第84話 憎むべき対象
彼は、そのまま、床に倒れる。
「…………え?」
私は驚いて言葉が出てこなかった。必死にカムレアに駆け寄る。
「カムレア!! なんで、なんでこんなことを……!」
私は涙が溢れる。
「嫌だ、嫌だぁ……」
「……そんな……」
アーノルドは呟く。
もう、カムレアは動かなかった。
「……うわぁぁぁぁぁぁぁあ!」
私は叫ぶ。
「……つまらん、まさか自ら死ぬとは……」
ワーリは額に手を当てる。
「奴にはそんな勇気はないと踏んでいたのだが……余計なことをしてくれた者が居たようだな……」
「ああ、あ、……」
***
思えば、初めから……。貴方と出会った最初の日から、私は貴方が好きでした。でも、それに気づかなかった愚かな私は、なされるがままに貴方ではない人と結婚をしました。何故か辛い日々が続いたのは、きっと、貴方のことを考えていたからなのでしょう。
旦那様が死にました。妹も死にました。信頼していた、優しかった私の先生も、笑いながら私を裏切っていきました。このまま死のう思った、そんな絶望のどん底で、私の手を引っ張って、暗闇から連れ出してくれるのは、いつも貴方なのです。
貴方が好きだと気づいた時には、もう、そんな言葉を口にすることも出来なかったのです。そんなことを言う資格は、私にはないと悟ったのです。
そのまま、私は生きる理由を、私という存在が必要とされる場所を探しました。本当は、復讐など、できなくてもよかった……。ただ、貴方と生きていたいだけだったのです。
沢山の人を殺した私は、身体の全てが赤黒く染まっています。もう、貴方の隣にいる資格すらないと言うことは分かっていました。でも、それでも、一人で生きていくなんて、私には出来なかった。
神様……お願いです。なんでもする、私はなんでもします……。だから、私の復讐は叶えなくていい。だから、せめて、貴方がいなくならない世界で……
「ああ……あぁぁぁぁぁぁあ!」
私は叫ぶ。
もう、自分が死んでも世界が無くなっても、何もかもがどうでも良くなってしまった。
私は涙をこぼす。目の前は真っ暗で何も見えない。
「殺す……殺す殺す……!」
私は剣を手に取り、ワーリの方に向かう。
「おい! 落ち着け! リーン!」
アーノルドが私の肩を掴む。
「うるさい! その手を離して! さもないと貴方であっても殺すわ……!」
「……っ、そんなことを言っている場合じゃないだろ! 正気になれよ、姉さん!!」
「……は?」
「まだ……まだ生きているかも知れないだろ!! ちゃんと呼吸をしているか確認はしたか?」
「……っ!」
急いで調べると、僅かにカムレアが息をしているのが聞こえた。
「まだ……生きてた……」
心の中に、少しの光が見えた。
「……だが、この様子だと、長くは持たないぞ……」
「……私が魔法を使う……」
リーンは言う。
「魔法? そんな魔法があるのか……?」
「あるにはあるよ、でも、禁忌の魔法なんだ。生きてさえいれば最大の体調状態に戻せる、禁忌の魔法」
リーンは言う。
「そんなの、使ったら、お前はどうなるんだよ!」
アーノルドは言う。
「……知らない。多分、莫大な魔力に耐えられずに、体が四散する……」
私は言う。
「おい! なにもそんなこと……」
「分かってないね、アーノルド。私は死んでも別にいいの。ただ、カムレアには生きていて欲しい。貴方もそうでしょ?」
私は笑う。
「……っ。……馬鹿……。なんでわかんねぇんだよ……!俺はカムレアもお前にも、2人とも、笑って生きている世界がいい!!」
「……」
「いいか? カムレアだけが生き残って、あいつが自分のために犠牲になったお前を見たらどう思う!? 一生罪悪感に駆られながら生きていくんだ!」
「そ……それは……」
「だから! だからせめて、お前は、生きているんだよ! カムレアも言ってただろ!? いつもお前には笑っていて欲しいって! その願いを聞かずにどうするんだよ!!」
「………………」
重苦しい沈黙が流れた。その間、王は1人、笑いながらその様子を見ていた。
「……わかった。禁忌は起こさない。だけど、必ずカムレアを死なせない……!」
私はカムレアに向けて手をかざす。
……お願い。お願い。私の魔法が2度と使えなくなったとしても、カムレアを助けて。お願い……。
すると、花のブローチが緑色に光り始めた。そのまま、ブローチは光になって、カムレアの体の中に吸い込まれていく。
「……すごい……」
きっと、皆が力を貸してくれているんだ。ルーク様。妖精さん、アリアナ……。
そのまま、カムレアは目を覚ました。
「カムレア!!」
「オレは……オレは……なんで……」
カムレアは起き上がると、涙を流した。
「……ごめん、」
「カムレアが謝る必要はないよ。ただ、味方のために自分を犠牲にしたところが問題!」
私は笑う。
「 ……うん」
カムレアは言う。
「さて、カムレア、大丈夫?」
私は聞く。
「………………うん!」
カムレアは立ち上がり、剣を抜いた。目指すのはワーリ王の元だ。
「貴様ぁぁあ!」
ワーリ王は激怒し、扉の前まで逃げた。
逃げられる……!
「『黒炎』!!」
私は咄嗟に、ワーリ王に向かって魔法を放った。すると……徐に、扉が開いて……そこにいたのは、イザベラさんだった。
「……っ! イザベラさん! 避けて!」
私は言う。
間に合わない……! この速さなら、確実にワーリ王にも当たるけれど、イザベラさんを盾に逃げられたら一貫の終わり……!
黒炎に衝突する瞬間、ワーリ王がイザベラさんの前に立ちはだかった。
そのまま、ワーリ王は直撃を受け、倒れる。
「! 王様!」
イザベラさんは駆け寄る。
「…………うそ……なん、で……」
私は立ちすくむ。驚きで動けなかった。
『愛してなどいない』
ワーリ王の言葉が聞こえた気がした。
「……うそじゃん……嘘なんでしょ? ワーリ王!!」
私は言う。
が、もう誰も答えてはくれなかった。イザベラさんの方に行くと、涙を流しているイザベラさんと青白くなりもう動かないワーリ王……
「うそ……だ……」
カムレアも放心状態になっている。それもそうだ。実の父親がこうもあっさり死んだのだ。
すると、走ってアーノルドが扉から入ってきた。
「無事か!?」
誰もが立ち尽くす中、倒れているワーリ王を目視した。
「っ! 倒したんだな! よかった……」
アーノルドは言う。
が、隣で泣いているイザベラさんを見て固まる。
「……あんた、なんで泣いてるんだよ……」
「…わたくしは……わたくしは……!」
「なんでだよ! アイツには酷いことをされてきたんだろ!?」
アーノルドは言う。
「ちょっ、落ち着いてアーノルド!」
私は言う。
「あんたはワーリに旦那とも引き剥がされて……!」
「…………ちょっと待って下さい……」
イザベラさんは言う。
「旦那様……? なんの、ことでしょうか……」
「…………え?」
おかしい。イザベラさんの夫はワーリにイザベラさんを奪われてからは、研究者として働かされていたと……
「……いや、その……研究者って言う……」
アーノルドが言う。
「どなたのことですか……?」
……そんなの、知らない……ワーリ王は嘘をついていたって言うこと……?
「だってワーリ王が……」
私たちが説明すると、イザベラさんは泣き崩れた。
「う……ああ……」
「イザベラさん……?」
「それは、きっと、王様の嘘でございます……」
「そんな……」
私たちは顔を見合わせる。
「ですが……もう良いのです。王様が悪事に手を染めていたことも事実ですので」
イザベラさんは涙を拭って笑う。
「はい……」
結局、死者一名、不傷者数名。私たちの勝利でこの戦いは幕を閉じた。