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第7話

「ごきげんよう、アイリスフォール嬢」

「ごきげんよう、カレット様」

朝の挨拶は簡潔に行われた。

カロット・カレット侯爵嫡男。

私が私になる前、イリス・アイリスフォールへと婚約の打診が来ていたカレット侯爵の嫡男。

ベッドの住人として病に伏したとされたことにより縁談は流れたと聞いている。

貴族の子息令嬢はほとんどこの学園に通うことになるから会うこともあるだろうとは思っていたけれど、同じクラスになるなんて思いもしなかった。

それに、カレット様は何故か私のことをよく気に掛けてくださる。

縁談が流れた事情が病によることから病弱なご令嬢と思われているんだろうか?

それならばルノー先生のおかげで心身共に健康になったので心配してくださらなくても大丈夫なのに。

イリス・アイリスフォールとしては幼馴染なのだから無碍には出来ない。

それに、前のイリス・アイリスフォールを知る人物だ。

あまりの別人振りは不信感を招く。

とは言っても私はイリスがどんな少女だったかは家族と日記からの情報からしか得ていない。

イリス・アイリスフォールはカレット様の前でどう振る舞っていたのか、そこからボロが出るかもしれない。

現に、以前カレット様から「以前のイリス嬢とは別人みたいだな」と言われた。

思えばそこからイリス嬢からアイリスフォール嬢と呼び替えるようになった。

カレット様は聡いお方だと思う。

時々探るような視線は『私』のイリス・アイリスフォールに思うことがあるからかもしれない。

バレてはいけない。バレてはいけないわ。

イリス・アイリスフォールがいなくなって中身が私だなんて。

故意じゃないとはいえ乗っ取ってしまったなんて。言えるはずがないじゃない。

だからカロット・カレット様は要注意人物。

家族ですら病で記憶をなくしたということを信じて再教育してくださったのに、この学園ではカレット様以外、以前のイリス・アイリスフォールを知る人物なんていないのに。

ただの幼馴染のカレット様に知られる訳にはいかないわ。

「アイリスフォール嬢は今日の放課後も図書館に通われるのですか?」

「ええ、そのつもりですわ」

それでも同級生として時々会話はする。

これもその一端だと思っていたが、予想外の忠告を受ける。

「第四王子とあらぬ噂が立ちませぬよう、お気をつけください」

「ご忠告ありがとうございます。わたくしも王子も友人としての領分を違えることのないようより一層注意を払いますわ」

カーテシーをして礼をする。

カレット様はまだ何か言いたげだったけれど、こちらから会話を切り上げた。

「それでは、授業も始まりますので席に戻らせていただきますね」

「……ああ、呼び止めて申し訳なかった」

カレット様は以前のイリス・アイリスフォールをお好きだったのかしら?

だから違和感を覚えて比較なさろうとしている?

でも、それももう無理なこと。

イリス・アイリスフォールはもう私なんだ。

以前のイリス・アイリスフォールはもういない。

望まれていなくても、別人の私がイリス・アイリスフォールなんだ。

……ルノー先生にお会いしたい。

こういう時、相談に乗ってくださるのはいつもルノー先生だった。

でも、ルノー先生はもう個人医院を市井に構えてしまった。

連絡を取るのは容易いだろうけれど、この世の中では未婚の男女が軽々しく手紙のやり取りをするものではない。

ルノー先生は今頃、わたしのように心身を病に冒された人を救っているのでしょう。

私にしたみたいに。


「……ということがありましたの」

仕方がないのでロッソ王子にカレット様からご忠告を受けたことを図書館でご報告させていただいた。

「まあ、カレット侯爵の忠告はありがたく受け取ろう。彼なりの忠誠心と恋心の残骸だろう」

恋心の残骸…やはり、カレット様は以前のイリス・アイリスフォールをお好きだったのかしら?

だから今の私が以前とは違っていて戸惑っているということ?

とにかく、カレット様には要注意ね。

「君なら、噂のルノー先生とやらに相談したいところだろうに相談相手が僕で悪いね」

と仰りながらウィンクをするロッソ王子。

「それ、お得意ですわね」

ルノー先生に相談したいというのは、頼りたいというのはそんなに表に出ていたのかしら?

「ああ、そうだね。大概の女性なら多少の好意を持ってくれるんだけど本命の女性にはどうにも効果がないのが難点だけれど」

笑いながら仰られて思わず医学書から顔を上げる。

「ロッソ王子、お慕いしている方がいらっしゃるのですか?」

「驚くことかい?僕も年頃の男子さ。恋くらいするよ」

微笑まれながら帰されるが、今までの言動からロッソ王子にお好きな方がいらっしゃるとは気付けなかった。

「これは失礼を致しました。……なら、放課後に私と勉強なぞせず、その方と過ごせばいいのでは?」

単純な疑問を口にするとロッソ王子の微笑みが深くなった。

「生憎と僕の想い人は鈍感なうえに他の男性を好いている。僕に勝ち目はないよ。それでも諦めきれなくてこうして人払をして君と勉強会をしたりしてるんだけどね」

物憂げなロッソ王子は美しかった。

私は掛ける言葉もなく「そうなんですの」と返すしかなかった。

友人の相談にも乗れないなんて、イリス・アイリスフォールならどうしていたかしら?

なんて、考えても仕方のないことをしてしまう程度にはロッソ王子に想い人がいることは衝撃的だった。


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