013.転入生の清純欠損強化人間美少女です
「ファオ、フィアテーア、です。……宜しく、お願いし、ますっ」
――――うーん……45点? もうちょっとがんばりましょう。
(きびしくない?)
そんなこんなで迎えた翌々日、私にとっては精いっぱいはきはきとこなしたつもりの自己紹介を経て、私達はこのカーヘウ・クーコ士官学校へと、無事に編入することができた。
やはり私の見てくれは、少なからず異様に映るのだろう。年若い彼らから向けられる視線と感情は、なかなか複雑な色を纏っている。
まあ、自分たちよりも明らかに歳下の、しかも左手が半分無くて左目が閉じたままの白髪美少女が転がり込んでくれば……そういう反応にもなるだろう。
サンドベージュ色をベースに濃紺のラインで彩られた、凛々しくも可愛らしいジャケットとキュロットに身を包み、しかし全体的にサイズ余りな『ダボッ』と感を拭いきることは出来ず。
処置と実験と観察のストレスで色彩の抜け落ちた私の髪は、しかし前日の夜に寮の浴場でバッチリ洗ってもらったことで、さらさらのつやつやで良い感じに蘇っており。
……ここまでだったら、紛れもなくただの小柄な美少女転入生なのだろうが。
同期の中でおそらく最年少、かつひときわ幼げなこの身体には……しかし相も変わらず左目と左手が存在しておらず。
周囲の生徒の年齢はというと、十代の半ばから二十代の後半くらいだろうか。そこそこ広い年齢層のわが同輩ではあるが、さすがに私ほど派手な疵者は居なかったようで。
そんな中にブチ込まれた私のビジュアルは、彼らにとってはなかなかに衝撃的だったのだろう。
(忌避されて……は、居ないみたいだけど……うーん、だいぶ警戒された?)
――――んーん、そのへん抜きにしても……えっと、ホの字? の男子がけっこういるよ。ファオはかわいいから。
(…………そ、そう?)
――――そうそう。かわいいからね、ファオは。ファオはかわいい。えっち。えっちなのにかわいい。かわいいって言われて喜んでるんでしょう、えっち。ファオのえっち。変態。
(へ、変態じゃないもーん!)
制服に包まれた私の、自己主張の控えめな胸元に揺れるのは……私の首から提げられた、物々しくゴツい特別製の拡張感覚機器。
ヘッドマウントディスプレイ、あるいはVRゴーグルのようなこの端末は、相棒が直接周囲の環境情報を取得するためのものだ。
ゴーグル正面の高精度単眼カメラと、両側面の超広角カメラ、それと合計5基の全方位集音機器。それらから得られた情報はテア本体によって高速処理され、彼女が最適な判断を下すための材料となる。
本来であればゴーグルとして、そのまま目を覆うように着用するものなのだが……初対面の挨拶がそれなのは、さすがによろしくないだろうと判断した。
しかしながら……片目が開かない顔をお披露目するのと、果たしてどっちがマシだったのだろうか。
いや、ゴーグルで目元を隠したところで、空っぽの左袖は誤魔化しようがない。先んじて義肢でも用立てるべきだったか……いやしかし、そんなツテなど私には無い。
――――大丈夫じゃない? そんな深刻じゃないよ、たぶんだけど。
(え、ほんと? えっちできそう?)
――――『かわいい』がほとんどで、でもやっぱ『かわいそう』もそれなりに。『きれい』もたくさん。男の子の表情はわかりやすいね。
(わかりやすい? えっちは?)
――――じゃ、わたしは引き続きここから見てるから、お勉強がんばってね。
(えっちは???)
周囲の状況をおざなりに、半身との『おしゃべり』に夢中になっていたからだろうか。教官から私の様子を窺う心配そうな声が掛けられる。
慌てて我に返り、落ち着いて言葉を返す。多くの視線がある場所では相変わらず唇が動きづらいが、告げられた言葉はきちんと理解できている。
どうやら……私の来歴の詳細は伏せられ、私は『紛争地帯から逃れてきた先で魔法適性が発覚し、国軍を志すことになった天涯孤独の美少女』という設定になっているらしい。
教官の方々やジーナちゃんには、私の本当の出身地やら来歴やらは共有されているらしいのだが……この場に居るのは、未だ精神的にも未熟な少年達である。いや青年か。成年もいたわ。
とにかく、私が憎っくき敵国から逃げてきた逃亡兵だと知られれば、彼らの感情を刺激することとなりかねないだろう。
それは嫌だ……あ、いや、待って。むしろそれはそれでアリかもしれないな。
きっと人けの少ない薄暗い場所に連れ込まれ、『帝国憎し』をこじらせた若いリビドーが暴走し、正義の名のもとに鬱屈した激情を発散するため寄ってたかって狼藉に及ぶに違いない。
えっと、その……それが『ナシ』か『アリ』かで問われればぶっちゃけ断然後者なのだが……しかし平穏無事に卒業しないと、希望の進路に進めなくなってしまう可能性がある。
うむ、やはり内申点へのダメージを避けるためにも、祖国バレは防ぐべきだろうか。防ぐべきだな。
「卑賤の、身、なれど……奮励努力、精進し……ます。……よろしく、お願いし、ます」
性的な欲求渦巻く内心の葛藤を表に溢れ出させることもなく、やがて教官による私の紹介は無事に幕を閉じる。
ぺこりとお辞儀をひとつ、私達は拍手に包まれながら、指示された席へと歩を進めていく。
――私の持つ『魔法』は、魔物退治によく使う『短期未来視』のほかに『他者の意識の隙を突いたり、意識の向く方向や表層意識を感じ取るもの』が、もうひとつ。
実験動物生活が続く中で、どうにかこうにか精神的ダメージを軽減することはできないだろうかと、テアと2人でこっそり編み出しておいた力作……私達オリジナルの一品モノである。
他者の意識の視線からこの身を逸らせば、まるで私が消えたように感じられることだろう。
また……他者から私に向けられる意識にアンテナを向けて感じ取れば、『どのタイミングで』『何を』仕掛けようとしているのか、手に取るように把握できる。
概念的に、わかりやすく表現するのならば……私は私達に向けられる『敵意』あるいは『害意』を、そこそこ敏感に感じ取ることができ。
またそれらに対して的確に回避、あるいは反撃することなんかが、実は私は得意分野だったりするのだ。……まあここでは反撃しないけど。
「んよいしょ」
――――どうする、ファオ。処す? 処す?
(処さない処さない。転入初日だし、トラブル起こすのはよくないって。品行方正な優等生しておかないと)
――――淫行旺盛?
(あらやだ、うまいこと言ったつもり?)
片手のない身体はバランスを崩しやすいとて、また片目だけでは遠近感を掴みづらいとて……しかし相棒が管理する補助知覚装置と、実戦経験から来る体捌きと、そして何より『魔法』のお陰で、それを避けることなど造作もない。
私の歩みが進む先、明らかに『引っ掛けてやろう』との意志を伴い繰り出された足をするりと避けて、私は何事も無かったかのように私の席へと辿り着く。
美少女である私を困らせ悦に浸ろうとしていたのか、それとも倒れたところをカッコよく受け止めていい顔したかったのか……どっちかまでは判らなかったが、べつにどうでもいい。
ちょっかいを掛けてきた生意気な小僧に、一瞬たりとも目を向けることはしない。
信じて送り込んでくれた皆の期待に応えるため、私は頑張らなきゃならないのだ。雑魚に構う暇なんて無い。
唖然とした様子の気配は、補助知覚装置越しに観察している半身から伝わってくるが……しかし私はまるで何も気付いていないかのように、完璧な『無視』を敢行する。
ああいう手合いは何かにつけて、こちらの反応を眺めて喜ぶものだ。私がそれに付き合ってやる必要も無い。
――――んー……周囲人員の感情パラメータ、フィルタリングとタグ付け、識別管理しとくね。
(ありがと、テア。やりたいこともヤりたい淫行も、いっぱいあるからね。邪魔なのは無視して、効率よくこなさないと)
――――賛成。まぁわたしも、ゴーグルの中に長いこと居るのは久しぶりだし……いろいろと試したいこともあるし。コッチはわたしに任せて、ファオは座学。がんばってね。
(まーかせて。……実は楽しみだったんだぁ、この世界のお勉強)
出会い頭に害意を向けてくる者がいようとは、さすがにちょっとばかり予想外だったが……まあ実害が生じるレベルではない。無視して問題ないだろう。
実際、ほか大勢から私へと向けられる感情は、規模の違いこそあれど総じて好意的なものといえるだろう。攻略を進めるにあたっては、そちらの面々の好感度を稼げば良いだけだ。メリットの無い投資はしない。
それに……今日の座学は外国語と歴史と教養なので、どれも私にとっては不足している知識である。非常に重要な内容であり、この国で生きていくには必須の情報だ。
やはり学生の本懐は勉強である。つまりは勉強を頑張っていれば、私の好感度は上がっていくというわけで。趣味と実益を兼ねるステキな作戦だな。
そんなわけで、一人前の連邦国民になれるよう……私も張り切って取り組まなければ。
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――――あー、うーん……はいわかった。わたしわかりました。ねえねえファオ、さっきの子いるじゃん? 足ひっかけようとしてきた子。
(うーん……?)
――――やっぱね、ファオのことが気になるみたい。すごい視線向けてきてるよ、よかったね。アツいアプローチってやつじゃない? きゃー。
(うーん…………いや、今は情報の入力に専念したいし、絡んで来られると面倒だし……はっきりいって邪魔だし、接触排除の方向で)
――――えっ? あっ、あー……そ、そう? うん……わかった。
(うん。やっぱしばらくはえっちよりも勉強優先でいくわ。……覚えることいっぱいだよ)
――――は、はい。がんばってね……。