られたあばら骨に痛みを感じながら、牢屋(ろうや)番の若い男性兵士、ジム・ロークについて行った。


 私たちはグレンデル城の地下に降りた。


 廊下(ろうか)に取りつけられたランプの光が、燃えるように光っていた。


「王子がおっしゃる囚人(しゅうじん)はこちらです」


 ジムが歩きながら言うと、私は(しぶ)い表情で口を開いた。


「あの、私は囚人(しゅうじん)をもらい受けるなど……。ご遠慮(えんりょ)したいのですが」

「デリック王子の言いつけです。あなたに拒否(きょひ)されると私も困ります。とにかく囚人(しゅうじん)とお会いになってください」


 ジムはそう言ったが、私はすぐに聞いた。


「一体、その囚人(しゅうじん)は何者なのですか?」

「私が説明するより、会ったほうが早いでしょう。さあ、牢屋(ろうや)の中に『ウォルター・モートン』がいます」


 ジムと私は牢屋(ろうや)の前に立った。


 鉄格子(てつごうし)がはめられた、大きな牢屋(ろうや)が目の前にある。


 その鉄格子(てつごうし)の奥には、薄汚れたベッドと机があった。

 

 そしてそのベッドには、白いシャツを着た青年が座っていた。


 彼が囚人(しゅうじん)のウォルター・モートン……。


 おや? どこかで聞いた名前だな……。


「彼が牢屋(ろうや)から出られるのは、二日に一回の沐浴(もくよく)のときだけです。もちろん、城外(じょうがい)には出られません」


 私は牢屋(ろうや)の中の男を見た。


 うつむいて、ただ座っている。


 おや?


 服は清潔(せいけつ)だし(ひげ)も伸びていない。


「身なりは清潔(せいけつ)なのですね」

「はい。囚人(しゅうじん)といえども清潔(せいけつ)にしていないと王のお(きさき)――女王に、牢屋ろうや番の私が怒られますからね。彼は二日に一回、シャツを取り()(ひげ)()ります」


 ジムは説明してくれた。


 だが、城の外には出られない……と。


 私は何となく彼がかわいそうに思った。


「あの……」


 牢屋(ろうや)の中の囚人(しゅうじん)、ウォルターは顔をあげ、私をジロリと(にら)みつけた。


 私は怒鳴りつけられるのを覚悟で、挨拶(あいさつ)をした。


「こ、こんにちは。ご機嫌いかが、ウォルター・モートンさん」

「何だ、君は」

「聖女のアンナ・リバールーンです」

「聖女だって?」


 囚人(しゅうじん)ウォルターは舌打ちし、(するど)い目で私を再び(にら)んで叫んだ。


「聖女が僕に何のようだ? 見世物(みせもの)小屋ごやじゃない! ここから離れてくれ!」

「彼は二年間もこの牢屋に入っています」


 ジムは小声で説明してくれた。


「二年間も!」


 私が叫ぶと、囚人(しゅうじん)ウォルターは静かに言った。


「聖女、さっさとここから去ってくれ。あなたのような女性が来る場所じゃない」


 おや?


 彼の言葉の端々(はしばし)は、よく聞くと丁寧(ていねい)だ。 


 ……囚人(しゅうじん)特有の荒々(あらあら)しさを感じない。


 育ちの良さを感じさせる。


 不思議な囚人(しゅうじん)だわ……。


「いいえ、聖女だからここに来たとも言えます」


 私は聖女らしく言ってみたが、彼は眉をひそめて聞き返してきた。


「何だって?」

「神の(おぼ)しです」

「ハハハ!」


 ウォルターは声を上げて笑った。


「神か! 神という者がいるのなら、なぜ僕はこんな薄暗(うすぐら)牢屋(ろうや)に入っているのかな?」

「……ウォルターさん、あなたは一体、何をなさってこんな牢屋(ろうや)に入っているのです」

「王子を()った。そういうわけさ。それ以上は言う必要ないだろう」


 お、王子を()った?


 それは殺害しようとした、という意味だろうか。


 ん?


 そういえば私は二年前、王子を治療(ちりょう)していたときに――とある噂話(うわさばなし)を聞いたことがあった。


「二年前、デリック王子が負傷(ふしょう)したのは、騎士(きし)団長との稽古(けいこ)最中(さいちゅう)だと聞きました」


 ウォルターは黙っている。


 私は続けて聞いた。


「もしかしてあなたは、グレンデル城直属の騎士(きし)団長様?」


 彼は(だま)っている。


「アンナ様、その通りですよ」


 ジムがそう言ったので、私は彼が騎士(きし)団長のウォルター・モートン氏だと確認できた。

 

 彼は有名人だ。


 新聞で、二十歳の剣術と馬術の天才騎士(きし)団員、ウォルター・モートンが騎士(きし)団長に就任、という記事を見た覚えがある。


 しかし三ヶ月後に別の内容の新聞記事で、彼は一躍(いちやく)有名になった。


「ウォルターさん、あなたのことを知っています。有名な騎士(きし)団長ではないですか。しかし、騎士(きし)団長に就任した三ヶ月後、デリック王子を負傷させ牢屋に入れられた……!」

「確かに僕は、その元騎士(きし)団長のウォルター・モートンだ」


 彼は無表情で言った。


「僕は王子を()りつけて重傷(じゅうしょう)を負わせた。騎士(きし)団長として失格だ。牢屋(ろうや)に入る義務がある」

「違うでしょう、ウォルター先輩(せんぱい)!」


 いきなり大声を出したのは、牢屋(ろうや)番のジムだった。


「私は知っている! 本当はデリック王子がウォルター・モートン――あなたを殺そうとした!」

「えっ?」


 私は唖然あぜんとした。


 な、何を言っているの? ジム!

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