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戦中の虎  作者: 小城
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未来編

 この物語は、フィクションであり、実在の人物、団体、事件等とは、一切、関係ありません。

 西暦2XXX年。地球上にはウイルスが蔓延していた。

「門熊博士。ここにいましたか。」

 国家は滅亡し、生き残った人々は、地下に潜って、ウイルスに感染する恐怖の傍らで、細々と暮らしていた。

「鹿谷君。これを見なさい。」

 元日本国政府の所在地があった地下シェルターには、一万人を越える人々が暮らしている。その中でも、スラム街に当たるここ、貧民地区の救済院では、孤児となった子どもたちと、その救済院で育った大人たちが協力し合いながら暮らしている。

「また、研究ですか。」

 鹿谷と呼ばれた若者は、部屋一杯に、回路を繋げたコンピュータの前に屈み込む門熊博士に、コーヒーを運んで来たところだった。

「今度は成功しそうなんだ。」

 門熊平太郎は、元天才であった。彼は並外れたIQと知能を持った変人であった。それ故に、この地下シェルター全体を運営する管理者とコンピュータによって、危険視されて、この貧民地区に落ちぶれていた。そこで、この救済院を営む若き理事長である鹿谷英一に、救済院のコンピュータ管理者として拾われた。しかし、当の門熊は、コンピュータ管理の仕事はせず、自室で、いつも、研究に没頭していた。

「鹿谷君。」

「はい?」

 門熊は鹿谷の方を向き直った。鹿谷はと言うと、いつものように、門熊の長話に備えて用意してあった自分用のコーヒーを飲みながら椅子に座っていた。

「君は、D-487ウイルスの由来を知っているか?」

 ウイルスには、危険度に応じて、AからDまでの区分に別けられている。その中で、D-487ウイルスは、脅威レベル5で、最も危険とされていた。それは、国家、人類を滅亡させる恐ろしさを秘めているレベルである。そして、門熊博士の言うD-487ウイルスこそが、人類を地下深くに幽閉した犯人であった。

「D-487は、かつて、宇宙から飛来した隕石に付着して、地球にやって来た。」

 門熊は、鹿谷に尋ねはするが答えを求めてはいない。質問の言葉も含めて、それは全て、彼の話す話の一部に過ぎない。

「今となっては、飛来した時代の特定は困難であるが、おおよその飛来地は知れている。日本のどこかだよ。」

「それはもう聞きました。」

 鹿谷はコーヒーを啜った。このやり取りも、既に何回目だろうか。それでも、いつも、門熊は、鹿谷の吐く言葉が何であろうと、意に介することなく、話し続けるのである。

「このウイルスは、過去に三度、パンデミックを起こしている。一度目は、はるか古代、二度目は、今から約六百から八百年前だ。昔の時代区分では、戦国時代と呼ばれていた時代だ。」

「……。」

 もはや、門熊博士の勢いは止められない。後は黙って聞くだけである。

「一度目のパンデミックは、当時の人々が感染者を洞穴や洞窟に隔離し、閉じ込めることで、感染を防いだようだ。これが過去の文献から知られている。そして、もうひとつ大事なことは、最初のパンデミックの時に、何と、このウイルスに対抗する抗体保持者が現れたらしい。その一族が、パンデミック終結の立役者となり、後の日本国を築き、その統治者となったという。その一族は、日御子(ヒノミコ)という名で呼ばれるようになった。」

「……。」

 鹿谷はコーヒーを啜った。このくだりも、既に何度目かであった。

「古代人たちは、洞窟の入り口を大岩で塞ぐことで、感染をストップしたらしい。しかし、それから何百年も後、戦国時代に、その穴のひとつの封印が解かれてしまった。それが二度目のパンデミックの発端だ。その封印を解いたのは、誰なのか、今となっては分からぬ。文献からは知り得ない。そして、残念ながら二度目のパンデミックは、終わることがなかった。それは何故か。」

「日御子の一族が……。」

「日御子の一族が死んでいたからだよ。これは科学的推論にほかならないのだが、かつての抗体保持者であった日御子の一族は、第一のパンデミックの後、栄えて、一時は抗体保持者の数も増えたはずだ。しかし、時代が下るに連れて、その免疫機能も薄まっていった。ウイルス感染自体がなくなったからな。そこで、第二のパンデミックが起きたのだ。後で述べるが、その時、もうひとつ不運なことが起きていた。日御子の一族は、かつてのパンデミックと封印の物語を伝承していた。その恐ろしさと対応方法を伝えていたのだよ。そして、一部の直系の血縁者を作ることにより、D-487ウイルスに対する抗体免疫の遺伝子をも受け継がせていた。彼らは、それらの者の体に太陽の印を施すことで識別していた。」

「博士、そろそろ……。」

「不幸なことに、戦国の混乱により、その直系の一族が絶えていた。それにより、第二のパンデミックは、なかなか終結しなかった。そして、D-487ウイルスは、日本から世界に広がった。しかし、人々の中には、僅かに免疫遺伝子を持つ者やウイルスへの対抗方法を生み出す者もいて、何とかこのウイルスを隔離管理しながら日々を暮らしていた。そんな生活が約三百年続いた。それから後は君も知っての通りだ。人間や国々は、逆にこのウイルスを利用しようとし始めた。軍事や科学兵器として。しかし、それが、我々、人類のピークだった。相次ぐ戦争と紛争。その中で、第三のパンデミックが起きた。原因は兵器研究所からのバイオハザード。これにより、地上は、ウイルス感染者、すなわち、ゾンビの世界となり、我々、生きた人間は、地下深くに暮らすことになった。皮肉ではないか。かつて、ウイルスを地下に閉じ込めた我々、人間が、今度は、ウイルスによって、地下に追いやられた。まさに、ウイルスの反抗だ。」

 鹿谷のコーヒーは尽きていた。代わって、門熊のコーヒーはちっとも減っていない。

「このウイルスの恐ろしいところは、感染しても、その個体が生きている内は、発現しないことだ。稀に、生きている内にも、幻聴や混乱などの症状が見られるようになるが、それは薬物治療で、何とかなる。ハイにさせる。軽いドラッグ、麻薬の類いだがな。そして、感染した個体が生命活動を終えた時に、このウイルスは発現する。死んだ個体に代わり、ウイルス自らが、その個体の生体システムを利用して、動かし、活動し、ウイルスが生存できるようにする。すなわち、ゾンビ化。生きる屍だ。」

「博士。コーヒーが……。」

「あ、そうか。すまない。」

 枯れた喉に潤いを取り戻そうと、門熊はコーヒーを啜った。

「博士、では……。」

「このウイルス、時には死んだ個体の肉体を生前時よりも高めてしまうことがある。死体の状態にもよるがね。」

 鹿谷は機を逸してしまった。良い時は、コーヒーを一啜りした門熊は、それまで話していたことをすっかり忘れて、再び、研究に没頭してしまう。しかし、今回はそうはならなかった。

「筋肉は膨れ上がり、血管は浮かぶ。それが原因で、皮膚の色は赤くなる。そして、不思議なことに、このウイルスは紫外線に弱く、日が出ているときは活動を止めてしまう。それでも、例外がある。質の良い遺体。生前時の姿を取り留めた物、例えばミイラなどだ。生きている時にウイルスに感染していれば、当然、ミイラになってからも、ウイルスが発現し、疑似生命活動を始める。おそらく、脳などの保存状態によるのだろうが。それら保存状態の良い遺体は、何と生前の機能、理性や記憶なども復元して、疑似生命活動を起こしてしまう。しかし、ここで、勘違いしないでほしいのが、例え、どんなに、理性や記憶、巧みな体の動きなどを覚えていたとしても、それは、生きてはいないということ。つまり、本人ではないし、甦った訳でもない。それは、やはり、ただ、ウイルスによって、死体が動かされている訳なのだ。」

「……。」

 鹿谷は観念したのだろうか。既に目を閉じて、瞑想をしていた。

「ここで疑問なのが、仮死状態の場合。そのような状態で、ウイルスが発現し、かつ、生命活動が仮死状態から戻ったとしたら、どうなるのか。それは、本人なのかゾンビなのかということだ。これには、未だ実験データが少なく分からない。」

「博士。もう時間です。」

 救済院での来客対応の予定が入っていたので、鹿谷は強行突破を図った。つまり、椅子から急に立ち上がった。それに門熊は驚いた様子だった。そして、我に帰ったのか、口調も変わった。

「すみません。理事長。でも、最後に、もう少しだけ。これが、重要なことです。」

「すぐ済ませてくれますね。」

「はい。もちろん。」

 鹿谷は椅子に座り直した。何だかんだ言っても、鹿谷は門熊のことを買っているし、甘いし、優しかった。

「新しい歴史を創造しようと思います。」

「はい?」

 門熊の言葉と意味が分からなかった。

「もしですよ。何らかの方法で、第二のパンデミックが阻止できていたとしたら。どうです。おそらく、ウイルスは世界に広がることはなく、人類も地下で生活することはなかった。」

「だとしても、それが事実です。」

「そうです。ある意味では事実です。真理と言っても良い。歴史と言っても良い。しかしですね。理事長。いいですか。それとは、全く異なる新しい事実、真理、歴史を作り出すことは可能なんです。理論上。」

「はあ。」

 空いたはずのコーヒーカップを鹿谷は、口元に寄せた。しかし、それは、やはり、空のコップであった。

「もちろん、何もないところからではなく、今ある事実、いや、歴史と言います。それを元に、作り出すのです。いいですか。説明します。」

 辺りはいつの間にか暗くなっていた。それでも、何故か、鹿谷は、来客の予定も忘れて、門熊博士の言葉に耳を傾け続けた。それは、それが何故か、我々にとって、重要なことであると、無意識下で確信していたからだった。

「そうですね。鹿谷平太郎…。門熊英一…。熊谷鹿衛門なんてどうですか。」

「熊谷鹿衛門?」

「そのような人物が、今から遡ること数百年前、第二のパンデミックが起きる戦国時代の日本にいました。」

「いたのですか?」

「いや、いません。」

「いないのですか?」

「いたかもしれません。」

「どちらなんです。」

「そこがミソです。熊谷鹿衛門という名前の人物。こんな人物は、我々の歴史上、存在していません。いや、正確には、我々の識りうる歴史。学問上の歴史には確認できません。いなかったのです。」

「やはり、いないということですね。」

「いいえ。実際には、いたかもしれません。我々が知り得ないだけで。」

「よく分からないな。」

「実際には、いたかもしれないし、いなかったかもしれない。ここが重要です。それならば、量子力学的に、新たな世界を造ることは可能なのです。」

「可能ということは、成功したと?」

「これからします。させます。創り出します。まず、それには、干渉物とエネルギーが必要です。それをこれで補います。」

 そう言うと、門熊博士は、辺りをまさぐって、ひとつの遺物を出した。それは、古の剣であった。刀身に炎を象った龍の飾り付けがされていた。

「これは、ある人物が、地下シェルターの深くで発掘した遺物です。それを私が買い取りました。何故かというと、これは地球外物質でできています。おそらく、隕石でしょう。しかし、その構造が、地球上のどこにも存在しません。そして、不思議なのは、この物質は、人間の感情に反応するということです。」

「……。」

 鹿谷は、黙って聞くしかなかった。というのも、門熊のする話が理解不能だったことと、門熊が、その剣を手にした途端、剣から小さな火が上がったことからであった。

「私は感情のエネルギーが乏しいのでしょうね。上手な人ならば、扱い方を覚えれば、空気中の酸素を燃焼させることで、凄まじい炎を上げることができるでしょう。実験には、これを使います。」

 そう言って、門熊は剣に何やら怪しげな装置と回路を取り付けていた。

「これから、新たな歴史を、世界を、創造するのです。見て下さい。熊谷鹿衛門という人物は実在し、彼の手によって、第二のパンデミックは阻止される。そういう物語です。」

 装置や回路は、光輝いていた。

「そうだ。彼だけでは、心許ない。そういえば、理事長は、昔、虎の覆面を被って、人類最強を決めるタイトルマッチに出場して、救済院の運営費用を得たのでしたね。確か、リングネームは……、『戦中の虎』。」

「……!?どうしてそのことを……。」

「研究の一環で知りました。では、キーワードは、『虎』と『覆面』にしましょう。それらの関連が、熊谷鹿衛門がパンデミックを阻止するに当たり、助けとなるでしょう。」

「待って下さい。もし、新たな歴史が、世界が、創造されたとして、その熊谷鹿衛門は、実在することになるのですか。」

 コンピュータの輝きは頂点に達した。と同時に、光を上げて、剣は消失した。

「原子崩壊したのだろうか……。すみません。熊谷鹿衛門ですか。どうでしょう。それは、どのくらい干渉できたかにもよりますが、私の予想では、彼がもともと実在したとしても、実在していなかったとしても、パンデミックを終結させられることが確定した時に、その存在は、元の歴史を歩むか、あるいは、消えてしまうのではないでしょうか。」

「それは、可哀想ですね。」

「そうでもありません。もともと彼が死ぬ運命だったとしても、今回の干渉によって、新しい世界が生み出され、彼は、その分だけ、多くの人に思い出と生きた記録を与えるのではないでしょうか。」

「ということは、実験は、つまり……。」

「分かりません。しかし、おそらく成功したでしょう。」

 門熊はコーヒーを啜った。

「そうですか。いけない。もうすぐ、出ないといけない。」

「何かあるのですか?」

「いいえ。これから、ある人の所へ、行かなければならないのですよ。会う約束をしているのです。あ、まだ残っていた……。」

 鹿谷は、慌てた素振りで立ち上がると、自らのコーヒーカップに残っていた一口分のコーヒーを飲み干した。

「あれ……?」

「どうかしましたか?」

「いえ、何でも……。」

 窓の外は明るかった。ここは地下のはずなのに、何故か、外には、太陽が昇っていた。


fin

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