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幕間『月が眩しかった理由』

 あるところに、賢者ハインと呼ばれる、ハインリヒという名の魔族がいた。

 彼は、生まれながらにこの世のありとあらゆる知識を知っていた。

 いや、知ることがないと言う驕りだったのかもしれない。

 だが、新しい発見が得られないと悟り絶望した彼は、彼は森の打ち捨てられたボロボロの小屋を借り、一人静かに暮らしていた。


 そんな時、永遠に凍りついていた小屋の中に一つのノックの音がした。

 そこから、「ただいまー」とどこが明るく、間の抜けた声がする。


 酔っ払っているのだろうか。

 そう考えたハインリヒは山から降りる道を指し示そうと扉を開けると、そこには赤い長髪の少女が、後ろ手を組んで笑っていた。


「あれ、あなたは?」


「……名を名乗らせたいのなら、先にそちらだろう」


「あはは、その家私のものなのに。盗人猛々しいんだね、キミ。楽しそうだから、別にいいけど」


 訳がわからないと硬直していると、彼女は彼の隣をすり抜けると、小屋の中を見回し始め、感嘆したように息を漏らす。


「わー、昔は何もなかったのに、本がいっぱい! ねえねえ、この中に医療の本もあるの?」


「勝手に入るな。それに、まだ話が終わっていない。お前を助けるとは、一体何を言っている……」


「私ね、病気なんだ。病気の名前は……」


 その病気の名は、ハインリヒの耳にも聞き及んでいた。

 致死率の高い、治すことのできない病気。

 だけど、ハインリヒはそれを告げることができなかった。

 賢者としてのプライドが出来ないということを許せなかったのか、それとも彼の心の片隅にある優しさによるものなのか。


「……その病気なら、治せるかもしれない」


「本当!? やっぱり只者じゃないって思っていたよ!」


「だが、その前に一つ聞かせろ。お前の名は?」


「私? メイリィだよ、よろしくね」


 それから、だった。

 彼女は泊まり込みでハインリヒを手伝うと言い出した。


 それから、彼女との同棲が始まった。


 最初のうちは、治す術などないと知っていたため、やる気にはならなかった。

 しかし、ある夜。

 部屋の外で星を見ようという話になったハインリヒとメイリィは、薪を挟み向かい合って座っていると、突然彼女が言った。


「……ハイン、私ね。あの月が好きなんだ」


 月を指差し、彼女は微笑む。

 月が好き。その意図が分からずハインリヒは首を傾げた。

 そんな彼の様子に笑うと、


「だってさ、綺麗だし、毎日違う顔を見せてくれるから、飽きない」


「別に、あれは光の辺り具合で……」


「こーら、冷めるようなこと言わないの。ロマンチックに浸りたい乙女の心を踏みにじらないで」


「……悪かったな、鈍感な男で」


 くすくすと笑うメイリィ。

 その笑顔に、ハインリヒは心の底では惹かれていた。


「私ね、この世界が大好きなんだ。みんなが一生懸命今を生きている、この世界が」


「……そうか」


「うん、幸せだよ。この世界に生まれて……あなたに会えて」


 彼女は立ち上がり、「だからね」と言って振り返ると、


「もし戦争とかで世界が終わるようなことになっても、あなたは変わらないでね」


「当たり前だ。私が亡霊になろうとも、お前がいたこの世界を壊させはしない」


「……うん。それを聞いて安心したかも」


 彼女はそう言って、地面に大の字に寝転がる。

 それきり、小さな寝息を立てはじめた。


 ハインリヒはそんな彼女に毛布をかけると、ランプを机に立てかけ、読みかけの医療書を読み始める。

 その日から、彼は本気で彼女を助けようと思いはじめた。


 また、とある日。

 その頃には、彼女は歩くことさえギリギリで、1日のほとんどをベッドの上で寝たきりになってしまっていた。

 だが、何度医療書を読みあさっても、治療法は出てこない。それ故に、ハインリヒはすっかり焦燥に飲まれていた。


「ねえ、ハイン。少しだけ、お話ししたいな」


「すまない、今は忙しいんだ。全てが終わったら、また話そう」


「……ん、わかった」



 これが、最後の会話だった。

 その日の夜に彼女は崖から飛び降り、自ら命を絶った。

 それは、あまりにも突然に。あまりにも残酷に。


 彼女の体が病気に蝕まれ、息をすることさえ激痛が走る体ということは知っていた。

 だが、ハインリヒは信じていた。メイリィが耐え続けてくれると。

 それが、あまりにも驕った考えであるとも知らずに。


 あの日、話を聞いていれば変わったのだろうか。

 あの日、彼女に優しくしていればこんなことにはならなかったのか。

 あの日……。


 血が頭から垂れる。

 柱には血が付き、赤くぬらぬらと不気味に光っていた。

 ハインリヒは激痛に頭を抑え、顔を上げる。


 そこには、鏡に映った血塗れの魔族がいた。


「私が……」


 それは、あまりにも残酷で。


「私が……」


 それは、あまりにも救いのない。


「私が……私が魔族だから、信用しきれなかったというのか?」


 答えだった。


 それから、彼から心の光は消えた。

 同時に、魔族であると言うことが恥であると言う世界を憎んだ。

 人間さえいなければ、とも。


 だから、悪戯に魔族を殺す人間を憎んだ。

 魔族が殺されている現状を見て見ぬ振りし、和平という生半可な態度をとった魔王を憎んだ。


 だけど、ある夜、


「――違う!」


 彼女は……魔王は言った。

 メイリィは、ハインリヒのことが好きだった。だから、ハインリヒの苦しい顔を見るのが耐えられないから自殺したと。

 あまりにも馬鹿馬鹿しい、答えだった。


「……はは」


 笑いが溢れる。


「ねぇ、ハインリヒ」


 ああ、そうだった。

 言っていたじゃないか。


「……私ね、あなたに会えて」


 最初から、答えはあったじゃないか。

 彼女は、ずっと言ってたじゃないか。


「幸せ、だったよ」


 今更、と笑ってくれてもいい。

 だけど、ハインリヒはもういないはずの彼女に向け、呟く。


「……私もだよ、メイリィ」


 彼の目に映る月は、空は、世界は。

 やけに眩しく、輝いて見えていた。


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