059.全権大使歓待役の強化人間少女です
さてさて……ここいらで改めて、私達が帯同した『第二十七期ヨーベヤ特別資源回収遠征行軍』について、軽く振り返ってみようと思う。
初日。これはちゃんとばっちり、遠征キャラバンの皆さんと一緒に行動できた。
早朝に首都シュトを出立して、その日の夜にエマーテ砦へと到着するまでの間、私達は空からキャラバンの安全をしっかり守っていたのだ。
そして二日目。前日夜のおたのし……もとい、シスとアウラの同衾によって寝不足の私だったが、深部調査班である1番隊に帯同して【要塞種】の探索に大活躍。
しかし私の不調を見抜かれ、ドクターならぬコマンダーストップを下されてしまい……その後は本隊護衛班である2番隊と合流し、キャラバンの護衛にあたった(という体でテアに機体制御を任せて仮眠を取っていた)。
……その際、テアが行った超広範囲走査によって、大森林の深部に『気になる反応』を捕捉。
仮眠から戻った私が、アウラにたいへんなことをしながらも局地走査を敢行し……いちおうの確信を得るに至った。
そうして私達は、偶然手に入れた情報の信憑性を高めるとの目的のもと、遠征行軍の総責任者であるハンダーン大佐へと対処を相談。
バッチリ許可を得て、意気揚々と深部調査に乗り出したのが……今朝のことだ。
「……チョト待つヨ、なぜトゥリオが上を取てイルネ。同行者の分際でアの上に居座るとは生意気にも程がアルヨ」
「コッチの台詞ネ。行き遅れの交渉人ヨリ副兵団長たるアのほうが立場は上ネ」
「あっ、えっと、えっと…………二段ベッド、ふたつある、ので……ねっ? 上がふたり、ねっ?」
「ファオの気遣いに感謝スルヨ、怠慢女」
「そっくりそのまま返すネ、強欲女」
「も、もおーー! もおーー!」
そんなこんなで、仲の良いこちらフィーデスさんとトゥリオさん。当初は日帰りでお送りするつもりだったのだが……この野営地ならびに連邦国と、なにより【エルト・カルディア】への興味が増していたようで、なんと出張滞在を延ばしてくれることとなった。
より具体的に言うと……試作機である【エルト・カルディア】の製造元である『特務開発課』に興味を抱き、なんと『見てみたい』と言い出してくれちゃったわけで。
更に言うと……このお二人、特にトゥリオさんは拠点とその周辺以遠には滅多に出向かないらしく、ヨーベヤ大森林から出ることも稀だといい。
そんな経緯もあってか……「せっかくならファオの国を見てみたいネ」「取引相手の国をよく知るは必要ヨ」「心配ナイネ、ちゃーんとお礼スルヨ」なんて言い出しまして。
そしてなんと……ハンダーン大佐はその要望に、全面的な支持を表明してしまったわけで。
かくして、ほかでもない我々『チーム:ファオとかわいい仲間たち』が、シャウヤのお二人をシュトへとお連れする栄誉を賜ることとなり。
明日の移動に備え、シャウヤからのお客様であるおふたりは、我らが移動拠点【エルト・カルディア】にご滞在なされることとなったのだ。
――――お客さんがお泊り、かぁ。おかたづけしといて良かったね。
(うん……まぁ、元々そんなやばいもんは散らかしてないんだけど)
――――整えてくれたの、シスかな? ちゃんとほめてあげてね。
(それはもちろん)
……いや、こうなった理由はわからなくもない。シャウヤの方々の身体的特徴からして、エマーテ砦内の宿泊施設なんかは使えないだろう。一般の方々が大騒ぎすることは目に見えている。
かといって野営地に滞在して頂こうにも、寝床は基本的に仮設テントであるわけで……その点ウチであれば、まぁ確かに造りも防備も防音もしっかりしてるからな。ある意味では適役なのだろう。
それに何より、ほかでもないフィーデスさんたってのご希望なのだ。私達としても彼女らの機嫌は損ねたくないし……純粋に、良い関係を築いていきたい。
「……大森林を抜けるは、結構大変ヨ。【隠蔽】をずーと纏て歩いて進む、純粋に疲れるネ。インサクタやベスティアは油断するとケガするし、夜の間も【隠蔽】維持の必要アルヨ。……イロウアの空飛ぶエメト、ずーと羨ましカタネ」
「だーからアは言うたヨ、ちゃーんと『空飛ぶエメト』を要求すれば良カタネ。飛べないエメトで取引結んだフィーデスが悪いカタヨ」
「『飛べる』と『飛べない』がアルは知らなカタヨ! ちゃーんと説明しないイロウアは不誠実ネ! ……その点、アノ【マムートス】の『飛べない』をちゃーんと教えたハンダーンは、やぱ誠実ヨ。アレはアレでホシイが、アエらがホントにホシイは『空飛ぶ』ヤツネ」
「……そーネ。実際『飛べるエメト』はとてもズルイヨ、それにイロウアのヤツはケチだから乗せてくれナイネ。大森林を歩いて抜けルは、トテモ面倒ヨ。イロウアに行たは良いが、戻ルが面倒すぎて居を据えたヤツも居ルくらいヨ」
「あっ、は、はぅ……なる、ほど……」
――――なるほど……つまり帝国との取引って、かなり限定的みたいだね。
(飛行可能で、かつ他のひととか、大量のものを運べる機甲鎧が無い。……一度にたくさん運べない、ってこと?)
――――たぶんそう。帝国の【フェレクロス】も【アルカトオス】もひとり乗りだし、運べるとしてもせいぜいコンテナいっこくらいじゃない?
(飛行可能じゃない輸送手段……は、無いか)
――――うん、ないとおもう。地上は【魔物】いっぱいだし、夜を明かすのは危険だろうし、あと帝国がわには川もあるし。
(つまり……これ、めっちゃ強みなのでは?)
――――そう思うよ。……飛べる輸送型の機甲鎧が準備できれば、だけど。
(そこだよなー)
生活の大半……というかほぼ全てを、地下拠点『キャストラム』で完結させられるシャウヤの方々にとっては、そもそもヨーベヤ大森林から出る必要そのものが薄いようだ。
しかしながら交渉人であるフィーデスさんなど、何かしらの目的をもって大森林を突破する必要がある者も居るようで……そんな方々にとって【エルト・カルディア】は、さぞ魅力的に映ったことだろう。
……ううむ、どうやらかなり本気度は高いようだ。なんならハンダーン大佐も興味を示していたくらいだもんな。兵站輜重部門のえらいひとって言ってたもんな。
――――注文いっぱい来ちゃうかも?
(どういう扱いになるんだろ。販売店とかじゃないもんなぁ、特務開発課……)
さすがに、昨日今日でどうこう出来るわけは無いだろうが……特務実験課には既に『輸出用モデル』の設計を打診している。やはり自由に使える長距離通信の利便性はすさまじい。
移動拠点としての性能に特化させた【エルト・カルディア】は、主機の移設によって空いた背部スペースに高性能の通信魔道具が搭載されているのだ。魔力オバケの我々『特務制御体』であれば、自由自在に通信魔法を行使できる。とてもべんりだ。
通信を受けた技術主任は、怒涛の展開に言葉を失っていたが……すぐに立ち直ると興奮した様子で「直ちに設計班を掻き集めます!」と動いてくれた。
幸いというか、下半身となる六脚輸送機材そのものは連邦国軍にありふれたものだし、上半身においても既存の機構鎧を転用することは(たぶん)可能だろうとのこと。
また、その転用によって不足が生じた空戦型機甲鎧の追加配備に関して。
最大の懸念である浮遊機関の確保にあたっては……シャウヤ側から輸入できる素材があれば、なんと自国生産が叶う可能性が高いのだとか。
そのあたりの検証を、現在各方面の技術部署を巻き込んで行ってくれているようなので……明日、私達がお客様をお連れして伺うくらいには、何かしらの説明が受けられるのではないだろうか。
……楽しみではあるんだけど、みんなちゃんと寝れてるのだろうか。みんながお休みを取れるように、責任者の私がきちんと相談しておかないと。
そのためにも。明日は特務実験課の責任者として、ちゃんとカッコよく説明とかお話するためにも、今晩はしっかりばっちり休養をとらなきゃならないのだ。
……不幸中の幸い、というのはかわいそうだが……お客様がお見えになられたこともあってか、シスもアウラも「ひとりでお休みできます」と言ってくれた。シスはまた後日あらためて、ちゃんといっしょに寝てあげよう。
「えっと、えっと……でんき、あっ、いえ……明かり、けし、ますっ」
「わかたヨ。おやすみネ」
「世話になるネ」
フィーデスさんたちとの邂逅によって、色々と予定外の事態が舞い込んで来たのにはびっくりしたが……しかしこれは、確実に良い変化であるはずなのだ。
シャウヤとヨツヤーエ連邦国が、いい取引が出来るように。そして個人的にも良い関係を築けるように。私はハンダーン大佐どのに任されたお役目を、精いっぱいこなしてみせよう。
……うん、明日もがんばろう。むにゃむにゃ。
「…………そういえば、大事なこと良い忘れてたネ。ファオ嬢ヨ」
「ほぇ? な、なん、です、か?」
「!!? ちょ、ちょっ……トゥリオ、落ち着くヨ。チョト待つネ」
明かりの落とされたキャビンの中、いきなり発せられたトゥリオさんの言葉。
何かを告げようとしているその雰囲気に、何故か焦ったような声を上げるフィーデスさん。
押し寄せるねむみと戦うさなかの、ぽやぽやした私の頭に届けられたのは。
「アも注意するし、大丈夫思うケド……ファオ嬢、寝相は良いほうネ?」
「うん?…………たぶん、はい」
「……ウン。ならイイヨ。……寝ボケて脱ぐは駄目ヨ。無防備なカッコ曝すは、あまりオススメしないネ。覚えとくヨ」
「…………う? ……えっと、はい」
「アゥァアァ……」
――――あらあ。
(……えっ? ………………エッ!?)
何か言いたげなトゥリオさんの発言と、心なしか『ほっ』としたような雰囲気のフィーデスさん。
それって、つまり、あの……フィーデスさんは、もしかして『そういうこと』なのだろうか。
予想外というか、ギャップもえというか……まぁ、とにかく。
私の思考を悶々とさせ、睡眠時間を奪い去るには、それはあまりにも充分すぎる爆弾発言であった。