033.絶対なんて存在しない論者
私がかつて生きていた世界では、巨大ロボがドッタンバッタン大騒ぎする創作物を、それはもう数多く見ることができた。
ロボのデザインとか、その設定や性格も様々な作品の数々だったが……そういった作品では往々にして、敵の攻撃を遮断する『バリア』のような能力を持つマシンが登場していた。
海の不思議を追い求める少年少女の物語だとか、巨大な人造人間に乗り使徒と戦う少年少女の物語だとか、宇宙移民の独立戦争を戦い抜く少年少女の戦記だとか、歌の力で強くなる可変戦闘機を駆る青年と少女のスペースオペラだとか……とにかく枚挙に暇がない。
……待てよ、なんでことごとく少年(ないし青年)と少女がいい感じになる作品ばっかりなんだ。私だって巨大ロボ乗ってる美少女なのにえっちな関係になる少年がいないのは何故だ?
――――え、本気で言ってるの?
「えっ?」
――――いや、その…………うん。またこんどね。
「う、うん……」
……とにかく。
そんな感じで、『バリア』ないしそれに近い防御手段は(アニメで)数多く見てきたが……それらを含むどの作品であっても、『絶対無敵』なバリアを描写している作品は存在しなかった。
例えば、ビームは防げるものの実体弾は防げない。あるいはその逆のパターン。
例えば、発動にものすごいエネルギーを消費するため、長時間は展開できない。
例えば、同系統のバリアをぶつけられると防御力を喪い、中和・無効化される。
例えば、敵の攻撃と同時に空気も遮断してしまうため、いずれ窒息してしまう。
物語の都合上、と言われてしまえばそれまでだろうが……しかし一定の説得力があるのも、また事実である。
つまり、この特務制御体【X−7Ax】の展開する高出力防性力場においても、何かしらの弱点が存在すると考えられる。
…………まあ、そう考えなきゃやってられない。
「仕掛けるよ。通知は?」
――――連邦国軍の前線指揮車に送ってある。全面支持ももらってある。
「ありがたい。タイミングはお願いね」
――――がってん。
敵機【X−7Ax】の纏う防性力場の外見的特徴から、その性質と弱点を推測する。
なんてったって私の頭には数多くのバリアに関する(ロボアニメの)知識が詰まっているので、どんなバリアなのかを解析できればその弱点も看破できるというわけだ。
まずその特徴として挙げられるのは、実体弾だろうと光学兵器だろうとミサイルだろうと、全てにおいて高水準に纏められた防御性能。
強いて言うなら、防性力場越しに【シス】の機影を捕捉できているので、恐らく『可視光線は透過している』らしい点だろうか。……まぁそうでなければあちらも盲目になってしまうだろう。
とはいえ、残念ながら光線砲の類は備えが無い。テアの両肩の光学兵器はどちらかというと『圧縮粒子砲』に分類されるモノであり、あの防壁を突破することは出来なかった。
次いで可能性を上げるとするならば――まあ正直こちらが本命なのだが――あのバリアが『全周展開ではない』可能性についてだ。……というかそもそもの話、推進力が外に生じている時点で『穴がある』ということに間違い無いだろう。
あの翼の表面が『防性力場出力パネル』である可能性が高いならば、たとえばその裏面が推進装置。浮遊機関の出力を制御して斥力を生み出し、それによって機体を動かしている。
斥力放出による戦闘機動を行うため、翼の裏側にあたる方向には防壁に穴があり、戦闘中は常にその穴を隠しながら行動している……という、あくまでも仮説。
翼の外側、つまり防壁を向けている敵側から見れば、まるで機体全身を覆う全周状の防性力場だと思われるだろう。
例えば周囲全方向から攻撃を叩き込まれたとしても、両の翼で身を守る(=制動を行わない)ことで、実際に全周防御を行うことも出来るのだろう。一度それを見せ付けてしまえば、あとは『隙のない全周防御を行う機体』というハッタリを利用することが出来る。
機体の運動性能がやや控えめなのも、恐らくは推進方法が独特であるため。また自身が『追い掛ける側』なのであれば、防壁の穴を突かれる心配も無いだろう。
仮に後ろに回り込もうとする敵が現れたら、翼を畳んだ全周防御で凌げばいい。背部にも隙は無いと勘違いした敵が怯んで逃げ始めたら、悠々と追撃戦に移行すれば良いのだろう。
『絶対』に限りなく近い防御能力を誇る【シス】であれば、敵に背を向ける必要はない。つまりは防御の穴を向けることが無いのであって……いやはや、難攻不落の特務機ですわ。
なるほど確かに、よく出来た仕組みだと感心してしまう。私のような異分子、様々な前提知識を持つ者でなければ、その弱点に気付くことなど出来なかっただろう。やはりロボアニメはすばらしい。人生の教科書といっても過言ではあるまい(※個人の感想です)。
しかしそれらの推測は、あくまでも仮説の域を出ないのが現状だが……なるほどしかし、実際理に適っているように思える。
だからこそ私はこうして、各方面に根回しを行っ(てもらっ)た上で、執拗に真正面から砲撃を叩き込み続けているのだが。
――――コース乗ったよ。進路そのまま。
「おーらい」
両腕の機関砲をばら撒き、想定通り【シス】の防性力場によって阻まれ、距離を取りながら再度発砲。しかしまぁ通用するわけもなく、私達は怯んだように更に距離を取ろうとする……演技をする。
自我の殆どを奪われ、制御体の自意識さえ薄れているともなれば……私達の演技やブラフなど、【シス】には見抜けるはずもない。
ただ飼い主が最期に発した『私達の撃墜』『その他のザコは後回し』の命令を愚直に守り、それ以外に目を向けることもなく盲目的に向かってくる。
それにしても……『より効率的に兵器を動かすことができる兵装インターフェイス』とは言うものの、リアルタイムに行動を観察し的確な指示を出す『飼い主』を必要とするなど、本末転倒も良いところなのでは無かろうか。
事実、今回のように指示を仰げなくなるタイミングも発生し得るわけで、臨機応変な対応が出来ないことで手遅れになるケースも生じ得るわけで。
……確かに、オーバースペックな機体を『意のままに操る』ことは出来るのだろう。非常に滑らかで、驚異的な反応速度を叩き出し、手足のように操ることも出来るのだろう。
しかし……その代償として、ヒトとしての経験に基づく反応を喪い、ただの『虚ろなお人形』に成り果ててしまうというのなら。
そしてその結果、規格外の戦闘力を誇る私達のような高性能機……ではなく。
普及型の、ごくごく一般的な機甲鎧に……こうして後れを取ることになるというのなら。
――――ヒット。【シス】左腕部の斥力投射機構、出力低下を確認。
「…………うん。詰みだろうね、これで」
ヒトをヒトとも思わぬ悪趣味な研究の行き着く先がこの結果だというのなら……こんな研究の糧にされたきょうだいたちも、草葉の陰で嘆いていることだろう。
オイオイオイ一般機に負けたぜアイツら。やめたらこの研究。……とかな。
「狙撃銃は【ウルラ】に借りたのか。エナ教官のかな」
――――へー、ふーん、やるじゃんおじさん。
「おじさんじゃないの。ウィリアム・ウォーレン少尉。……前は【ウルラ】に乗って狙撃手してたんだって。昔とった杵柄ってやつ?」
――――む、む……しこった、きれーづかってや……? むー……ファオはまたそうやって、わたしがよくわかんないことばをつかう。
「んふふふ。……教えたげるよ、いろいろと。……たくさん」
あらかじめ指定しておいた座標、指定しておいたルートに【シス】を誘導し、全く眼中に無かったであろう『その他のザコ』からの狙撃で防御の穴を貫き、片側の防壁出力板パネルを破壊する。
ウォーレン少尉の狙撃によって片翼を捥がれ、大きく体勢を崩した【シス】を逃すことなく、今度は副隊長アーサー・アーチボルド中尉が肉薄。至近距離からの機関銃掃射によってもう片翼を折り飛ばし……見事に無力化してみせた。
浮遊機関の影響下であれば、それはいわゆる『無重力』や『反重力』に近い。
長銃の重量やモーメントに由来するブレを抑制できるとはいえ、それでも生身のヒトでありながらしっかり当ててくれるとは……やはりエリート部隊、実力と練度が半端ない。
彼らと肩を並べて戦えたことを嬉しく感じながら、私は最後の仕上げに移る。
両腕の対装甲衝角を展開し、天頂から一気に加速。ろくに身動きの取れなくなった【シス】の動力機関を刺し穿ち……地に叩き落とす。
こうして我々、ヨツヤーエ連邦国軍ケンロー基地防衛部隊は、全ての前線指揮車輌と前線司令部を完全に機能喪失させ、また2機の特務機ならびにその制御体の無力化に成功。
地上部隊にある程度の被害は生じたものの……概ね『完全勝利』といって差し支えない結果を残し、長い夜は幕を閉じたのだった。
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「はぁぁぁぁぁ…………どうしよ、おわったらむっちゃ眠くなってきた……まよなかだもん……」
――――ねむくない。まだひと仕事あるんでしょ。
「そうだけどぉー…………うぅー」
――――がんばって、ファオ。がんばれ、がんばれ。ファオはできる子、がんばる子。えらくてかわいい、やさしい子。
「がんばる。めっちゃがんばる」
――――うぅん、ちょろいなぁー。…………かわいいなぁ、まったく。