086.今こそ全てを暴力で解決しよう
※ 注意! ※
一部に残酷な表現、或いは
不快感を与える可能性のある表現を含みます。
私達が亡命したヨツヤーエ連邦国の首都、裏路地の人けの少ない某所にて……愉快な休日に、怪しげな密会を目撃してしまった私達。
密談を盗み見ることに夢中になっていた私達は……まあ、べつに背後から近づく奴らの仲間もいないし、薬を飲まされ身体が縮んでしまうようなことも起こらないわけだけど。
とはいえさすがに、これを『見なかったことにする』わけには行かないだろう。
こちらに向けられている意識のベクトルが感じ取れないこと、つまりは私自身が完全に隠れられていることを確認した上で、少しでも情報を集めるべく耳をそばだてる。
奴らによって強化手術を施されたこの身体であれば、聴覚の感度も常人とは比較にならない。それに加えて私の『魔法』を応用すれば……その『内緒話』にどんな『感情』が込められているか、それさえも丸裸にしてのける。
…………そう、丸裸にしてしまえるのだ。
まるはだかに、してしまえるのだ!
――――それ、言いたいだけなんでしょ? ファオの変態。えっち。
(実際に口に出してないからセーフってことで……いや『口に出す』ってえっちじゃない?)
――――ちょっとなにをゆってるのかわたしはわからないですね。
(やだあドライな反応やあだあ)
高度な隠形技術と鋭敏な感覚とを備えた私と、高度な情報処理能力を備えたテア。ふたりが合わされば諜報員の真似事だって、ご覧のようにできてしまう。
仮に、私自身で『隠蔽』の魔法を使えていたら……本当まじで完ぺきな諜報員というか、潜入捜査員としておシゴトできてしまいそうだ。フィーデスさんとか『隠蔽』魔法教えてくれないかな。
相棒と気の抜けたやり取りを行いながら、しかし聴覚と『魔法』はお仕事を続ける。……どうやら私達の選択ならびに予想していたことは、どちらも残念ながら間違ってなさそうだ。
実際に……今こうしている間にも、私達の目の前(※厳密には角の向こう)で繰り広げられている、密談。
その内容もさることながら、こうして揃っている状況そのものは……まぁ、なかなかに笑えないものだった。
……軽口でもたたかなきゃ、やってられないって状況である。
「……好機であることには変わり無いだろう。あの忌々しい脱走兵……『白紙頭』も、どうやら今は不在らしい」
「本当に正確な情報なんだろうな? 潜蟲ごときの目で『色』など判別出来んのか?」
「以前、潜らせていた潜蟲を潰されたこともあっただろ。……アイツ、本当に大丈夫なんだろうな?」
「………………『蟲遣い』ではなく、敵軍に潜ませた『草』からの情報だ。……事実、市街地方面からも報告が多数上がっている。件の『白紙頭』が呑気にお出かけ中だ、とな」
「じゃぁ確かな情報か。んで厄介者が居ないうちにコレを投入する、と。…………オイ聞いてんのか? 返事はどうした『番外』」
「っ!! …………は……はぃ、っ」
(…………テア、あれって……やっぱ、そういうこと?)
――――んん…………そう、だね。…………あれも、たぶん……本質的には、変わらない。
(…………移した割合が、よっぽど少ないのか。……生身のほうも、そんなに削れてる感じはしないね)
――――そうだね、かみのけも色抜けてないし、わたしたちよりは軽症だとおもう。……まあ、だからといって――
(あいつらの罪が軽くなることなんて……全然、まったく、これっぽっちも無いんだけどね)
――――そうだね。
周囲一般人の視線から隠れるように、怪しげで物騒な話をしているのは……いずれも敵国イードクア所属であろう、大小合わせて六つの人影。
長身の一人が司令塔のような立ち位置で、その補佐というか取り巻きというか、粗野な言動が見え隠れする長身の男が二人。
そして……小柄な三つの人影のうち、一つはビクビクとその身を竦ませ、残る二つは全くもって微動だにしない。
もし仮に、奴らの姿を一般人が見たところで、せいぜいが『少し怪しい』程度の感想しか抱かないだろう。しかしながら私達の感覚器官には、奴らの『異常さ』がハッキリと映っている。
また同時に……奴らがこれから何を企んでいるのかも、その大筋は推測できてしまっている。
そして誠に、心から残念なことに……救いようのない程に下劣なイードクア帝国の工作員は、私達の期待を裏切らない。
「では……現時刻を以て、状況を開始。『番外』は制御を始めろ。起動後当該目標施設へ強行侵入……然る後、【4Tr】ならびに保全施設の悉くを巻き込み、自壊せよ」
「っ! はっ、は……っ、…………うぅゥ、っ」
「ンな固くなるなって、やめろよ泣くの。まるで俺らがイジメてるみてぇじゃん?」
「そうそう。良いじゃねぇか、たかが人形ふたつ自爆するだけだろ? どうせ『番外』が死ぬわけじゃ無ぇんだし」
「口を慎め。……何者かに聞かれたら面倒だ」
――――そうだよね。まぁ――
「手遅れ、だけど」
「――――は? 何オ゛、ッ!?」
戦闘用に『魔法』を展開し直し、奇襲によってガラの悪い一人を速攻で無力化、砕くつもりで延髄を思いっきり蹴り抜く。
全身麻痺の後遺症が残るかもしれないが、だから何だというのだ。たとえコイツが死んだとしても、私達は全く気に病んだりはしないだろう。
この時点で司令役がなんとか反応を見せるが、しかしそれでも遅すぎる。こちらも遠慮なく砕くつもりで相手の右肘を蹴り上げ、利き手だろう片腕の機能を奪う。
さすがに折れ飛びはしていないが、まず間違いなく肘は砕いた。……これで『起爆』装置を使われる危険も、とりあえずは凌げたと見ていいだろう。
――――『ハッキング』は任せて。起爆装置は最優先で殺す。
(お願い)
心配ごとは相棒に任せて、私は残る一人を壊しに掛かる。ガラと見た目と性根は最悪でも、敵地へ直接乗り込む大役を任されるだけはあるのだろう。さすがに武器を抜き臨戦態勢を取るなど反応してみせるが、そんなオモチャで強化人間が制圧できるわけがない。
私目掛けて勢いよく突き出されたナイフ、控えめに言って殺す気マンマンな凶器を《《左手で受け止め》》、必殺の攻撃を無力化する。特殊部隊仕様の艶消しナイフは私の《《左手》》に深々と突き立ったが、しかし《《それだけ》》だ。
「なァ……ッ!!?」
(っ、ンの野郎!)
予想外の事態に硬直し、間抜けにも開いた脚の間目掛けて右脚を振り上げ、男の最大の急所を容赦なく蹴り潰す。……何かが弾けたような感触をつま先に感じたが、まぁ所詮は些事だろう。
そのまま左脚一本で跳ね上がり、上半身を思いっきり捻って一回転。目と口を限界まで見開き硬直している男のこめかみへ左の踵を叩き込み、石造りの壁へと叩き付ける。
咄嗟のこととはいえ……私に優しくしてくれたこの国が、私のためだけに用立ててくれた『左手』をキズモノにしやがったのだ。粗末な玉の一つや二つ、潰されても仕方あるまい。
――――できたよ。戦闘義眼ほど複雑じゃなかった。
(普及型の首輪爆弾だろうね。何のひねりも無い)
一人は速攻で意識を刈り飛ばし、一人は片腕をブチ壊し、一人は《《男性》》を破壊ついでに気絶させる。……まぁ誰か死んだかもしれないけど、そこは知らない。
およそ5秒そこらで、とりあえずイードクア帝国工作員どもの無力化を達成。司令役の一人は生かしたままだが、他二人は泡を吹いているし、とても動けるとは思えない。
私の正体に思い至ったのであろう、憎らしげに顔を歪めた司令役……あいつがこの状況を打開するとなれば、取れる選択肢は多くない。
取り巻き二人は生死不明、そして自身は片手を壊され、生身では到底勝てぬであろう相手を目の前にすれば。
「『番外』! ソイツを殺せ!!」
「ぁ…………っ、」
しかしながら実際のところは、打開できる可能性など存在しない。
残された小柄な三人……いや、一人と二体。現状得られた情報から推し測れる運用コンセプトからして、私のような『単独での戦闘技能を追求したモデル』に敵うはずがない。
それっぽく立ち回りながら、可能な限り優しく地面へと押し倒し、組み伏せ……そこで案の定というか、残った左手で起爆装置だったものを拾った司令役の、勝ちを確信した間抜けな顔と目線が合う。
「死ねッ!! 祖国に仇為すゴミ屑が!!」
「――――ッ!!!!」
私に押し倒されたままの『番外』は、司令役が起爆装置だったものを起動したのを認識し……声にならない悲鳴を上げ、訪れるだろう凄惨な死に怯え、その身を固くすることしかできない。
倒れ伏したままの『番外』と、付近に立ち竦む二体の人形……三箇所に仕掛けられた爆弾が一気に炸裂すれば、もちろん私とて無傷じゃ済むまい。
しかしながら当然、この距離では起爆した司令役も爆発に巻き込まれ消し飛ぶわけで。自身の犠牲を顧みない意識の高さには畏れ入るが、巻き込まれる側はたまったものじゃない。そんなに死にたいなら一人で勝手に死んでほしい。
……いや、死なれちゃ困るな。ほか二人が死んだかもしれない現状、コレは唯一残った『喋れる』情報源の可能性が高い。
こんなでもそれなりの役目を与えられた工作員だ、重要な情報源となるだろう。
(あーもー…………テアごめん、緊急通報)
――――ほんとに、いいの? たのしい週末、おわっちゃうよ?
(……………………)
――――………………。
(……………………………………しかたないよ)
――――めっちゃ悩んだよね?
自決の覚悟の上で起爆したはずの爆弾が、何一つとして起爆しなかったことに呆然とした司令役は……つかつかと近づく私にこれっぽっちも反応できないまま、荒っぽく地面へと引き倒される。
利き腕を壊され、マウントポジションを取られたとあっては、いくら私が小柄であろうと拘束を逃れることは不可能だろう。
あとはこのまま、貴重な情報源であるコイツに自害されないよう拘束した上で、首都警邏隊の到着を待てば良いだけだ。
まー……私のような可愛い子に座ってもらって、もしかしたら下着も拝めて、しかも口に手を突っ込んで舌引っ張ってもらえてるんだぞ。役得というやつだろうが。羨ましいなちくしょうめ。
こちとら……どっかの誰かさんのせいで、この後に待ち構えてる事情聴取やら後始末のせいで、ずーっと楽しみにしてたひとりえっち計画をぶち壊されたっていうのに、ね!!!
絶対に許さんからな、もうホントマジで許さんぞイードクア帝国!!!
※残酷な表現(オメガクラッシャー)




