030.まじめ美少女強化人間のキケンな夜遊び
この辺境基地の警戒網は、主に西側を重点的に監視するよう構築されている。まあ当たり前だろう、実質的な敵国であるイードクア帝国側に目を光らせ、そちらの不審な動きに備えようというわけだ。
その一方で、いわゆる『裏側』となる東側は、比較的警戒が緩かったということらしい。……まぁそもそも、魔物が夜間に大規模侵攻を行うなど前例がなかった、というのもある。
そんなわけで、警戒の薄かった方角・警戒の薄かった時間帯に、想定外の敵襲に晒されてしまった辺境基地。当然周囲は真っ暗な夜の帳、いったいどれほどの数が居るのか……正確な数の把握はなかなかに厳しいだろう。
そもそも、夜間とはいえ接近に気付く程度には、既に近づかれてしまっているのだ。
悠長にことを構えている時間は無いわけで、つまり緊急事態対応を要する局面なわけで、つまるところ私の無断夜間出撃は仕方のないことといえるわけなのだ。やったぜ無罪。
「とりあえず! 静かになるまで戦えばいいんでしょ!」
――――だいたいあって……【羽撃種】の編隊、方位130、うえ。
「私は変態じゃない!!」
――――はなしは後で聞くから。
ばっさばっさと羽音を響かせる巨大な【クロアゲハ】……もとい、魔力伝達を阻害する鱗粉を広範囲にばら撒く【羽撃種】と呼ばれる魔物。
動きは緩やかで大した攻撃手段も持たない種ではあるが、この真っ暗闇での肉眼視認はなかなかに難易度が高いだろう。
知らず知らずのうちに頭上を取られ、飛散した鱗粉に捕らえられ、機甲鎧が動作不良を起こしてしまったら……攻撃に特化した他の魔物の餌食となることは疑いない。
両肩から自在砲台を露出させ、動力機関から出力を回す。こいつは残弾の心許ない実弾兵器ではないので、ある程度積極的な攻撃ができるのだ。
砲身が損壊しない限りは攻撃を継続できるとっておきの光学兵器が【羽撃種】を睨み、周囲の安全確保のため入念に射角を調整し、暗夜を貫く二条の光が突き抜け、薙ぎ払われる。
――――つぎ、【響騒種】接近中。
「なあにそれえ!」
――――うるさいやつ。内部機器を直接破壊してくるの。
「なるほどあの【アブラゼミ】か!」
高度を下げて仰角をとり、地表を焼き払わないように気を配りつつ、冷却の終わった肩部砲台を【響騒種】へと指向する。
大気による減衰を加味してなお、光学兵器は理不尽な射程を誇る代物だ。迂闊に俯角をつければどこかで地表にぶち当たり、着弾地点付近の環境に重篤な被害を齎しかねない。
しかし、そのあたりは相棒の観測による事前回避で、しっかりクリアを行っていく。それに『守りを無視して直接ナカをメチャクチャにする』だなんて……そんな卑猥でけしからん攻撃を平然と繰り出す奴らだ、生かしておくわけにはいかない。
私の放った正義の怒りは一直線に空を裂き、イヤらしい攻撃を行う変態共の編隊を焼き払う。
唯一の相棒である私以外の奴に、テアのナカをメチャクチャにさせてなるものか。彼女の貞操は私が守るし、この子はずっとずっと私のものなのだ。どこの馬の骨だかセミのハネだか知らないが、虫ごときが調子に乗るな。もっとカッコよくなって出直して来やがれ。
―――きたよ、【重甲種】。カッコいいのだよ、よかったね?
「いや良くは無…………ッ!? っぶな!!」
これまでの意趣返しと言わんばかりに、闇の向こうから赤褐色の光条が迸る。
とっさに回避しようと身体が反応しかけたが、今私達の背後にあるモノの存在に思い至り急制動、自慢の防性力場で受け止める。なるほど、遠距離砲撃をドカドカ放ってくる戦車のようなやつだから『タンク』なわけか。……違うかもしれない。
ツッコミ代わりの衝撃砲が立て続けにもう数発、正面展開された【グリフュス】の防性力場を軋ませる。恐らく発砲元が複数体存在するのだろう、ならば纏めてお返しするだけだ。
――――防性力場第一層、負荷数値52%。ちょっとやだ。
「もうひと斉射は嫌だね!!」
視界の悪さは相変わらずだが、せいいっぱい目を凝らして攻撃の出処を視認。
【ベルニクラ】のそれより砲身長も口径も連射速度も勝る前腕部機関砲にて、六つ脚を踏ん張って砲撃姿勢を取る【重甲種】にカウンタースナイプをかまし、見事な蜂の巣に仕上げる。
ヒト型のものよりも長い前腕、その全長にほぼ等しい砲身長の重機関砲である。その破壊力は折り紙付きだ。
――――はち? のー、す? おりが、みつき?
「気にしない気にしない」
――――むー……ファオはたまに、よくわからないことばをつかう。
「また今度、落ち着いたら教えてあげるよ。……私が以前、住んでた国のこと」
――――ふうん? おもしろかったらほめてあげる。
以前相手取ったときとは異なり、積極的に動き回り遠距離攻撃を仕掛けてくる【重甲種】の隊列……以前駆逐したときは砲撃頻度も散漫であり、ここまで積極的に撃ってくる様子は無かったのだが。
しかしここで、ふと脳裏を前世の懐かしい記憶がよぎり、そういえばこいつらは夜行性だったかと思い至る。……なるほど、日中は本調子じゃなかったわけか。
魔物とて知能はあるらしく、機甲鎧やそれが住まう巣は危険だと理解しているのだろう。これまで街や基地を襲うケースは、ほぼ無かったらしい。
夜間に危険地帯を移動する人などほとんど居ないから、魔物は昼しか動かないと思われていたということか。生存者バイアスじゃないが、なまじ前提知識のせいで判断が鈍ってしまった形か。
しかし……だから何だというのだ。夜行性の昆虫なんのその、どうせやることに変わりはない。
クワガタだろうがホタルだろうが、どんな魔物だろうと関係ない。ヒトの営みに害を為すというのなら、全身全霊で駆除するだけだ。
≪無事かファオ! 色々と問い質したいことは在るが……とにかく聴取は後だ!≫
「あ、あっ、えっと…………うぅー!!」
≪うっわ隊長がお姫泣かせた!≫
≪全くもう……叱るより先に言うことがあるでしょうに≫
≪やかましい! お前らも後で覚えておけ! 【アンセル1】、エンゲージ!≫
≪【アンセル3】! 夜勤は嫌なんだけどなぁ!≫
≪先にコイツらを片付けます。【アンセル5】、エンゲージ≫
夜間戦闘用の装備なのだろうか、頭部と肩部に大型の投光器を追加した【アラウダ】3機が、私が引っ掻き回した対魔物防衛戦へと参戦する。
隊長さんと……3番機と5番機。中近距離戦闘が得意なイルグリム中尉と、私にいろいろとよくしてくれたエアリー少尉の機体だったか。さすがに日頃から機甲鎧を駆っているだけあるのだろう、視界の悪い夜間かつ寝起きだろうに、見事な戦闘機動を見せつけてくれている。
しかし、こちらに駆け付けたのは隊長さん含め3機。第三空戦機甲鎧小隊【アンセル隊】は6機編成のはずなので……あと3機、【アラウダ】が存在するはずなのだが――
――――っ!? ねえファオ!! これ、とてもやばい!!
(ちょ…………ウソ!? この出力反応って……ッ!)
――――反応方位特定……基地の、反対がわ!!
「た、たいちょ、あの! 反対、あっち!」
≪……関連性は判らんが、帝国軍機の侵攻があった。大型機の機影を感知したとかで、今アーサーの班がそちらへ――≫
――――それだよ!!
「隊長、こっち、おねがい!!」
≪あ、あぁ……了解した。……奴らを頼む≫
「たのまれる!!」
急に反応が現れた大型機と、奇襲を仕掛けてきた大部隊……その手段を得意とするモノの正体は、知識として備えている。
自機および周囲への隠蔽能力に優れ、神出鬼没な作戦行動を可能とし、また単独での広範囲攻撃性能をも併せ持つ特殊な運用の特務機。そいつの仕業だろう。
そしてそいつが居るということは……ほぼ間違いなくもう1機、拠点攻撃および強襲制圧を担当する特殊な運用の特務機が、行動を共にしているはずである。
特務制御体【A−8Sk】。
そして恐らく、【X−7Ax】。
あいつらが作り上げた、吐き気を催す成功例。
つまり……私達の、きょうだいとでも呼ぶべき存在である。




