009.身体は闘争を求める
今更だが、この世界には『魔法』あるいは『魔力』と呼ばれる概念が存在する。
ここではない世界の出である私にとっては、ある意味で非常に馴染み深い概念。様々なゲームやノベル、アニメやコミックにてお馴染みの超常現象であったり、あるいはそれを引き起こすための力……といったところか。
それはこの世界においてもご多分に漏れず、たとえは火を熾したり明かりを灯したりといった用途にも用いられているのだが。
こと軍において最もメジャーな魔法とは、ずばり『機甲鎧をはじめとする軍用機材の制御』に関する魔法であろう。
以前軽く触れたことがあるように、そも『機甲鎧』とは人々が【魔物】に抗うため創り上げた、巨大な人型兵器の総称である。
人間離れした膂力を発揮する大型骨格に、各種武装を扱うための作動肢、それらを稼働させるための動力炉と駆動系統など一式をパッケージングしたものが『機甲鎧』と呼ばれるモノであり……物々しい見た目に反して、その性質は魔杖や魔書といった『魔導具』に近しい。
搭乗者は機体制御を『魔法』にて行い、機甲鎧の得意とする機能を行使することで、強大な戦闘能力を得ることができるのだとか。
一説によると……ヒト自身の身体能力を強化する魔法や、あるいは傀儡兵の生成・制御魔法を起源に持つとも言われているとか。
機体に最適化された制御魔法を用いることで、機体との同調レベルを上げることも可能。熟練の使い手なんかは『まるで生身の体を動かすように巨大兵器を駆ることが出来る』域に達するとのこと。……まぁ私達は標準でそれだけども。
ともあれ、こちらの『機甲鎧』の優れている点とは、安定して高度な戦闘能力を発揮できるという点だろう。
搭乗者にある程度の素質――制御魔法を扱うための魔法適性――は求められるものの、たとえば保有魔力値が戦闘能力に直接影響を及ぼすわけではない。
保有魔力量が多ければ、それだけ長時間の機体制御を継続することが出来、つまりはそのまま継戦能力の方へと繋がるわけなのだが……そもそも魔力が枯渇するほど戦い続けること自体、稀だという。
搭乗者の『魔法』でできることとは、あくまでも『機体を動かす』ことだけ。つまり戦闘能力のほとんどは、操縦者ではなく『機甲鎧の性能』に左右される、というのが特徴であるらしい。
……つまり纏めると、画一化した超級戦闘能力を揃えやすいということ。特に軍隊のような組織では、何よりも『扱いやすい』というところにメリットがあるのだろう。
「ほォーら言わんこっちゃ無ェやーっぱこうなったじゃねェか!! チクショウ退避だ退避!! オラオラオラお前ら急げ急げ急げ!! オイ早くシャッター開けろ!! 『お嬢』が出るぞ!!」
「た……退避ー! 退避ー! 付近の作業員は直ちに退避ー!」
「ぐ、【グリフュス】出ます! 【グリフュス】発進!」
――――ねぇファオ、大騒ぎだよ。いいの?
「ゆっくり動けば大丈夫だって。浮上するだけなら推進器吹かす必要もないし、みんな離れてくれるって」
――――ふうん……わたしもいちお、ぶつけないように気をつけるね。
「ん…………いま私も『繋ぐ』よ。おじゃましまーす」
――――はあい。いらっしゃーい。
そんなこんなで現在、私達はまたしても強硬手段で出撃の真っ最中である。
空力ローターやスラスター噴射に頼らず、魔力機関によって浮遊するこの機体であれば、浮上に際し周囲の人々を吹き飛ばすこともない。こうして『動きたいでーす』アピールをしておけば、その意を汲んで離れていってくれるのだ。
……うん、多分に申し訳なくはあるのだが……まぁおしおきは後でちゃんと受けるので、この場は見逃してほしい。
私の愛機そのものである相棒は、現在進行系でこの基地の通信系統を掌握してしまっている。
完全に『機甲鎧そのもの』と化してしまった彼女だからこそ可能な芸当であるらしく、曰く『隣の部屋でお話してるの聞こえた、みたいな感じ』とのことなので……まあつまり、彼女の情報収集能力は半端ないわけだ。
だからこそ、先日と同様『【魔物】襲撃による救難信号』なんかをいち早く、基地司令部に一報が入ると同時に捕捉できるわけで。
そうして私はというと……得意技の一つである『他者の意識の隙を突く』ことで監視役たるエリッサ・エアリー少尉を振り切り、相棒が待つ格納庫へと辿り着くことができたわけだ。
――――あっ、エリッサさん来た。ばれちゃったね、ファオ。
「そりゃバレるでしょ。……まぁ、乗り込んじゃえばこっちのもんよ。周辺確認おっけー、浮上開始」
――――ん、浮力機関出力正常。浮上開始。
「やいさほー」
救難信号は救難信号だが……正直、緊急の度合いで言えばそこまででもない。
というのも、既に付近にて作戦行動中だった先遣隊――例の顔が怖い隊長さん含む機甲鎧4機編成――が向かっているとのことであり、いうなれば『お手伝い』をしに行くポーズを見せ付けているに過ぎないのだ。
まぁ、こうして無断で出撃した以上は、しっかりオシゴトするつもりだが……私達の有用性を見せ付けるためとはいえ、後で怒られることは覚悟しておかなきゃならないだろう。
「ま、実際のところ……『歌姫』より『傭兵』のほうがしっくり来るしね、私も。戦ってナンボなんだよ、この身体は」
――――でも『歌姫』、もてもてだったよ、ファオ。べつに両方やればいいんじゃない? 機体制御、巡航形態へシフト。
「巡航形態シフト完了。……んー、まぁ確かに……嫌いじゃないもんなぁ、お歌。火器管制起動、ニューラルリンク、コネクト」
――――思考同調を確認。火器管制起動、兵装提案。……いつでもいけるよ。
「よっし。【V−4Tr】……改め【グリフュス】、エンゲージ」
――――ぐり、ふ、ふ…………ふゅ?
「グリフュス。すっごいおっきい鳥だって」
――――ふゅー。
…………さて。
この世界に普及している『魔法』の中で、最も多く用いられているのが『機体制御』であろうことは、先に述べたとおりだが。
とはいえ別に、それ以外の魔法が存在しない、用いられていないというわけではない。
例えば火を熾したり、あるいは明かりを灯したり。
例えば、他者の意識の隙を感じ取ってみたり。
例えば……短期間であるとはいえ、『未来』の光景を垣間見たり。
≪は……? な……馬鹿な!!? 何故ここにいる、ファオ!≫
「ぁ…………お、て……つだい……したい、から」
≪っ、クソッ! エリッサは何をしている!?≫
≪エアリー機、アレじゃないですか? 後ろから必死に追っかけてきてる【アラウダ】≫
≪また出し抜かれたのか!? しっかり見張れと言ったろうに!!≫
「うー……ごめ、なさい」
≪隊長〜声怖いッスよ〜≫
≪ええい黙れ!≫
――――ねえファオ、おしゃべり下手。こどもみたい。
(ええい黙れ!)
戦闘速度で交戦エリアに突っ込み、手当たり次第に尖兵たる【スズメバチ】を蹴散らしながら、慌てふためく隊長さんのお叱りを受ける。
あからさまにお怒りであられる隊長さんと暢気にお喋りしながらも、しかし私は相棒の性能と自身の『魔法』を駆使しつつ、周囲に飛び交う【魔物】の一郡を消し飛ばしていく。
魔力伝達を阻害する粉塵の飛散範囲を見切り、あるいは気にせず最適な進路を取り、それを撒き散らす巨大な【クロアゲハ】を両前腕の赤熱刃で斬り払い。
私達目掛けて放たれた不可視の攻撃、攻性魔力を帯びた音響兵器を掻い潜り、その出処である巨大な【アブラゼミ】の編隊を両肩上部の光学砲塔で焼き払い。
縦横無尽かつ緩急鋭く宙を舞い、鋭い口吻や肢を用いた直接物理攻撃を仕掛けてくる巨大な【ギンヤンマ】を、両手両脚4つの対装甲衝角で突き崩し。
手を変え品を変え、様々な兵科を織り交ぜて侵攻を図る【魔物】の軍勢へ、単機で突っ込み盛大に引っ掻き回す。
――――防性力場負荷数値16%。むっちゃよゆう。
(それは何より。もっと搔き回すよ)
――――おーらい。知覚伝達加速、火器管制補助、エンゲージ。
(けちらすぜー!)
通常の機甲鎧よりもふた回りは大柄、かつ肥大化した両肩や脚部や腰背部の武装コンテナ等の特徴から判るように、私達【V−4Tr】はそもそも高速近距離戦闘用の機体ではない。
脚部に格納された副腕や両腕には、申し訳程度に近接戦闘用の加熱式切断武装が備え付けられているものの、中遠距離から高火力で畳み掛けるのが本来のコンセプトである。
……が、そんなのはあくまでも『世を忍ぶ仮の姿』にほかならない。
やる気を封じることに全神経を注いでいた頃の操作レベルから、クソ帝国の技術陣が勝手に機体コンセプトを組み上げていったに過ぎないのだ。
というか、そもそも……巨大な身体を我が身のように操り、骨格から内臓から脳波から全身に強化処置を施され、オマケに限定的とはいえ『短期未来視』の魔法を用いる私が、近距離高速戦闘をこなせないハズが無いじゃないか。
――――だってずーっと隠してたもんね、ファオ。わるいんだぁ。
(そもそもの話、先にアイツらがテアにひどいことしたのが悪い)
――――それは同意。背面砲塔借りるね。
(おっけーお願い。弾薬できるだけケチってね)
――――わかってる。
高出力の主機によって齎される強固な防性力場にモノを言わせ、敵の防衛網に突貫しつつ暴れ回って穴を広げる。
隊長さんたちの機体を大きく上回る推進力を活かし、絶えず高速で動き回りながら進路上の【魔物】を蹴散らしていく。
計4本の切断装備を自在に操り切り刻み、両肩から光学兵器を乱射し、テア制御による近接防御砲塔から迎撃砲火を撒き散らし。
初めて見たときこそ少々驚いたが……私達であれば【魔物】の大軍だろうと、どうということはない。
私達【V−4Tr】の性能ならば害虫ごときが何百匹集まろうと相手にならないし、この世界のヒトにとっては『見るも悍ましい』外観らしい【魔物】とて、私にとっては慣れ親しんだ外観だ。
夏が来るたびに幼馴染と連れ立って、『宝物』を求めて野山を駆け回った経験は伊達じゃない。
(弾け飛ぶのはちょっとゲンナリするけど……まぁじっくり見るわけでもないし?)
――――いっぱいだもんね、的。半分は消えた?
(消えた消えた。あと半分も残ってないと思うよ。がんばろ)
――――はあい。
呆気に取られたように硬直している彼らを尻目に、私達は機関出力を緩めることなく飛び回る。
ことここに至っては、護衛目標に被害が生じるハズもない。危機的状況からも程遠く、完全に消化試合と言えるだろう。
これくらい派手に暴れて、私達の有用性を見せつけてやれば、今後もよしなに計らってくれる可能性もあるかもしれない。……『ダメ』って言われても今回みたいに抜け出せばいいんだけど。
まー……その場合――いや今日もだけど――帰ったらひどい目に遭うだろうことは、どう考えても避けられなさそうだけど。
(大丈夫でしょ、私達は『痛い』の慣れてるし。最悪感覚トばしてれば)
――――でも、隊長さんたちは『痛い』しないと思うよ。
(それは私も思う。……なんだ、何も心配ないね)
――――そうだね。……よかったね。
私達の猛攻に晒され、どんどんと減っていく昆虫……いや、【魔物】の群れ。
それはつまり、私が再度隊長さんに取っ捕まり、それはそれは恐ろしいお叱りを受けるまでのカウントダウンと、全くもって同義なわけなのだが。
不思議なことに……どうやら私は、それを少なからず『楽しみだ』と感じてしまっているらしい。
……マゾヒズムに目覚めたわけでは……ない、と思う。