第7章~うろたえた帰り道~最終章
そして、車を発進させようと思った瞬間、
「ザ、ザザザ、ザッシッ-!」
…と、いう音を立てて、ソフトボール大の絡み合った芋虫が上から降ってきて、形を崩しながら転がってきたのです!
ぼくは車のウインドウを半分位開けて、懐中電灯で上の方を照らしてみると、周囲にある木にもびっしりと芋虫が這い上がっていました。
枝の先に行った所で行き場を失った芋虫が、ボール状に膨らんで重さに耐えられなくなって落ちてきたのです!
その状況に、ぼくの鼓動は段々と早くなりました。
しかし、帰るにしてもUターンが出来そうにないので、その道を進むしかなく必死で先に先にと走ったのです。
結局、登山道入り口の所迄行かないと引き返す事が出来なかったので、登山口の看板だけを横目でチラッと見てすぐに走り去りました。
山道を下る途中で、ソフトボール大の絡み合った芋虫が、走行している車の前に何回か落ちてきて、形を崩しながら転がってきました。
その度に狼狽しましたが、一度フロントガラスにソフトボール大の絡み合った芋虫が、
「ザッ、ビチッー、ビチビチビチビチ-」
…と、不快音を立ててフロントガラスに直撃した時は、一瞬視界が失われたのと、そのグロテスクな様相が絶叫系のアトラクションよりも怖いと思いました。
基樹君と2人で、
「うわぁーー」
と、叫びまくり、ハンドルを持つ手が震えていました。
ワイパーを最大速度で起動しても、フロントガラスの両サイドに追いやるだけで、芋虫はなかなか地面に落ちてくれなかったのです…。
その帰り道を走っていた時が、本当に長く感じたのなんのって…。
山道を下って行き、段々と道路にいる芋虫が減ってくると、やっと生きた心地がしてきました。
そのままずっと山道を下って行くとすっかり芋虫はいなくなり、車が停められるスペースがあったのでそこに停車しました。
高速道路のICの近くに来て、ぼくはやっと引き返してくる車が多い事と、不可思議な音の正体が分かったのです。
「亜沙美さん、もう大丈夫ですよ」
亜沙美さんは、ずっと目を瞑って頭を下げたまま両手で耳を塞いでいましたが、やっと顔を上げてこっちを向きました。
「どうして目を瞑って耳を塞いでいたんですか?」
と、ぼくが聞いたところ、
「あ、あの、本当に怖かったんです…」
「車の窓にびっしり芋虫がへばりついていて、あのモソモソっ、カサカサっていう嫌な音と、大量の芋虫を裏側から見た気色悪さで気絶しそうだったんです…」
「明日からしばらく夢に出てきそう…」
と、気持ち悪そうに言いました。
「もう、登山は嫌になった?」
「いえ、多少の芋虫がいるだけなら前に登った事がありましたよ」
「マジか!俺は多少でもダメだな…」
高速道路を走ると、車にくっ付いていた芋虫は全て風圧で吹っ飛んでいきました。
その日は休憩を多目に取って帰りました。
帰宅した後、明るくなってから車の中の物を全部出して、芋虫が残っていないか確かめましたが1匹もいませんでした。
数日後テレビを観ていたら、ニュースの後半であちこちの山で芋虫が大量発生している事を取り上げていました。
それによると、山には10年周期で芋虫が大量発生するとの事でした。
僕らが見たピンク色をした芋虫は、蛾の幼虫でその年に大量発生した事が判明しました。
帰りの車内で亜沙美さんが言っていたように、八ヶ岳の麓での出来事が何度か夢に出てきましたが、1週間程度で見ないようになりました。
それにしても、もし八ヶ岳に向かう道の途中で異変に気付かず、麓で仮眠をとっていたらと思うと、今でもゾッとします。
それと、進君の足元に這い上がっていた芋虫を蹴り上げて振り落とした時に、ぼくの方に向かっていなくて本当に良かったと思いました。
何せあの時、かなりの量の芋虫が宙を舞ったのですから…。
最後までお読み頂き誠にありがとうございました。
皆様は、最近いつ頃登山に行かれたでしょうか?
忙しくて、学生の時以来行っていない、という方も多いと思います。
やはり、最初は低い山から徐々に登頂していくのがいいのでしょう。
山のシーズンは限られているので、登山をする方はシーズンオフにはひたすら体力作りに明け暮れると思います。
ぼくの高校時代に登山部がありましたが、入部していた訳ではなく、部員が重いリュックを背負って放課後学校の階段を何度も上り下りしていたのを横目で見ていました。
それが大学になって、いきなり富士山に登ろうという話しになった時、出身高校の登山部のトレーニングを思い出し、かなり鍛えないと登れないのでは?と不安になりました。
それでも、2回目で富士山に登頂出来たのは、若さと仲間がいたからだろうと思いました。
八ヶ岳の出来事は、登山道入り口まで車で行ったのに、思わぬ敵に阻まれてとても残念でした。
あの時こそ、動揺が酷かったと思います。
人は長い休みに入るとだいたい同じような質問をしてきます。
どこかに行くとしたら、山がいい?海がいい?とね。
この時のぼくの仲間は、迷わず山に行きたい!って言っていたんでしょうね。
懐かしい思い出でした。