004.飛んで火に入る異世界の蟲
――――幸い、とは表現するべきじゃないのだろうが。
私の立てた短期目標である『この拠点の人々に気に入られるよう媚を売る』作戦の遂行にあたり、私達は間もなく絶好の機会を得ることとなった。
そも、この世界……命の価値が極めて低い鉄血の世界には、ヒトにとっての明確な『脅威』が存在する。
元を辿れば、私達のような機甲鎧――魔力機関によって動く巨大ロボット――関連技術の発展に関しても、本来はその『脅威』に抗うために培われてきたものである……らしい。
人々の生活圏を守るために発展してきた武器が、国どうしの戦争に投じられるようになってしまったのは……まぁ残念ではあるが、至極当然の帰結だったのだろう。
機甲鎧が振るう戦闘能力とは、それ程までに絶大なものであり。
また……その一騎当千の武力をもってして相対せねばならない程に、その『脅威』は強大な存在なのだという。
曲面主体の重厚な鎧で全身を覆い、歩兵の持つ兵機の殆どを弾き返し、自重の数十倍はあろうかという重量物さえ投げ飛ばし、鋭利な爪や牙は鋼鉄だろうと刺し穿ち。
様々な兵科を取り揃え軍勢を成し、感情を窺わせない虚無の相貌にて、昼夜を問わず神出鬼没に襲い掛かってくる。
そんな外敵を打ち倒すには、なるほど機械仕掛けの猟兵は適任と言えるのだろう。
この世界の人々が【魔物】と呼ぶ、それら。
相対した者に底知れぬ恐怖と、生理的な嫌悪感を与えるという、その『脅威』。
当然、物心ついたときから実験(※される側)に明け暮れていた私達にとっても、初めて目の当たりにするそれらなのだが。
…………いや、しかし……これは。
この世界の人々が『直視することさえ憚られる』『見たくもない』『不気味で気持ち悪い』『生理的に嫌だ』などと言い放つ、禍々しい【魔物】とは。
――――ファオ? どうしたの?
「いや、その…………ねぇテア、この世界の人って……コレの見た目『めっちゃ気味悪い』って感じてる……ってこと?」
――――そうみたい? 通信の向こうがわ、すごい悲鳴上げてる。
「そっかぁー…………」
黒々とした光沢を湛える艷やかな装甲に包まれ、堅牢な六つの脚で大地を踏みしめ、雄々しく聳える長大な衝角で敵を威圧する、堂々たるその姿。
その縮尺と、それが撒き散らす衝撃波にさえ目を瞑れば。
私の知識に照らし合わせる限りではそれは……【カブトムシ】と呼ばれる昆虫に、酷似しているように思えるのだが。
「カッコいいと思うんだけどなぁ、見た目は」
――――ファオの感性、ふつうのヒトとズレてるみたい?
「…………まぁ、この世界とズレてる自覚はあるよ」
私達の見下ろす眼下、大穴を穿たれ打ち捨てられている、4つの巨大な【カブトムシ】の死骸。
私達がこの場へ駆け付ける直接の原因となった人々、今しがたこの【カブトムシ】に襲われていた彼らは……今や呆然と私達を見上げている。
手持ちの銃は解析のため没収されてしまっているが、この機体には他にも火器が多数取り揃えられている。
特に両肩ブロック上部、砲撃ポジションへと展開された左右の自在砲台は、高出力動力炉を積んだこの機体ならではの光学兵装である。
堅牢な装甲とバカげた馬力を発揮する重戦車とて、光速で着弾する超高熱エネルギー弾の嵐など……到底耐えられるものではなかったらしい。
――――ねえファオ、隊長さん来ちゃった。
「まぁ気付かれるよなぁ。無理やり出撃したもんなぁ。んで報告行くよなぁ。…………駆けつけるよなぁ、あの人たちなら」
――――愛されてるね? ファオ。
「そうなのかなぁ……?」
私の座す操縦席の片隅、味方との通信に用いる機器から、けたたましい音と男性の大声が発せられる。
聞こえてきた怒声の主は、やはりというか予測通り。私達を鹵獲したエリート小隊の隊長さん……現在はイードクア帝国軍の牽制任務に出ていたはずの、彼だ。
私達の現在位置――例の基地を目指す補給部隊から発せられた救難信号の発信源――とは真逆方向、かつそこそこの距離に居たはずの隊長さん。
そんな彼(と3名の部隊員)が早くも通信圏内まで接近してきた、ということは……やはり彼らの任務はあっさりと成功、帝国軍は本格的に弱体化しているということなのだろうか。クソざまぁ。
――――ねぇファオ、隊長さんめっちゃ怒ってない? お返事しなくていいの?
怒ってるか。……そりゃまぁ、怒るだろうな。無理もない。
なにせ私は軟禁部屋から脱走し、調査保管されていた大量破壊兵機たる相棒を奪取し、誰の許可も得ることなく救難信号発信源まで飛んできたのだ。
テアが基地内の通信を盗聴し、非常事態を聞きつけ、即応可能で飛翔可能な者が居なかったからと……捕虜の身であるにもかかわらず無断出撃を決めたのは、ほかでもない私だ。
勝手に動いた以上、何らかの罰が下ることは確定している。
私の望むジャンルの『罰』ならば喜んで受けるところなのだが……彼らの性根を鑑みる限り、そうである可能性は低いだろう。
「…………終わらせてから、弁解する。私の有用性、もっとアピールしとかなきゃ」
――――ん、わかった。
「もうひと仕事。あれ全部落とすよ」
――――おーらい。
…………で、あるならば。
この後の『わがまま』が、少しでも通りやすくなるように。
上げられるだけの戦果をここで上げ……売れるだけの媚を、先んじて売っておくべきだろう。
「【V−4Tr】、戦闘態勢」
――――了解。制限撤廃。FCSアクティブ。主機を戦闘出力へ。
「標的補足。いくよテア」
――――いつでも、どうぞ。
両脚と腰後部に備わる推進器を盛大に噴かし、こちらに近付く多数の敵影へと距離を詰める。
残弾に懸念の残る飛翔爆弾は温存を選択、両肩上部の自在砲台と胸部中央の迎撃機銃、あとは両前腕の小口径速射砲を主力に据え、とにかく手数で敵軍勢を圧倒する。
機体を振り回し、両脚を振り回し、複雑な戦闘機動を繰り広げながら、吐き出す銃弾の勢いは緩めない。
幸いにして敵の強度はそれ程でもないが、なにせ小さく、素早く、そして何よりも数が多いのが奴らの面倒なところだろう。
低く唸る羽音、鋭く不気味な目付き、物騒な大顎と物々しい突撃槍、そして橙と黒の禍々しいストライプ。
成人男性程はあろうかという体躯でありながら、飛翔し陣形を形作る【スズメバチ】の群れ。
とにかくタフな【カブトムシ】を潜ませて足止めを行い、そこへ対人殺傷能力に優れるコイツらが満を持して襲い掛かる、と。そういうつもりだったのだろう。
ただ、まぁ……私達がここにいる時点で、その作戦は頓挫しているわけだが。
――――友軍部隊の交戦空域到達を確認。
「あー、時間切れかぁー……」
――――敵性生命体残存戦力、2割。あとは隊長さんたちにお任せ?
「そうしとこう。……補給してもらってないからね、残弾も心許ない」
――――もらえるといいね、補給。
「ん。…………戦わせてもらえるといいね、これからも」
――――そうなるように、がんばって。交渉。
「んあー」
通信装置から相も変わらず届けられてくる、隊長さんの『お叱り』の声。
既に手遅れである可能性は否定できないが……しかしいつまでもあしらい続けるのも、さすがに心象が悪かろう。
とにかく、私達の戦闘能力と有用性はアピールできたのだ。
あとは上層部の面々が、私達を『飼う』ことに興味を持ってくれることを祈るばかりだ。
―――――――――――――――
油断が無かったか、と問われれば……やはり少なからず『油断があった』ということなのだろう。
イードクア帝国軍との主要交戦区域には、当たり前だが多くの人々と多くの兵機が行き交っている。
現在はその殆どを帝国軍へと向けているとはいえ、本来の用途――禍々しい【魔物】――へと向けることも、当然可能な兵力なのだ。
そんな戦力が闊歩している、奴らにとっての危険地帯であるはずの、戦場。
激戦区から多少離れているとはいえ……基地からの迅速な援護が望めない絶妙な地点にて、補給部隊が【重甲種】の襲撃を受けるとは。
そして何よりも……医療区画へ軟禁し、見張りを立てていたはずの『あの子』が。
大人しく、従順で、良からぬことなど企んでいなさそうに見えた……あの幼子が。
いったいどんな手段を講じたのか、基地内の兵士達を掻い潜って愛機を奪還。
しかしそのまま逃走するでもなく……よりにもよって救難信号の発信元、【重甲種】の襲撃を受け半壊している補給部隊の救援に、誰よりも早く駆け付けていたとは。
≪いやはや…………凄まじいですね、これは≫
「…………そうだな」
帝国軍への牽制任務を放り出し、駆け付けた我々が見たものとは……活動停止が明らかな【重甲種】の死骸が4つと、数えるのも憚られるほど膨大な【飛槍種】の破片。
そこかしこに散在する痕跡から察するに……相当な規模の軍勢であったことは、想像に難くない。
補給部隊と物資がこうして無事でいるのは、間違いなくあの娘の『脱走』のお陰であろう。
鈍重ではあるものの並外れた耐久力を秘め、必殺の魔力砲を備える【重甲種】が待ち伏せを行い、逃走手段を奪ったところに【飛槍種】の大群が襲い掛かる。
これまで幾度となく人々を苦しめてきた手口だが……そんな【魔物】の連携を真正面から打ち砕き、たった独りで捻じ伏せて見せた。
人型を逸した巨体を自在に駆り、我軍の誇る機甲鎧【アラウダ】よりも機敏に舞い、それでいて嵐のような破壊を振り撒く少女。
……イードクア帝国によって非人道的な処置を施され、片目と片手を喪い、心身共に深い傷を負ったはずの、彼女。
年端も行かぬ娘を戦場に駆り立て、斯様に危険な役割を担わせてしまうとは。
不慮の事態が重なった結果とはいえ……ただただ、不甲斐ない。
≪隊長、残敵掃討完了です。……まぁあの子がほぼほぼ殺ってくれたんですが≫
≪付近に【魔物】反応ありません。脅威レベル低下、警戒態勢に移行します≫
「アーサーは補給部隊と合流、状況確認。……ウィリアム、イアンは付いて来い。我儘娘を取っ捕まえる」
≪了解です。…………逃げる気は……無さそうですね、あの子≫
≪捕まえるは良いんすけど……叱るより、ちゃんと褒めたって下さいよ? 隊長。あんな小さい子が頑張って守ってくれたんすから≫
≪ウィル、隊長しっかり見張っとけよ。嬢ちゃん泣かせたらすぐエリーにチクってやれ≫
≪了ぉ解です、副長≫
「アーサー、さっさと行け」
≪はいはーい。了ー解≫
あの機体の推進力なら、我々【アラウダ】の追撃を振り切ることなど造作もないことだろう。機体ごと逃走を図り、自由の身となることも出来るだろうに。
しかしあの娘は、そんな素振りを一切見せもせず……展開していた火砲を格納し、此方の指示を待つかのように、機体ごとゆっくりと向き直る。
つい先程までは……確かに怒鳴り、咎め、叱り付けてやりたかった筈なのだが。
ここまで素直に振舞われては、どうにも拍子抜けしてしまう。
「聞こえているな? …………帰るぞ。付いて来い」
≪…………わか、っ……た≫
弱々しく、幼気で、儚げな声。
部下に言われるまでもなく……こんな娘を泣かせる気など、私には起ころう筈も無かった。
そしてそのことは……あの基地の総意と言っても、恐らく過言では無いのだろう。