第69話 誘拐
次回で70話です!
朝 宿の廊下
「……おはようございます……」
アイラは気まずそうに言う。
(まさか、朝のお手洗いの帰りに、廊下でばったり、リーン様に会ってしまうなんて……!)
「はい、おはようございます。……それで、考えましたか?」
リーンは和やかに言う。
「え、あ、えっと……や、やっぱり、僕はお兄様や友達を大切にしたいと思いました。なので、すみません! 先日のお話は取り消しを……」
アイラは申し訳なさそうに言う。
「ああ、大丈夫ですよ」
リーンは笑う。
「今後もお兄さんとご友人をお大事になさってくださいね」
そのまま、リーンは会釈すると、アーノルドの部屋の扉を勢いよく開けた。
「!!」
アイラはびっくりする。
「はーい、起きなさーいっ!」
リーンは言う。
それでもアーノルドはベッドの中で寝ていた。
「起きてー! アーノルドー!」
「い゛や゛た゛〜! まだ起きたくない〜!」
アーノルドは布団をがっちりとホールドしていた。
「……まったく……いつもこうなるんだから……」
「あ、あの……大丈夫ですか?」
アイラは言う。
「あー、この人ね、寝起きが死ぬほど悪いんだ……」
「そ、そんなに……?」
「いやまじで……無理やり起こした時に一回、暴走したことがあってさ……」
(あの時は大変だったなぁ、カムレアでも沈められかったし……)
「け、結局、どうしたんですか?」
アイラはおそるおそる聞く。
「30分くらい暴走したらまた寝た」
「結局寝てる……!」
「そうなの、だからいつもは自然と起きるのを待つ感じかなぁ〜」
(実は、うちの3人の中で、アーノルドが一番起きるのが早いんだよね……。だからいつもは大丈夫なんだけど、今日みたいに、たまにずっと起きない日があるからなぁ……)
「起こしてもしょうがないし、アーノルドはほっといた方がいいかも。今日なんの仕事をするんですか? もしかしたら、一日中起きない可能性もあるし、今日アーノルドが仕事をするのはちょっと厳しいかも知れません……」
「そんなだとは……」
(なぜ、そんな大事なことを先に言わないんだ、アイツは……!)
「もしも2人いないと無理そうだったなら、私がアーノルドの代わりをやりますけど……大丈夫そう?」
「……あ」
(そういえばこの方の運動能力は下手するとユリア以上! ならば捕まってから脱出するのも簡単にできるのでは……だが、苦手なんだよなぁぁぁ! この人……)
(どうしよう……だが、僕だけでは任務達成は不可! そして明日には帰らないと行けない。つまり、今日任務を達成しなければ……ということは……)
「す、すみません……手伝ってもらいたいのですが……」
アイラは言う。
「いいですよ、どうせ暇ですし、何をするんですか?」
リーンは言う。
「えっと……」
(うわ、言いづらい! これは……『捕まってください』なんて言ったら、ボコボコにされてしまうのではないか!?)
アイラは割とマジで考える。
「?」
「あ、えっと……憲兵たちに、つ、捕まって欲しいんです!!」
「……え?」
(言ってしまったぁぁぁあ! よし死のう、すぐ死のう!!)
「うわぁぁぁあ!」
テンパったアイラは宿を飛び出して行った。
「えぇ……?」
1人残されたリーンは困惑する。
(ど、どうしよう、逃げてしまった! 申し訳ないことをした!)
アイラは宿の外で、息を荒げながら思う。
(今からでも戻って、謝った方が……いや、でも、怖い……!)
「…………どうしよう……」
***
なんとか一人でやってみようと模索したアイラは憲兵たちのいる、憲兵滞在所(現在の日本で言う交番のようなところ)にやってきた。
「……し、失礼する」
アイラはそう言って、滞在所に入る。
「こんにちは、どんなご用件でしょうか」
爽やかな青年が対応する。
(……この青年、細身だし手が傷だらけではないか……こんなので憲兵が務まるのか……? まあでも、制服は着ているし、しっかりはしているようだな)
「すまない、ぼ……私の財布が盗まれたようなのだ」
アイラは言う。
「それは大変ですね、では、どんな柄だったかなど、この用紙に記入してください」
この治安の良くない街では日常茶飯なのか、憲兵の対応は流れるように迅速で、しっかりしていた。
(ほう、対応は悪くないな……)
「ではお探しいたしますので、少し、お眠りください」
青年はそう言うと、アイラの首を強く叩いた。
「! 貴様……何者……だ……」
アイラはそう言うと、気絶した。
「ライ兄! 大丈夫?」
1人の少年が奥から出てきた。その手には、服を脱がされた老人の憲兵がいた。どうやら、その老人から服を奪い取ったようだ。
「ああ、無事に気絶させたよ。……こいつは金になる。フローアにも知らせてあげてくれ」
ライ兄と呼ばれた青年は笑う。
「やったー! フローア! 聞けよ、また金が増えた!」
少年は奥に向かって叫ぶ。
「本当なの、シリア!」
フローアと呼ばれた少女も出てくる。
「それにしても、上手くできてよかったなぁ〜」
「そうだね」
「よかったわ!」
3人はアイラを縛ると、手を合わせ喜んだ。
「おじさんたちは大丈夫かしら……」
「大丈夫だって! おじさんたちも伊達に何年も剣闘士をやってたんだから、さ」
ライ兄と呼ばれた青年はフローアの頭に手を当てる。
「うん……」
「おーい、2人とも、こいつどうするんだ?」
シリアと呼ばれた少年は言う。
「……少しは心が痛むけれど、闇市に売るしかないね……僕たちも食べるためなんだから……」
ライ兄と呼ばれた青年は目を伏せる。
「……そっか、じゃあライ兄が担いでね! おれとフローアは手ぶらで行く!」
シリアは笑う。
「まったく……しょうがないなぁ、じゃあ行こうか。あの僕たちがいた剣闘場に、密売人の溜まり場になっているらしいから、そこに行こう」
ライ兄は言う。
「で、でも、危険じゃない? 私、怖いよ……」
フローアはライ兄の服の端を掴む。
「大丈夫だよ、僕が2人を守るから」
そのまま、アイラを担いで剣闘場に向かう3人は不安に顔が曇っていた。
その時、アイラの目が覚めた。
(……え、ここは……僕は確か、憲兵の……)
頭がぼうっとしていて、何も考えられない。わかるのは、担がれていることだけ。そのまま、何もできずに担がれていく。
***
「……まったく、手伝ってあげようと思ったのに、急に外に出て行ってしまったから、追いかけてみれば……」
リーンは呟く。
(あれって……捕まってるの……?)
(後ろから見ているだけだから、担いでいる人たちの顔までは見えないけど、制服は憲兵のものだし。……ってか、子連れの憲兵なんで初めて見たわ……。しっかりやんなさいよ……)
リーンは思う。
(もしかして、さっき言ってた捕まって欲しいって、このことなのかな……。ってことは、自分でできたから、私の助けは要らない感じだよね?)
(じゃあ宿に戻っていようかな……)
次回の投稿は明後日です! お楽しみに〜