082.やりたいこととできること
みんなひどい。大勢で寄ってたかって【グラウコス】に、そしてそれを操っていた私にひどいこと言うなんて、なんてひどい。
そりゃ確かに【アラウダ】はカッコいいし、何度負けてもめげずに立ち上がるイーダミフくんは応援したくもなるだろう。
それに自国と敵国の機甲鎧が戦っていたら、自国のほうを応援したくなるのも……まあ、心理としては当然なのだろう。
だからといって、皆が皆そっちばかりを応援しなくてもいいじゃないか。
この場にいる『手枷付き』ってことは連邦国軍の一員なのであり、つまりこの【グラウコス】とて敵軍じゃないんだし、ちょっとくらい応援してくれてもいいじゃないか。
精神的にボコボコにされた私がそう言いたいのを我慢しながら、【グラウコス】からひょっこり顔を出して無言のアピールをしたときの……あのなんともいえない空気といったら。
試合の熱に浮かされていたらしい一般観覧客(※身内を除く)たちが、ぷくぷくに膨らんだ私のほっぺを見て何かを察し、気まずそうに目を逸らしたときの……あのいたたまれない空気といったら。
(ふーんだ。いいもんね、模擬戦は私が勝ったもんね。イーダくんバシバシしてやったもんね)
――――あーあ……見物客のひとたち、かわいそうに。めっちゃ複雑な表情しちゃってるじゃん。
(特務開発課のみんなは完全に『苦笑』だけどね、あとから来たひとたちは……【グラウコス】の搭乗者が私だって、知らなかったっぽいね)
――――知ってたらファオにも声援来たはずだもんね。愛され天使だもん。
(うわなにそれ恥っず)
ともあれ当初の予定通り……いやそれ以上の成果をもって、機甲鎧による近接格闘模擬戦闘は幕を閉じた。
イーダミフくんもエーヤ先輩も、これで闘争本能に火がついたことだろう。私からの業務指示と思って、今後も鍛錬に励んでほしい。
副次効果として……見物客の方々の間から『なんや剣術する機甲鎧かっこええやん』な空気が出てくれたりすれば、尚のこと万々歳である。
我々の預りとなった2機の【アラウダ】も、私が制御していた【グラウコス】も、そして審判を務めたマノシアさんの【リヨサガーラ】も、意気揚々と格納庫内へと帰っていき……それと併せて、どこからともなく集まってきていた観覧者たちもどこぞへと帰っていった。
すぐ引っ込むなら操縦席から顔を出す必要なかったじゃん、と言われそうだけど……そりゃ私だって、応援してくれなかった恨みをアピールしたいもんな。無言の抵抗ってやつだよ。
どうせお仕事サボって来てたんでしょ。ふーんだ、上司にしこたま怒られてほしい。
――――うわ〜〜私怨だ〜〜。
(そんなことはないですし?)
お祭り騒ぎも終息し、日常を取り戻した格納庫内。最初は私達【グリフュス】だけだったここも、随分と賑やかになったものだ。
……まあでも【リヨサガーラ】3機に関しては、間もなく輸出される見込みである。それ以降の量産に関しては新たに提携した工廠区で行われるらしいので、この密度も一時的なものだろう。
私達は【リヨサガーラ】の生産に追われることなく、レーザーソード計画と……何よりも『交易連隊』の運営に専念できるというわけだな。
機体や機材がそれぞれ治具に固定され、点検が始まっていくさなか、私は借りていた【グラウコス】をマノシアさんへと返却する。
確かに型遅れではあるし、全体的に『重い』感じはするけれど、なかなか素直で『良い子』だったので……機会があれば、ぜひまたお借りしてみたいところである。
「えっと、えっと……それで、フィーデスさんたちからは、何か連絡ありました、か?」
「……いえ、まだそのときではないようデス。……しかしながら計画は問題無く進行中であると、トゥリオから連絡が入っていました」
差し当たっては先んじて抱えているタスクを処理し、身軽になっておくべきだろう。納品予定の品物は無事に仕上がったので、そろそろお届けに向かいたいところではあるのだが。
残念なことに……フィーデスさんは現在お忙しいらしく、【リヨサガーラ】受け渡しの段取りが相談できなさそうなのだという。
……いやまあ、そんなことを直接相談できる魔法、ほんとすごいんだが。
「ほへぇ…………キャストラム、から、ここ……こんなに遠いのに、通信飛ばせるの、すごい……どうやってる、です、か?」
「……そうデスねー…………とりあえず私達『シャウヤ』は、基本的に角が魔法を扱う要なのデスよ。シャウヤが角に溜め込む魔力は、一人ひとり『色』が異なるので、トゥリオは私の魔力の色をした角の反応目掛けて……うむむ、言葉で説明するは難しいデスね。私の所在目掛けて私用の周波数で、自分の『言葉』を【転送】する……といった感じでしょうか?」
「ぽぇ…………転送、魔法……そんな、いろんな、送れる……ですか?」
「えぇ、まぁ……基本的には『術者』の目の前と『マーカー』間のみではありマスので、なかなか小回りは利きませんが……生命体以外であれば、物質から構造物から、果ては音や声なんかの『実体の無い』モノ……まで…………?」
「………………? マノシア、さん?」
シスとアウラが調整担当のひとと言葉を交わしているかわいい声や、エーヤ先輩とイーダミフくんが積極的に意見交換している声が、遠くから響いてくる格納庫内。
私に『転送魔法』の概要を説明してくれていたマノシアさんだったが、突如として黙り込み、なにやら熟考し始めてしまう。
「……動力機関を搭載……可能な限り小型化…………いや、動力を別のユニットに……動力を【転送】させ……」
「ま、マノシア、さん……?」
「……っ、あぁ……失礼しました、ファオ様。…………えー、そうデスね。フィーデスの心配事も近々落ち着くと思われマスので、こちらも『輸出』の準備を始めておくべきかと」
「? ……? う、うゆ……わかりま、したっ」
『納品』に関連する大雑把な動きとしては……準備の整った【リヨサガーラ】3機はエルマお姉さまたちに制御してもらい、皆で連れ立って空から『キャストラム』を目指し、フィーデスさんたちに製品を納入。エルマお姉さまたちは【エルト・カルディア】で回収し、帰投する。……こんな感じだろうか。
最初は幼いシスやアウラや、あと私が出先で疲れないようにと整えてもらったキャビンだったが……シャウヤの方々を運んだり滞在施設になったり観覧席になったりと、技術部が思っていた以上の大活躍である。
やはり特務開発課はとても優秀な人材が揃っているのだと嬉しくなるとともに、そもそもの切っ掛けであるアウラやシスが居てくれてよかったと思うし、彼女たちを味方に引き入れられたことは本当に幸運だったと思う。
ただ……やはりそのことを思うと、助けられていない姉妹たちのことが、どうしても脳裏をよぎってしまう。
もちろん、叶うことなら全員助け出してしまいたいところなのだが……なかなかどうして、やっぱり色々と難しいだろう。
まずもって彼女らの所在もわからない上に、仮に接触できたところで逃走抑止の義眼爆弾が厄介なのだ。私達の『ハッキング』の魔法とて有効距離は限られるし、戦闘状態に陥ってしまえば『ハッキング』は絶望的だ。
……やはり、不可能。何度検証してみても、業腹だが勝ちの筋が見えてこない。
私達の持っている手札では……残念ながら、いい方法は見つからない。
「…………というわけなので、ファオ様たちは暫しお休み下さい。私は少し思いついたコトがありマスので、技術班の所に行って来るデスよ」
「ふぇ、へぅ? ほぁ…………あっ、あっ、は、はいっ。わかりまし、たっ。……おつかれさま、です」
「はい。お疲れ様デス」
まあ、今いろいろと考えたところで仕方ない。相棒の演算処理能力を用いて、繰り返し繰り返し試算した結果が『不可能』なのだ。
現状としては手詰まりであり、それは変わることがない。……このことは、今の私達ではどうこうできる問題じゃない。
それよりも今は……今の私達にできることを、真面目にがんばってこなしていく。
それはたとえば、直近でいえば『シャウヤへの納品と交易を成功させる』ことだし、中長期的で見れば『優秀な成績を残して学校を卒業する』ことだし……そうして時間が経つとともに、新しく見えてくる解決策もあるのだろう。
――急がば、回れ。
私が本当に『やりたいこと』を成し遂げるためには……ときには立ち止まって、まずは足元を固めることを優先すべきなのだ。
『…………サテ、ひと通り『尋問』は終えたヨ。皆非常に協力的だたネ』
「お疲れ様ヨ、【黎明郷副兵団長】。心から感謝するネ。……ソレで、結果は?」
『なんとビックリ、三人とも『シロ』だたヨ。【真眼】にも曇りは無かたネ、証言の偽りというワケでも無さそうヨ』
「…………それは、朗報ネ。……アとてさすがに同胞とはヤり合いたくナイヨ」
『ソレにはアも同意ネ。……あぁソレと、『ビオロギウス』と『ミーリテリス』に協力を取り付けたヨ。ファオの身体のコトを教えたら、二人とも酷く憤慨してたネ。そのままイロウアの中で探てクレるなたヨ。例の『処置』が行われてイル場所を掴めれば、色々と対策も練りヤスイネ』
「ソレは助かる……けど、あまり無理はしないヨ。イロウアに勘付かれたら、色々と面倒ネ」
『心得てるネ。フィーデスこそ、イロウアの交渉人相手にボロ出すでナイヨ』
「それヨ。…………ハァ、全く……今から気が重いネ」