第82話 真実
「なんでイザベラさんが……ここにいるんですか……」
私は言葉を漏らす。
「違うのよ、リーン。わたくしはタシ。タシ・サルバドール」
イザベラさんは少し、躊躇ってから、口を開こうとした。
「いい。お前から喋ろうとしなくても……そうだな。アイリス。君から説明してやれ」
ワーリは言う。
「はっ、はい……お父様……」
カムレアは怯えたような表情で言う。
「おとう……さま……?」
理解が追いつかない。意味がわからない。
「……オレは、オレの正体は……『サルバドール国の第一皇子。アイリス・サルバドール』だ」
カムレアはそう言い放った。
「…………」
私も、アーノルドも、理解が追いつかなくなって、ただ、動くことができない。
「意味わかんない……」
「……オレは……その……」
カムレアは少し震えていた。なにか、思い出したくない過去なのか、それは私には分からないけど、
「もういいよ」
と言った。
「? どうして……」
「だって、無理に聞くものでもないし、誰にでも言いたくない過去の一つや二つ、あるでしょ、それに……生き残って帰ってきたら、話してくれるって約束でしょ!?」
私は笑って剣を抜く。
「ね、ワーリ王。アンタがカムレアに何をしたのかは知らないけれど……やっぱりアンタを許すことはできない」
「そうか……アイリスよ。そこまで言いたくないのか……。そんなにこの仲間とやらが大事か……そんなに嫌われたくないか……」
そう言うと、ワーリ王は笑い出した。
「いいだろう! ならば特別に、余がアイリスの過去をお前たちに見せてやろう!!」
すると、ワーリ王は右手に持っていた杖の先を床に叩きつけた。
『コンコン』と言う音とともに全ての光がなくなり、この空間が暗闇となる。
「いいか? 特別にだ。余がアイリスの記憶をお前たちの脳内に直接入れるとしよう」
「や、やめてください、父様!!」
そんなカムレアの言葉も無視し、ワーリ王は魔法を使った。その瞬間、私の脳内には知らない記憶が流れ込んできた。
「っ……これは……?」
木で出来た作業台のようなところに拘束されている少年。その少年に、白衣を着た者たちは次々と注射をしたり、ナイフで皮を剥いでいったりと、考えただけでおぞましい、非道なことをしていた。
「……なに……」
私は立ち尽くす。
次の映像が目に飛び込んできた。先程の少年のもとに、魔法で作られたであろう風の刃が飛んできた。刃は少年の腹を裂いたが、ギリギリのところで急所をずらしたようだ。そのまま、少年は立ち上がり、服を破り止血をしている。
ここにあった全てに疑問を覚えた。少年はなんであんなに淡々としているの? なんでこの少年にこんなことをするの? この少年は…………
そのまま、いくつか、地獄を味わった私は、気づいたら先程の場所に立っていた。
「!」
「ほう、目が覚めたか」
あたりを見回す。アーノルドもこっちに意識が戻ってきたようで、口に手を当てて動揺している。
「さっきのは……あの少年は……」
「ああ、アイリスだ」
「どういう……ことだよ……説明しろ! こいつは何不自由なく幸せに暮らしていた、この国の第一皇子なんだろ! おい!」
アーノルドはワーリ王に詰め寄ろうとする。
「…………まって、」
私はそれを止める。
「なんだよ、姉さん! こいつ、一発殴らせろ!」
「だめ……」
「なにが!」
「そこ……」
私はアーノルドの少し前側の天井を指さす。そこにはたくさんの剣が突き刺さっていた。
「……は?」
すると、その剣が真っ逆さまに落ちて、アーノルドのすぐ前に刺さった。
「こいつ……俺がそう出ることを知ってて……」
アーノルドは言う。
「ワーリ王! あんなものを見せたからには、貴方には質問に解答する義務がある!」
私は言う。
「ああ、いいぞ。だがその前に……」
ワーリ王は言う。
「ミラ、アイリス。お前たちは一旦出てゆけ」
「…………え?」
「そ、それは……」
「いいから早く出て行け!」
「……っ!」
2人を兵士に連れて行かせると、満足したようでワーリ王は話し出した。
「貴様の絶望する顔は見ものだろう。正直に話してやる。私は……愛を知らなかった。だから、愛を知ろうとした。この国で一番美人だと名高い、あいつを娶った。……だが、結局やつを愛することもなかった。そんな時、2番目の妻がやってきた。
その時、私は初めて愛を知ったのだ。彼女との子供ができたときは大変に喜んだ。とても大事にすると誓った。だから……アイリスが邪魔になった。
どうにかして王位継承権を彼女の子供にしようと画策した。だが、出来ず、しまいには魔法を無効化するための実験を始めた。魔法を永続的に無効化する薬はもう開発してあるんだ。
だが、あれを飲むと必ず、副作用で5年後に死ぬと言われている代物だった。いい実験対象があるじゃないかと思いついた。アイリスに飲ませたのだ。
ただ、『5年後にお前は死ぬ』と言うのは違った。あれは開発をした者。妻を取られたことを憎んだとある研究者の嘘。あの薬は10年後に近くにいる人物たちに厄災をもたらすというものだったのだ。
とにかく遠ざけなくてはと思ったが、第一皇子と王妃を追放する理由など、持っているはずもなく、大義名分を準備する時間、ああやってアイリスを殺そうと何度か試みたのだが、なぜかやつは生き残った。だから追放をしたと言うまでだ。
…………どうだ? これで満足か?」
ワーリ王は言う。
なに……こいつ……こんなこと、悪びれもなく、淡々と話すとか……
私は驚いて言葉も出なかった。アーノルドも同じように、目を見開いて固まっている。
「……イザベラさんを……愛してはいなかったのですか……? だったらなぜ……そこまでして他人の奥さんを横取りするような真似を……」
「そんなこと、聞くまでもない。私はただ、『愛』が知りたかっただけなのだ」
「何を……言っているんだ……こいつは……」
アーノルドは言う。
この人は……なにか……
「……っ、アンタなんかじゃ、話にならない……!」
私とアーノルドは扉の外に出て、連れて行かれてしまったカムレアとイザベラさんを探す。
不思議と、ワーリ王は追って来なかった。
「……いたぞ!」
アーノルドの合図とともに、私は兵士に刃を突きつける。
「その手を離しなさい……! さもないと、ここで貴方を切り捨てる!」
「ひっ!」
兵士2人はカムレアとイザベラさんを手放し、どこかへ逃げていった。
「大丈夫ですか!?」
私とアーノルドは2人に駆け寄る。
「ああ、オレはなんともないよ。母様は……?」
「ええ。わたくしもなんともありませんわよ」
「ならよかったです」
「……あの、もしも差し支えがないならば、ワーリ王から追放された後の話を聞かせていただいてもよろしいですか?」
私は言う。
「…………ええ。わたくしがお話ししますわ」
「わたくし達が、王様からこの国を追放された後、隣国で行く頭なく彷徨っておりました。そして、墓の前に立つ、ミルトレイ家の旦那様と出会ったのです。彼は息子である『カムレア・ミルトレイ』を流産でなくしておられました。それも、奥さんである『イザベラ・ミルトレイ』と共に」
「もしかして……」
アーノルドは言う。
「…………そう。わたくしとアイリスは身代わりになったのです。その、もともと死んでいたはずの方と」




