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戦中の虎  作者: 小城
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美濃岐阜編

 この物語は、フィクションであり、実在の人物、団体、事件等とは、一切、関係ありません。

 三人は、うまく地蔵堂を抜けた。

「屋根裏に隠し部屋がある。三人では、ちと狭いが居られぬことはない。」

 雲浄の案内で、本堂に戻ると、如来坐像を足下に踏み、天井裏へ逃げた。

「亡者共は、音を聞く。今宵はもう寝ろ。」

 雲浄はせかせかと筵を敷き直すと、ごろんと横になり、そのまま眠りに就いた。


 それから、朝になったようだった。それでも、三人の内の誰も目を覚ますことはなかった。その間、天井下の本堂には、あの兵法者が徘徊していた。他の亡者が眠りに就いた後も、彼だけは歩き続けている。

「ワガ流派……。後の世マで……。兵法の達者イズレにおりヤルカ……。」

 その姿は、試合の相手を探して回る流浪の兵法者のそれであった。

「えいやあ!」

 突然の出来事だった。本堂に、男が一人、入って来たかと思うと猿のように飛んだ。男は白刃を抜いていた。そして、背中まで振り上げたその白刃を、亡者に向かって思いっきり、振り下ろした。

「とう!!」

 掛け声と共に、男は頸筋を後ろから一刀の下に斬られて倒れた。不意討ちにも関わらず、男の白刃を受け流しつつ廻剣させた亡者の刀が、重力で落下する男の頸筋を背後から切ったのであろう。それは一瞬のことだったと言って良い。そのことが、亡者の腕前を如実に語っていた。

「ワガ秘剣ノ太刀見るガヨイ……。」

 亡者はその場を去って行った。天井裏では、その出来事に気が付かず、熊谷たちが眠っていた。しかし、その中で、唯一、雲浄だけが、天井板の節穴を通じて、地上で起きたことを垣間見ていた。


「わしは、数年前に、岐阜から逃げて来た。」

 雲浄は出立の支度をしている。二人に付いて行くというのは本気だったらしい。

「古き友人じゃったこの寺の住持は、わしを匿い、この隠し部屋に置いてくれた。然れど、その翌年、織田がやって来た。わしはその時も、この天井裏にいた。倶利伽羅剣は、彼が、この寺の宝物だと言って、わしに託した物だ。箱に入った剣を抱きながら、わしは、天井板の節穴から、友人が殺されるのを見ておった。」

「気の毒であったな。」

 熊谷の言葉は世辞であった。しかし、雲浄もそのことは分かりながらも、彼の好意に甘えた。

「織田の兵が去った後も、わしは、この隠し部屋から外へ出て行くことが出来なかった。怖ろしさ故にな。やがて、亡き友の骸は、亡者となり、天井下を彷徨い出したのだ。夜になるとな。骸は、わしの名を呼んでいたよ。雲浄、雲浄とな。わしは、眠ることが出来なかった。骸もまた、いつまで経っても、天井下から離れることはなかった。」

「……。」

 雲浄の身の上話を、熊谷は、旅の支度をしながら、黙って聴いている。傍らにいる照姫もまた同じであった。

「そのまま幾日が経ったのか知れぬ。わしの恐れは、やがて、己への怒りに変わっておった。その時、ふと、最期に友が渡した宝物のことを思い出したのよ。箱を開けて見ると、宝剣であった。その倶利伽羅剣じゃ。わしが剣を持つと、剣は、わしの怒りに応じたのであろう。その身から炎を出したのだ。瞋恚の炎じゃ。その炎は、己の内なる怒りを喰らい、炎に宿す。それ故か、わしは、怒りを忘れることができた。怖れをじゃ。そして、わしは、階下へ降りて、友の骸をその炎で焼き、滅ぼしたのよ。さて、行くか。」

 話し終えると、雲浄は、あっけらかんとしていた。熊谷と照姫もまた、彼が今さっきまで、話していた身の上話などは、なかったかのような顔をしている。そして、昨日までは、なかった天井下の死体には、目もくれず、己等の行く道を急ぎ、進んで行った。


 岐阜は直轄地であるという。そこは織田の代官が治めていると雲浄が言った。

「北国は柴田権六。西国は羽柴藤吉。南国は丹羽五郎左。東国は松平次郎三。これらが、四天王よろしく東西南北を守り、隣国に攻め寄せておる。彼らは何処も、民草を使役し、食い物にしている。」

「天井裏に隠れていた割には、やけに詳しいな。」

「鼠を飼っているのでな。」

「草の者か?」

「旅の鉄砲撃ちで、蟻蜘蛛と名乗る者だ。」

「蟻蜘蛛と言うたか?」

「知っておるのか?」

「甲斐で名を聞いた。腕の立つ砲術者だと。」

「確かにそうらしい。が、真偽の程は知らぬ。わしは、あの女子に、食物を施してやった。一年近く前までは、時折、寺にやって来ては、宿にしていたが、ついぞ、姿を現さなくなった。」

「女子?」

「どうかしたか?」

「男ではないのか。」

「女子のように見えたがなあ。さてさて。着いたぞ。」

 三人が到着したのは、かつての犬山城下であった。今は、城は破却され、城下も取り壊されている。木曽川に架けられた大橋の入り口に大きな広場があり、それを囲うように、石垣の上に乗った渡り櫓と大手門が建っていた。それらは、おそらくかつての犬山城の外郭を利用した物であろう。三人は、そこを目指していた。

「あれを潜ると、そこから先は魔王の本拠となる。」

「すると、あれが入り口か。」

「大きな関所のような物だ。」

 これらの施設は、敵地から連れて来られた虜囚を選別し、一時的に収容する建物だという。

「いかにして通るのか?」

「過書があれば問答はなかろう。わしは道案内ということにしよう。」

 雲浄を先頭に三人は、魔王領の入り口たる門前に近づいて行った。

「やり取りはわしがやる。」

 門は開け放たれていたが、門前には、甲冑に面頬を着けた黒糸縅の鎧武者が大身の槍を持って、左右に立っていた。詳しい詮議や波乱があるかと思いきや、そのようなものは、ついぞなく、役人方の侍に過書を見せただけで、通ることができた。

「来る者拒まずと言ったところじゃよ。まあ、無事に帰れるとは限らぬがな。」

 三人は大橋を渡り、木曽川を越えて、岐阜を目指した。

 

 岐阜の代官は、前田玄以である。彼は美濃の生まれで、元は寺の住職であった。それ故、この岐阜で代官職を勤める時も、法体をしている。

 稲葉山山頂の城郭は、もはや、存在しない。岐阜の地にあるのは、四方に広がる平野と、その土地土地に、規則的に配置された棟割り長屋のような建物である。その建物が集まる中央には、櫓とそれに付属する武家屋敷が建っており、何町かの敷地、数軒の長屋と武家屋敷、それと櫓のひとまとまりがひとつのグループを構成していた。

「あのそれぞれに人が住んでいる。」

「櫓と屋敷は何だ?」

「目付役の居る処じゃ。」

 広大な平野部には、水田や農業施設。工業製品を作る工場のような施設もあった。

「どこに向かっている?」

 綺麗に整地された通りを歩いていく。照姫は、その光景を、珍奇な物を見るでも、好奇心を持って見るでもなく、冷徹に、冷ややかな目で見ていた。

「織田領内に宿はない故、青龍館へ参る。」

「何だそれは?」

「外から来る者は、皆一様に青龍館に泊められるのじゃ。」

 青龍は東方を守る守護者である。岐阜にあった寺院を破壊して造られた青龍館は、城の曲輪程もある敷地と建物を持っていた。しかし、その構造は、先の長屋と同じであり、それらが集まる岐阜の町は無機質この上なかった。

「さあ。着いた。」

 青龍館に着いた後、三人は手続きを済ませて、長屋の一部屋を借り受けることになった。

「夜に出掛けるぞ。」

 雲浄は、そう言うと、筵の上に荷物を広げて、横になった。


 夜間の外出は認められていない。青龍館には、監視の役人が就いている。しかし、そこは、いかに魔王の領内と云えども、監視しているのは人間であった。雲浄が役人たちに渡した賄賂により、お目こぼしを受けることができた。

「かといって、何もないがな。」

 魔王領に歓楽街はない。娯楽施設も皆無である。そもそも、人々は、決まった住居と食事を与えられており、それ以外に必要な物品は、収容、あるいは、労働施設内で、金銭を使ってやり取りしていた。その金銭もまた、人々が従事する労働によって、あらかじめ、決められている。ちなみに、魔王領内では、完全に、兵農分離が出来上がっていた。武士は軍役、警備、役人は、農工商民の監視、監督を職務としている。武士、役人には、元からの織田領内の人間が多く、農工商民の大半は、他国から連れて来られた虜囚たちであった。

「不思議じゃな。誰もおらぬ。」

「分かっていたことではないか。」

「いや、人ではない。亡者の姿よ。」

 青龍館の敷地内はひっそりとしている。そこには、生きた人間はおろか、亡者の気配すらなかった。

「よもや、亡者は織田領内から放たれておるかとも思ったが、そうではないのか……。」

「何を言っている?」

「おぬしは考えたことはないのか。何故、死人が動くのかを。」

「それは……。」

 このような世の中になってしまった原因は、魔王織田信長であると、熊谷は信じている。今、この世の中では、死人が亡者となって動いている。そのことが、ついに、当たり前のことになってしまい、死人が動き出す仕組みという物にまで、熊谷は、考えが至ることはなかった。

「本来、死人が動くなどということは、有り得ぬことじゃ。」

「それはそうだが……。」

 人は死ねば終わり。それが、例え亡者のような姿であったとしても蘇ることなどない。それを強く言える者が、今、この世の中に何人いるだろうか。

「物事には因果がある。魔王は、亡者のことで、何かを隠していないまでも、何かを知っているには相違あるまい。まずは、それを探るのが賢明よ。」

「それは道理であるな。」

「だろう。」

 空には月が出ていた。

「おい。」

 照姫の声だった。

「先ほどから、この臭いに気づいておらぬのか。」

「臭い?」

 熊谷は鼻をそばだててみた。すると、夜風に吹かれて、ほのかに何か、甘いような刺激臭が匂った。

「香かのう。」

 雲浄も同じように、鼻を立てて、辺りの空気を嗅いでいた。

「あちらは、領民共の住まう所ではなかろうか。」

「行ってみるぞ。」

 照姫が臭いを辿って行った。


 暗がりの中を、しばらく歩くと、遠くから灯りが見えた。

「あの堂舎だ。」

 それは少し大きめの堂のような建物だった。三人は、その建物の格子窓から、内を覗いてみた。

「領民共じゃな。」

 広い御堂の内に、何十人という人々が集っていた。ある者は座り、ある者は立ち、歩き、ある者は寝転んでいた。その中央では、大きな香炉が黙々と煙を上げている。人々の中には、何か草筒のような物を口に咥えている者もいた。

「人が来る。」

「ここまでじゃな。」

 夜警の侍であろうか。熊谷、照姫、雲浄の三人は、危険な夜の散歩を止めて、青龍館に帰って行った。


 三人が去って行った後、現れた者。それは、熊谷と照姫の師とも言えるあの山中の老爺であった。

「もう、ここまで来おったか……。」

 暗がりに立ち、老爺は三人の行末を眺めていた。


 翌日、三人は岐阜を発った。向かうのは、魔王の本拠、安土である。

「安土に着いたら。おぬしたちはどうする?」

 雲浄が問い掛けた。

「信長を殺す。」

 そう答えたのは照姫である。

「娘。何か謂われがあるのか?」

「何もないし、お前には関わりないことだ。」

「左様か。」

 会話が途切れ、沈黙が流れた。魔王信長を討つ。その理由を熊谷は知らない。照姫がそう言うのは、彼らの師父である老爺がそう言ったからだと、熊谷は思っていた。

「己等、何者であるか?」

 安土に向かう道中、かつての大垣を過ぎた辺りで、武者の一団と出会した。彼らは、甲冑を纏い槍を持っていた。織田の兵士であろう。

「岐阜から安土へ向かう旅の者にござる。」

 武士の詰問には雲浄が答える。

「そうではない。己等、使い手だな。特に、そこの男。」

 武士の頭らしき者が熊谷を指した。

「兵法者よのう。顔がそう言っている。」

 頭がそう言うと、他の武者たちは大笑いした。

「ならば、どうするのか?」

「死んで頂こう。」

 熊谷の答えに、頭の武者は槍を構えた。その槍は、左右に鎌の付いた十文字槍であった。

「詮議もなしに、お咎めとは如何なることにござる。」

「坊主に用はない。」

 雲浄の問い掛けにも、武者たちは問答無用であった。

「織田家足軽頭、可児才蔵。参る。」

 武者は名乗りを上げて、槍を突きつけてきた。熊谷は、それを咄嗟に退いて、刀を抜いた。

「わざと抜かせたのは、言わずとも分かるな。」

「鹿島新当流、熊谷鹿衛門也。」

「承知。我を殺すことができたならば、ここは見逃してやろう。」

 武者は、かなりの遣い手であった。熊谷は、その縦横無尽の槍捌きに、逃げ避けるしかない。

「邪魔だ!!」

 可児と熊谷が争っている傍らで、武者が倒れた。照姫である。加勢しようとした照姫に、それを止めた武者が、逆に倒されていた。と同時に、照姫は抜いた刀で、武者の頸の隙間を刺して殺した。可児を含めて、武者は残り二人である。

「女!!」

 もう一人の武者が槍を構えた。可児と熊谷は、相変わらず、戦っている。一人を殺した照姫は、そのまますかさず、間合いを見極めて、前へ飛んで回転したと思いきや、武者の太股を内から突き刺した後、背に乗せて、相手を転がし、同じように、頸の隙間を刺して殺してしまった。

「ちっ……。」

 照姫の行動は、獅子奮迅の動きだった。普段は大人しい照姫は、こういう場になると、酷く冷酷に相手を殺す。その異変を嗅ぎつけた才蔵は距離を取り、熊谷と照姫、二人を相手に、十文字槍を構えた。

「分が悪いか。」

 可児はそう言うと、二人に背を向けて、一目散に逃げ出した。相手は追っては来ないと踏んだのだろう。その値踏み通り、雲浄と熊谷は、可児を追うつもりはなかった。しかし、照姫は違った。彼女は、二人を残し、可児の後を追った。

「おい、待て!?」

 可児を追う照姫を熊谷が追い、それを雲浄が追う形になってしまった。


「いいかげんにせよ!」

 後ろから雲浄の叫び声が聞こえた。追走は、もう半刻も続いていた。先頭の可児と照姫の姿は、熊谷の目からは消えていた。

「ここはどこだ。」

「さあなあ。ちと休ませろ。」

 雲浄は地面に尻もちを付いた。辺りは、もう暗くなり始めている。

「あの娘、織田に恨みでもあるのか?小娘にしては、唐突すぎる。」

 雲浄は怒り顔であった。熊谷はと言うと、雲浄のことは、目もくれず、辺りの観察をしていた。

「おい。何とか言ったらどうか。おぬし、娘の目付役であろうに。」

 怒りの収まらない雲浄は、再度、熊谷に絡んでいた。怒りを炎に変える倶利伽羅剣の持ち主ではあるが、雲浄は、元からの怒り症なのかも知れない。

「何だ、この呻き声は?」

「呻き声?」

 熊谷の言葉に、雲浄は耳を傾けた。

「多勢が喚くような呻き声だ。」

「何も聞こえぬぞ。」

 初めての体験であった。甲斐で聞いた悪霊の呻き声なのだろうか。耳の奥で、風に飛ばされてやって来るような、か細く重いその声は、熊谷の耳というよりも、頭の中で聞こえているようだった。

「あっちか。」

「おい。」

 呻き声が来る先へ、熊谷は向かった。


 二人が辿り着いた場所、それは関ヶ原と呼ばれる辺りである。数年前、織田と武田の間で、大きな合戦が起きたこの地は、それ以来、死骨ヶ原という名で呼ばれていた。

 というのも、魔王に反旗を翻した武田家が、大軍を率いて西上、岐阜を抜いて関ヶ原の地に辿り着いたものの、それは織田の策謀であった。意図的に岐阜を放棄した織田軍は近江長浜で守りを固めていた。関ヶ原に布陣した武田軍は夜を迎えた。そこで彼らが見たもの、それは、生きる屍、亡者であった。他国が亡者と間近に対峙した初めてであった。

 武田軍によって焼き払われた岐阜の地で、大量発生した亡者たちは、武田軍の後方を脅かした。伸びた補給線と兵站は混乱状態となった。そこへ長浜から進軍した織田の本軍により、関ヶ原に進駐していた武田軍は壊滅させられ、多くの死者が出た。それから、この地は、夜になると、未だそのときの合戦の死者が亡者となって彷徨っているらしい。それから数年後の甲斐侵攻により、武田が滅んだのは、昨年のことである。

「堂だ。かなり大きい。」

 熊谷と雲浄は、そんな死骨ヶ原にある大型の堂舎に着いた。堂舎は広く、闇夜の中、奥は見えない。

「おい!鹿……。」

 熊谷が堂内の様子を探るのに躍起になっていた、その後ろで、先ほどからの物とは違った呻き声がした。熊谷が振り返ると、そこでは、雲浄が鬼に首を捕まれていた。

「鬼!?」

 油断していた。魔王領内に入り、これまで亡者を見ていなかった。熊谷はすぐに刀を抜き、鬼のふくらはぎを斬ろうと試みた。が、そうする前に、後頭部に衝撃を受けて、卒倒してしまった。

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