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第六話『魔王』

 始まりは、少女が魔王の少女を訪れるところから始まる。


 元々似ていた私たちは、すぐに仲良くなった。

 少女には妹がいること。優しそうな魔王さんで良かったと、胸を撫で下ろしたこと。

 色々なことを話した。

 くだらない、楽しい日々だった。


 しかし、その平穏はすぐに消えて無くなった。

 勇者が私の元に現れたのである。


「何故、ここに来た……っ!」


 それを聞き、ニヤリと意地悪く笑うと、


「そりゃ、魔王退治が仕事だからさ」


 鞘から剣を抜く。

 それだけで、魔王は父親が目の前で殺された瞬間を思い出して、動けなくなってしまった。

 だから。


「――え」


 目の前には、私の代わりに剣をその身に受けた少女。

 刃先から血が滴り、足元へと落ちる。


 そして、しばらく遅れたのちに少女は。


「……生きて」


 そう呟くと、少女は重力に従うように地面へと落ちた。


「さて、魔王さん。次は……」


 勇者がへらへらと笑いながら、私へと剣を向ける。

 その時、彼の表情が恐怖に染まった。


 私の体から、『黒』い何かが。

 とろとろ、とろとろ、とろとろと。


 慌てて逃げようとするが、壁から先回りするようにその『黒』が扉を塞ぐ。

 その時、床も、壁も、天井も。そして、勇者でさえも。


『黒』に染まった。


「やっ、やめてくれっ! なんだよそれ……っ! 近付くなぁっ!」


 心からの恐怖を叫びながら、『黒』の中へと沈んでいく勇者。

 私はそれを、満足げな顔で眺めていた。

 死が目の前にあるというのに。


 そして、彼の体が消えてなくなると――、


「……私が、間違っていたんだな」


 笑う。

 ケタケタ、ケタケタと。


 間違っていた。

 私が、私が、ワタシが、わたしが。


 結局、世界は平和など望んでいないのだ。

 ならばいっそ、わたしの手で。


 そこには、死を怖がっていた少女の一面はどこにもなく。

 話に聞く世にも恐ろしい魔王。

 黒の魔王が、存在していた。



 あるところに、世界があった。

 その世界は、恐怖に支配されていた。

 ……それも、ただ一人の魔王によって。


 わたしは、殺した。

 途方の数もない人間を。歯向かう魔族を。


 ある時は、街の自警団を。

 ある時は、子供や老人を。

 ある時は、裏切り者の魔族を。


 殺して殺して。

 血を舐めると、満足そうに笑って。


 幸せで。

 悲しくて。


 泣きながら。

 笑いながら。


 わたしは既に、壊れていたのだ。


 ある時。

 わたしに向けて剣を抜いた、魔族の青年がいた。

 剣を抜き放ち、彼は叫ぶ。


「何故だ! 何故その力がありながら、貴様は何もしなかったっ! 何故、同胞を守ろうとしなかった!」


「何故、何故、何故……。やかましいな、貴様は」


「貴様ぁっ!」


 剣が振り下ろされる。

 しかし、わたしの足元から生えてきた『黒』の手によって弾き飛ばされてしまう。

 鉄の音が地面に響くと、わたしは微笑んだ。


「貴様たちの願いが成就するときが来たのだ。喜べよ、なあ。笑って見せろ。これが全魔族の願いなのだろう?」


「答えになっていない! 貴様の過ちだらけの過去は、どう精算するつもりだ!」


「過去……? ああ、そんなものに囚われているのか、貴様も」


 その言葉に、目を見開く青年。

 わたしはそんな彼を面白がるように、続ける。


「過去に散ったものなど、灰にも等しい。そんなものに何の価値を見出す?」


「っ、ふざけるなぁぁぁぁっ!」


「……愚かだよ、お前も。過去に価値などないとわからないなんて」


 そう言うと、彼は地面を侵食している『黒』へと溶けていく。

 散り際に、彼は。


「……すまない、約束は守れなかったよ。メイリィ」


 約束とは、何のことなのか。

 メイリィとは誰のことなのか。


 ……もはや、興味もない。

 わたしは、進み続ける。



 ある時、一人の少女がいた。


 そこには、『魔法』と呼ばれる特別な力を使える少女がいた。

 絶望に溢れた世界での唯一の希望。

 その少女も、勇者と呼ばれていた。


 ある日、少女は魔王と出会った。

 彼女が出向いたわけではなく。

 わたしが、少女の村を滅ぼしたから。

 わたしを目にした少女は怯えることしかできなかった。


 わたしはその少女を部下とした。

 それは、慈悲でも、気まぐれでもなく。


 ――ただ、わたしを憎んでいるだろうと思ったから。

 わたしを……殺してくれると、思ったから。


 それから数年が経ち、わたしの元には屍が集まり、世界で最も恐ろしい魔王が出来上がっていた。

 少女も、嬉々として人間を殺し、わたしの手足となっていた。


 それは、純粋な狂気だった。


 恐怖の象徴である魔王。

 その力に対する……倒錯的な、忠義。


 少女は、わたしの目の前で膝をつき、


「魔王様、東の方でレジスタンスが蜂起しました。どうされますか?」


「無論、皆殺しだ。チリも残すな」


「はい」


 もはや、虐げられていた魔族の影はどこにもない。

 全ての人間が魔王を恐れ、日陰で暮らしている。


 そんなある時、勇者と名乗る少女が目の前に現れた。

 彼女は剣を抜かずにわたしに近付くと……、


「意気地なし!」


 張り手が飛ぶ。

 わたしはその張り手の主人である少女に向けて睨む。


「……死にに来たのか? ご苦労なことだ」


「違う! 私は、最初はあなたは和平を望んでたって聞いたから、きっと話を聞いてくれると思った! でも……」


 そうじゃなかった、と拳を握り目を瞑って叫ぶ少女。

 和平を望んでいた。その忘れかけていた事実に少しだけ、心が揺られる思いがする。

 だけど、今更この道を引き返すわけにはいかない、と考え直し、試してやろうと笑みを浮かべた。


「今更和平を進めるつもりなどない、と言ったらどうする?」


「最初に言ったよ。意気地なしだって。平和から逃げた、最低の臆病者!」


「……黙れ。もしくは、この手で黙らせてやっても良いのだぞ」


「やってみせてよ! あなたみたいな弱虫、ちっとも怖くないんだから!」


 その言葉を聞くと、魔王は笑うと。


「……くだらない。貴様のその心意気、必ず折ってやる」


「わかった。それなら、何度でもここに来てあげる。やってみせてよ、弱虫魔王さん!」


 それから、毎日のように少女はわたしの元へ訪れた。

 最初は、わたしの口からは恐ろしい言葉ばかりが出てきていたが、次第にくだらない事も話せるようになり、少女もそんな彼を歓迎するようになっていった。


「魔王さんは、美味しいものは最後に食べる派? それとも後?」


「私はいつも後だったな」


「えー、残念。最初なら私と一緒なのに」


 魔王も、少女といるうちだけは。

 楽しそうな表情を浮かべていた。


「昨日ね、子猫を見たんだよ。可愛かったなー」


「猫派なんだな、キミも」


「魔王さんも!? やった、一緒だ!」


 そして、ある時。

 魔王は、一つの決意をした。


「私、魔王をやめようと思う」


「……うん」


「私は、罪のないものを殺しすぎた。……今更許されるものとは思えないが、それでも私は償いたいと、心からそう思うよ」


「……そっかぁ。魔王さん、向き合うって決めたんだね」


 わたしは頷く。

 それは、魔王の命の終わりであり、罪の終点。

 それは、魔王と少女の別れ。


「……それじゃあ、行くよ。もう魔王の影に怯えることはない、と伝えておいてくれ」


「……うん。それじゃあ、ね」


 少女が寂しそうに手を振る。

 そして、少女が見えなくなるかどうかの時に。


 もう一人の少女の内にある、狂気という名の魔法は解けた。

 だから――、


「……許さない」


 魔王への憎しみ。

 それが、彼女を突き動かした。


「……」


 熱く、冷たい刃がわたしの体に突き刺さる。

 彼女はそれを受け、膝から崩れ落ちた。


「言い返してください。殺してくださいよ、あなたなら簡単に私のことなんか簡単に殺せるはずじゃないですか」


「……すまない」


「……っ」


 彼女の息を呑む音が聞こえる。

 でも、わたしは振り返らず、彼女の刃を受け入れていた。

 これが、結末なのだとしたら。

 悲しく、そして世界を脅かした魔王に相応しいものだった。


「返してよ」


「……」


「返してよっ……! あなたが奪った、わたし達の未来も、人たちも、全部全部ぜんぶっ……!」


「すまない」


 魔王の言葉を皮切りに、彼女の体は倒れる。

 そうして、その日魔王は死んだ。



 ◆



 夢を見ていた。

 間違いなく、黒の魔王としての記憶である。

 私の、夢を見ていた。


 目が覚めると、そこには誰もいない真っ暗な部屋が広がっていた。

 ……違う、真っ『黒』な部屋が広がっていた。

 私はそこで、三角に座って膝で目を覆っていた。


 ……怖い。

 ダリアが怖い。

 作り物だった世界が怖い。


 ……みんなが、怖い。


 黒の魔王は負けた。

 私もきっと、ダリアには勝てない。


 その時、みんなはどう思うのだろうか。

 軽蔑するだろうか。嫌うだろうか。

 それどころか、私と仲良くしたことすら忘れようとしてしまうのだろうか。


 なんで、私なんだ。

 どうして怖くて痛い思いをしなくてはいけないんだ。


 ……どうして、死に立ち向かわなくてはならないんだ。


 誰か助けて。

 父でも、母でもいい。

 私と、代わってほしい。


「……キミはそれでいいの?」


 声がする。

 私よりも少し大人びた、黒の魔王の声。


 それで、いいわけがない。

 でも、ダメだ。私の心が怖がってしまっている。


 立てない。動けない。立ち向かえない。抗えない。歯向かえない。争えない。踏み止まれない。あがけない。


 もう、私の心は限界だった。


「わかるよ。だって、わたしはキミだから。だけど……」


 彼女の言葉が途切れる。

 そして、静寂に包まれた部屋の中で、小さくか細い声が聞こえた。


「……ソフィア」


 フレイヤの声。

 聞いていてどこか安心するような、柔らかな声。

 ……今一番、聞きたくない声。


「……もう、放っておいてくれ」


「……」


「私は負けたんだ。創造物のひとつである私が、神に勝てるわけがなかったんだ」


 もう、嫌だった。

 目の前の現実を全て、かなぐり捨てたいくらいに。


 だけど。


「……私は、あなたにダリアに勝ってほしくてここに来たわけじゃないよ」


「じゃあ、笑いにきたのか。魔王らしくないと、死が怖いだけの臆病者だと」


「ううん、それも違う。私は……ソフィアに会いたかったから、ここに来たの」


 そう言うと、隣に座り込む気配がする。

 真っ黒で気持ちの悪い部屋だと言うのに、どうして。


「私はね……嬉しかったんだ。私は一人だと思ってたから、一緒だって言ってくれて」


「……」


「良い人だって思った。一人にしたくないとも。だから、私はここにいる」


「……だけど、ダリアがそれを許してくれないだろう?」


「なら、勝てばいい」


「それは……無理だ」


 あの一瞬でようやくわかった。

 彼女は強い。それも、圧倒的に。

 万が一でも、勝てる可能性は……。


「無理だ無茶だと周りに言われても、物事を成し遂げたいともがき続けたのがあなただろ?」


 もう一つの声。

 ハインリヒの気配が、私の正面から感じ取れる。


「我々に無理だと言われても、あなたは和平という態度を変えなかった。なら、それをもう一度するだけだ」


「……今回のは本当に無理だって、わかるだろ?」


「無理も無謀も無茶も、全て壊したはずだ。……あの世界のシナリオは、もう壊れているのだろう? ならば、我々の敵は一つ。出来損ないの神だけだ」


 彼は簡単に言ってのける。

 だけど。

 だけど、もし。


「……もし、私が負けたら?」


「負けたら、この世界ごと滅びるだろうな。そして、あの女のシナリオは再スタートだ」


「再スタートしたら、恐らく今度こそ成功するだろうね。わたしの力も、ほとんど限界に近い」


「つまり、これがラストチャンスというわけだ」


 ラストチャンス。

 絶望を告げる単語が、重く背中にのしかかる。


 あの世界の中で、私は何も出来ない。

 その事が、怖かった。


 その時。


「……だがな、ソフィア」


 ハインリヒの声が私を呼ぶ。

 私の部下としてではなく、友人として。


「私は、お前と出会って、この世界を生きれてよかったと……心からそう思うよ」


「……ハインリヒ」


「私もです。あなたが魔王じゃなかったら、きっとここまで一緒じゃなかったと思いますから」


「……フレイヤ」


 何故、優しくするのだろうか。

 私は、こんなにも無力なのに。


「それはね、みんなキミのことが大好きだからだよ」


「……」


「彼女たちは本当に、ただキミに会いたくてここにいるんだ。キミはわたしなのに、わたしとは全く別の存在のように感じられて、なんだかちょっぴり、羨ましいな」


 ……私に会いたくて。


「……だから、最後まで一緒にいきましょう。ソフィア」


 フレイヤの体温が、体に伝わる。

 顔を上げると、そこには私を抱きしめているフレイヤの姿があった。

 その先には、腕を組んで微笑んでいるハインリヒ。


 その光景を見た途端に。

 私の。


「……覚悟は決まったよ」


 立ち上がる。

 視界に開けていた黒の部屋が、『白』に染まっていく。

 夜に沈んでいた太陽が地平を照らすように。


 ……今も、ダリアが怖い。

 あの世界が怖い。


 でも、私たちの目の前にいるこの人たちを失う方がもっと怖い。

 だから……、


「……行こう。みんなを救いに」


 頷いてくれる二人。

 そして、目の前にある扉に手をかけると。


「この部屋の先には、君たちの世界がある。だけど、その先がどうなっているか見当がつかない。だから、気をつけて」


「気をつけてって……お前は行かないのか?」


「うん。この部屋は元々わたし達の世界にあるものの一室なんだ。そこへあの世界からキミたちを避難させるのに、力を使い果たしてしまったから」


 その言葉の通り、彼女は足元から透け始めている。

 恐らく、本当に消えてしまうのだろう。それを察したフレイヤが、心配そうに呟く。


「ソフィア……」


「……はは。そっちの名前でキミに呼ばれると、なんだか、そうだな。うん、もう……満足だ」


 言葉の通り、彼女の表情は穏やかだった。朝焼けに吹く、一陣の風のように。


 扉を開ける。

 眩しい光と共に。


「キミたちの物語に最高のハッピーエンドが訪れることを、祈ってるよ」


 優しい声に背中を押されて。

 一歩、前に歩み出た。


「ソフィア、最後に伝えて欲しいんだ。ずっと――」

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