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第4話

毎日、毎日勉強をした。

前世で神童なんて言われていたことなんて忘れろ。

私は今はなにも出来ない。なにもない。

言葉も文章も自分より小さな子に劣っているという事実は悔しくて仕方がなかったけれど、事実なので仕方がない。

私に出来ることはただ学ぶだけ。

使用人に馬鹿にされるのも今のうちだけだ。

今に見ていろ。

私は、私の力で這い上がってみせる。

異国の地に行くつもりだったんだ。

異世界がなんだ。

そう思ってなんでも頑張った。

頑張れば頑張るほど両親もお兄様達も家庭教師の先生も、ルノー先生も褒めてくれた。

でも、両親とお兄様達が褒めてくれるのは私が『イリス・アイリスフォール』だからだ。

中身が別人なんて言えない。

言うのが恐い。

私はイリス・アイリスフォールの存在を失くしてしまった。

その不安と罪悪感でまた体調が芳しくない時がある。

そんな時はルノー先生が診てくれる。

ルノー先生は元のイリス・アイリスフォールとは関係のない人物。

『私』を見てくださる唯一の人。

「また体調を崩したとお伺いになりましたが、随分と良くなりましたね」

「ルノー先生のおかげですわ」

ルノー先生とお話しするのは楽しい。

将来は、医師になって私みたいな人の心のケアをするのもいいかもしれないな。

そうお父様に相談すると、ならば教会でボランティアをするのもいいかもしれないと言われた。

私の勉強にもなると。

私は喜んで承諾した。




そうして教会でボランティアをすることになった。

初めてのところは不安だったので、付き添いのお母様の手をぎゅっと握ってしまったら、握り返された。

「大丈夫ですよ。ここにはあなたを害する者はいません」

微笑まれると不思議と安心する。

これは本物のイリス・アイリスフォールの心に引っ張られているんだろうか?

「はい、お母様」

私も微笑んで答える。

この気持ちはイリス・アイリスフォールとして大切にしたい。


侯爵家の威光か、私の事情を先に伝えておいたのか、私が聞き取れない時があっても教会の孤児達は笑わなかった。

むしろなんでも教えてくれた。

こちらの世界の庶民のこととか、家庭教師が教えてくれないようなことまで。

教会の孤児には戦争孤児もいて火炎の煙に喉をやられて喋ることが困難な子供も居たし、文字が分からない子もたくさんいた。

共に学び、私達より低年齢向けだけれど一冊の本を最後まで読めるようになった。

私は言語が分からないだけで喋れるし、学べる環境がある分幸せなんだろう。

本を読み聞かせられるくらいになると、私より読み書きも出来て喋れる年上の子供達が拍手をしてくれた。

確かな達成感があった。

お母様は泣いていた。

私がここまで意味ある言葉を喋れるようになったことに感激したようだった。

この本をお借りして、ルノー先生にも聞かせてあげたらどんなお顔をするのかしらと悪戯心も芽生えた。

お母様のように感動して泣いてくださるかしら?

帰り道、馬車の中で私はもっともっと頑張りたい、教会での出来事を胸に勉強にも精を出して子供達に教わるんじゃなくて教えてあげられるようになりたいとお母様に話をした。

お母様はとても嬉しそうに微笑んで聞いていた。

翌日から家庭教師の授業が難しいものになった。

分からない言葉は積極的に訊ねたり辞書を引いたりして克服した。

そうして段々と、普通に喋られるようになっていき、文字の読み書きも同い年程度までと認められた。

ここまで来るのに数年掛かった。

その頃には私は誰からも憐れまれることはなくなった。




そしてお母様が張り切ってお茶会の準備を始めた。

私のお友達作りとあわよくば婚約者を探すためのものだ。

ふと、ルノー先生が思い浮かんだけれど、先生は先生だ。

それに私はルノー先生みたいな医師になりたい。決して貴族のご婦人になりたい訳じゃなかった。

でも、侯爵家の令嬢としての立場は教会でのボランティアは認めてくれても跡継ぎを産むという責務からは逃してくれなかった。

そして初めての同い年の子供達とのお茶会の準備に追われた。

おもてなしって大変だと思った。


初めてのお茶会。

初めての同年代の教会以外の貴族の子供達。

私は不安になりルノー先生にまた助けを求めた。

「ルノー先生、わたくし大丈夫かしら?粗相をしてしまわないかしら?お友達はできるかしら?」

医師になりたいとはまだ言えない。婚約者がいらないとも。

ルノー先生は相変わらず微笑んで答えてくれた。

「大丈夫です。あなたなら、もう立派な小さなレディです。安心してお茶会を楽しんでください」

この微笑みは、患者に向けてのものだろうなとなんとなくおもったけれど、その思いに蓋をした。

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