088.潜入工作員タレコミ逆探知作戦
悪辣な飼い主から保護された少女、特殊潜入破壊工作用特務制御体……プラヴァ・ティアオーネ。
彼女は私による管理者権限の『上書き』登録、ならびに(半ば強制的ではあるが)休息による精神状況の改善を受け、我々の事情聴取に応じられる程度にまで態度が改善されていた。
……ちなみに、彼女に授けられた呼称だが、当然マトモな名前ではない。
そもそもあの帝国が、長生きさせるつもりのない使い捨ての被験体ごときに、真っ当な名前を付けるはずがないのだ。
彼女の名前、いや『呼称』の由来を敢えて紐解くとするならば……つまりは『身体を切り分けられても活動可能な生物』に因んで名付けられた『モデルP』の21番、といったところだろう。
……うん、まぁ、モデルP……要するに『プラナリア』だ。実験生物を女の子の呼称にするとは、本当にロクでもない奴らだよな。
やはり、帝国になんて居るもんじゃない。どうにか彼女の警戒心をほぐせれば良いのだが。
彼女の魂の損耗は、幸い――というべきではないのだろうが――軽度な症状で済んでいるらしい。帝国の英才教育によって自意識が抑圧されている形跡こそ見られるが、受け答えや目の焦点は比較的ハッキリしている。
この調子ならば……ここが真に安心できる場所だということを理解してもらえれば、やがては個性もはぐくんでいけるようになるだろう。
「…………しかしながら、状況はそこまで良くはありません。……心苦しいデスが、情報提供にご協力頂きたいのデス」
「…………えっと……」
「あっ、あのっ……反逆防止、の、爆弾……ぜんぶ、解除して、ますっ。あなたも、人形も、もう爆発されない、ので……安心し、下さい」
「…………そう、ですか……」
彼女の心の傷が癒えるまでゆっくり待ってあげたいところだが、マノシアさんがいったように、状況としてはあまり宜しくない。工作員らの流入経路も洗わなければならないだろうし、そもそもこんな趣味の悪い人形爆弾が実戦投入されていたこと自体、軍部には情報が無かったようなのだ。
逆に言えば、本格的に動き始める初期段階で情報を得られたというわけで、そういった意味では大きな成果と言えるのだろうか。
プラヴァの操る人形はいわば『超小型な機甲鎧』であるからして、感度を上げれば対機甲鎧用の動力センサーで感知が可能だという。
内蔵する動力機関の出力が桁違いに小さいため、その反応も微弱ではあるが、幸いにもサンプルの反応は記録できた。今の段階で警戒を強めることができれば、今後の潜入および破壊工作も防げるだろう。
ただ……これらはやはり対症療法に過ぎず、根本的な解決には至らない。
悪趣味な実験を繰り返す大元、私達を取り巻く騒動全ての元凶である『スバヤ生体工学研究所』の所在さえ割れれば……私達の侵攻能力をフルで発揮し、直接ぶん殴りに行くことも可能なのだろう。
……まぁ、とはいえ奴らの本拠点である。守りは相応に堅いだろうし、他の特務制御体の幾らかも配備されていることだろう。……単独強襲など、さすがに危険が過ぎる。
今の私達は、もう一人ぼっちじゃないのだ。私のことを心配してくれるひとが大勢いるのだ、たとえ『帝国憎し』を滾らせていたとて、自殺の真似事などはするまい。
とはいえ、大雑把にでも場所を絞り込めれば、色々と打てる手はある。敵国に工作員を潜り込ませるのは、なにも帝国の専売特許というわけではないのだ。
そうやって軍部が『現地』を探って得た情報を、私達は『取引』で入手する。当然そのために私達も軍部への協力は惜しまないし、あの手この手で良い関係を継続していきたい。
……今回の事情聴取も、貢献のひとつとして計上できるかもしれない。なおのこと気合が入るというものだ。
「…………入国、経路……たしか、海を経由しました。……イードクア神聖帝国、から……ロイカーウ共和国へ。機動船に乗って、海を進んで……クリョージで、ヨツヤーエに入りました」
「…………申し訳ないデス、検査官殿。ワタシはヨツヤーエの地理に疎くてデスね……」
「いえ、大丈夫です技術顧問殿。……それにしても、やはりロイカーウ経由でしたか。まぁ、国境付近は主戦場ですからね。直接越えて来ることは無いだろうと思ってましたが……なるほど」
「クリョージ港は海の玄関口ですからねぇ……船の全て、乗客の全てに目を光らせるとなると……さすがに骨が折れそうです」
「…………あっ、あのっ……潜伏拠点、所在……大まか、ですが……覚えています」
「「「………………」」」
思わず、といった感じで顔を見合わせる、ヨツヤーエ連邦国の亡命検査官と警備隊員と諜報部隊員。……いや、たとえ大まかだろうと敵拠点のエリアを絞り込めれば、大助かりだろう。
潜入工作員の拠点に、しかも直近で実際に立ち入った者ともなれば、その情報の価値は極めて高い。人員規模や出入り頻度、拠点内の空気や工作員らの雰囲気など、些細なことでも様々な背景を窺い知る材料となり得るのだ。
そんな情報の数々を、暫定呼称プラヴァさんは遠慮することなく吐き出していく。……どうやら、これまで自由を脅かし続けていた『自爆装置』の消失を、ようやく事実として受け入れられたらしい。
指揮役が握っていた発信装置は、私達の『魔法』で動作不良に追い込んだ上で粉々に壊した。また彼女の首に掛けられていた爆弾付きの首輪も、バッチリしっかり除去済である。
これでもう……彼女がどんなに叛意を抱いても、どんなに重要機密を漏らしたとしても、外部から止める手段など存在しない。
連邦国に鞍替えすることまでは、べつに強制しないけれど……彼女が自由の身となったことは、確かなのだ。
「…………アー、ちなみにデスが……プラヴァ嬢?」
「はい。……なんでしょう……か?」
「その……『スバヤ生体工学研究所』と申しマシタか? プラヴァ嬢や、他の被検体に『処置』を行う施設……その所在は、まさかご存知では……なさそう、デスよ……ね?」
「えっ、と…………たぶん、わかります。……地図、ありますか? イードクア帝国の……」
「………………まことデスか」
「はい。……わたしたちは、情報を『持ち帰る』のが目的、ですので……記憶力、少しですが、強化されてます……から」
(マジですか)
――――すげーですわ。
(でも帝国はぁー?)
――――さいてーですわ。
(イェーイ)
――――へーい。
まさかの方向から、私達の暫定『いつか絶対に◯す』目標である『スバヤ生体工学研究所』の所在が(ほぼ)割れたわけだが……とはいえしかし、すぐに行動を起こすことは難しいだろう。
指し示された地点は、やはりというか帝国の内陸部。ヨツヤーエ連邦国との国境(というか戦線)からは、そこそこ以上に距離がある。
直接叩こうと思えば、それこそICBMクラスの代物が必要だろうが……正確な方位や距離を測定する機器も、高度な計算機も(知る限りでは)無いだろうし、そもそも飛ばすモノ自体が存在しない。
……それに、未だ現地に囚われているであろう被検体の命さえも、纏めて吹き飛ばすことになってしまう。やはり『ナシ』だろう。
(どうしようね……最終的には、やっぱ強行侵入?)
――――うーん……前に、帝国陸軍が攻めてきたときあるじゃん? シスと……あーんや、【X−7Ax】と【A−8Sk】が出てきたの。
(うん? うん。それが何…………あっ、もしかして……で、でもそれじゃ――)
――――たぶんだけど、アウラも……あとシスも、ファオとおんなじ考えすると思うよ。あの子たちはいい子だし、やさしいし。
(………………もし、ふたりの協力が得られるなら……アウラの【広域隠蔽】と、【エルト・カルディア】の魔法拡張デバイスと……あと、人員輸送キャビンが使えるなら……)
――――やりやすくは、なるんじゃないかな? なんていうか、いろいろと。
事情聴取そのものは、ふたたび『クリョージ港』の話に戻っている。……まあ私達はまだしも、連邦国軍からしたら工作員の侵入経路のほうが重要だろう。
プラヴァさん(暫定呼称)の協力のお陰で、良からぬことを企む帝国の奴らを一網打尽にできそうとあって、軍部から来られた方々も心なしか嬉しそうだ。
そちらのほうは、軍部の方々とプラヴァさん(暫定呼称)にまるっとお任せするとして。
私はお話の邪魔をしないようにおとなしく、かつお行儀よくしつつ、テアとふたりで脳内会議を繰り広げながら、極秘作戦のプランをしこしこと立てていたのであって。
そのとき、私達のすぐ隣で、マノシアさんが思い詰めたような表情をしていたことに……気付くことは無かったのです。
『ンン? コレは……マノシアからカ? ……珍しいネ、何か問題でもあたネ? ファオと仲良くしてるカ?』
「トゥリオ、目標施設の……『スバヤ生体工学研究所』の所在、判明したデスよ」
『………………』
「………………」
『……アの現在位置ネ、ちなみにアーカンデー地方のチゲーゼ近郊ヨ。……位置関係は、どうネ?』
「それは非常に残念デスね。……件の施設、どうやらオクノー地方のようでして」
『アアー!! ほんっ、モウ…………仕方無いネ、とりあえず転進するヨ。……マァ、所在が割れたは素直に助かるネ。このまま偵察を――』
「それと、もう一点。…………ファオ様が……恐らく、動こうとしていマス」
『……………………』
「……………………」
『急ぎフィーデスに【リヨサガーラ】を受け取らせるヨ。ファオらが動いてしまう前に、アエらも可能な限り備えるネ』
「…………では、それとなくファオ様の気を逸らし、行動を遅らせ――」
『ソレは悪手ヨ、マノシア。時間が経つ程に犠牲が増える、アエらもファオも理解してるヨ。……邪魔をスルは新しい犠牲に繋がる、また邪魔スルが露見したらファオの印象サイアクなるネ。むしろ準備整えるを後押しすべきヨ』
「…………なるほど。失礼しマシた、【黎明郷副兵団長】」
『コチラこそ、偉そうに済まないネ。……取り敢えず、アのほうでもフィーデスと調整スルヨ。マノシアはファオを補助して……【リヨサガーラ】の移送、準備を進めてホシイネ』
「わかりましたデス。……トゥリオは、どうするデスか?」
『急ぎオクノー方面に向かテ、現地を偵察しておくネ。……愉快な道連れも居るし、賑やかな道中ヨ』
――はー!? アは別に愉快と違うネ! 横暴ヨ!
――やかましいネ! こうナてるもヤウが渡した魔法が原因のひとつヨ! 責任取るネ!
――そんなコト言われても! アは『生まれつき虚弱で死を待つばかりのヒトを救うため』聞いたヨ! こんな使われ方サレる知てたら、渡すワケなんて無いネ!
――だーからビオが挽回スルためにセカセカ働いて貰てるネ! ホラホラ、いいから黙て走る! 目指すはオクノー地方ヨ!
――ハチャメチャに遠いヨ!? 殺す気ネ!?
「…………ソチラはお任せしマスね?」
『ウム。任されるヨ。……マノシアも、あの子らを引き続き頼むネ』
「承知しマシた。……どうか、ご無事で」




