第5章~深夜八ヶ岳に向かうと
八ヶ岳も富士山の時と同様に、墨田区にあるぼくの実家から登山前日の夜に車で出発して、現地の登山口に真夜中に着くように行きました。
そこで、仮眠を取って6時30分から登山をする予定でした。
中央道のインターを降りてから、下道で八ヶ岳の麓まで向かいました。
下道をしばらく走っていると、八ヶ岳へ向かう分岐点に差し掛かりました。
「ここを真っ直ぐ進んで行けば、八ヶ岳の麓に着くぞ!」
と、基樹君が興奮気味に言いました。
紅葉が見頃の秋の登山シーズンだから、麓には既に何台かの車が登山道入り口を目指しているんだろうと思って運転していると、片側一車線の反対側の車線から、帰って行く車を何台も見掛ける事になりました。
その時ぼくは、
「何だろう、今頃山から帰りなのかな?」
と、思いながらも、車を走らせました。
それから20~30分位、八ヶ岳の麓に向かう道を走らせていると、時間帯が真夜中だったのもあって段々と眠気が襲ってきました。
居眠り運転で事故を起こすとマズいと思い、そこで一旦車を路肩に寄せて停車して、少しだけ休憩する事にしました。
基樹君は、少しでも早く登山道入り口に着きたいらしく、
「30分休んだらまた出発しようぜ!」
と、言ってきました。
その時、進君は後部座席で既に寝ていました。
亜沙美さんも後部座席で眠たそうにしていました。
だいたい30分休んだ後に再び車を走らせましたが、休んでいた時に気になった点が2つありました。
ひとつは次々と帰って行く対向車が猛スピードで走り去って行ったのと、もうひとつは何か車外でモソモソっとする小さな音が絶え間なくしていた事でした。
ぼくも、早く登山道入り口に到着して仮眠したいと思いながら、眠さを押し殺して更に車を走らせました。
しばらく走行していたら、明らかな異変に気付きました。
何と!道が動いているように見えるのです。
その時の表現はというと、まるで動いているベルトコンベアーの上を車が走ってる感じでした。
ぼくは思わずスピードを緩めました。
この現象を見て、疲れているからなのか?
それとも他の要因か?
ぼくは全く訳が分からなくなりました。
とりあえず、助手席でボーっとしている基樹君に、
「ねえ、基樹君!道が動いて見えるんだけどさ、見てくれないかな!」
と、ぼくが動揺しながら言うと、
「えっ、そんな事は…」
「わァァ~、本当だ!何だこれは~!道が右に動いて見えるぞ!」
基樹君の驚愕の声が聞こえ、亜沙美さんは身を乗り出して、
「何、何?後ろの席からだとよく分からないんだけど…」
と、訝しげに言いました。
「えっ、道が動いているというよりは、歪んで見えるんだけど…」
と、ぼくが言うと、基樹君は進君に大慌てで声を掛けました。
「おいっ!進君、起きろよ!」
「何か道が動いて見えるんだよ!ちょっとお前も見てみろよ!」
と、言うと、進君は、
「んんっ~、そ、そんな事はないだろう~」
「そこら辺で車を停めてみぃ~よ、俺が降りて見てきてやるよ!」
と、言うので、そこから20メートル位進んだ所で停車しました。
そこで進君は車から降りて、フラフラ~っと車の前方に進んで行きました。
そして、5~6メートル位進んだ所で立ち止まったのです。
周囲には灯りはなく、車のヘッドライトだけが頼りでした。
それからどのくらい時間が経ったのだろう。
ぼくは異変に気付き、車のウィンドウを半分開けて進君に向かって叫んだのです。
「おいっ、進君!」
「その足はどうしたんだよ!足の先が見えないぞ!」
すると、今度は基樹君が、
「お、俺も、外に行ってくるよ!」
と、言って慌てて出て行きました。
そこで初めて、進君に何が起きたのか分かったのです。