第47話 傭兵
遅くなってすみません!
私が投げた鍵を、少年は拾う。
「私は、その扉を開けてあげないけれど、君達の選択は自由。悔いのないように生きなさい」
私はそう言って、階段を登り、さっきの観客席に戻る。
「ああ、いたな、嬢ちゃん……? って、なんで兵士の格好してるんだ?」
「……それより、状況はどうです?」
「ああ、あの、剣闘士の方。長くは持たねぇだろうな。だってもう、5回、顔面を殴られているしな」
おじさんはおそらく、ライ兄と呼ばれていた剣闘士の方を指差す。
「……そうですか。すみません、おじさん。兵士とかに私のことを聞かれても、知らないふりしてくださいね!」
私は下に飛び降りる。
「っ、おい!」
上からおじさんの声が聞こえた。
おそらく、全身に黒い鎧を纏っている方が傭兵なのだろう。
「『身体強化』!」
私は足を集中して強化させて、下に着地する。すると、土出て来た床に亀裂が入った。砂煙が舞う。
「!? なんだなんだ!」
「面白くなってきたじゃねえか!」
「おい傭兵さん、その兵士もまとめて殺してやれよ!」
観客たちはまた、歓声を上げる。
「あなたは?」
おそらく、剣闘士の子供たちにライ兄と呼ばれていた人だろう。その人が私に言う。
「……貴方、今までここの剣闘士をどれぐらい殺してきたの?」
私は歩いて傭兵の方に向かう。
「……賞金のためだ。数え切れないほど。子供もだった」
「ふぅん、そっか。じゃあ……!」
私は頭に乗せていた鎧を取って地面に投げる。
「あれ、女か!?」
「勝てるわけねぇじゃねぇか!」
また、観客は歓声を上げる。
「……お嬢ちゃん?」
私は少しにっと笑って、魔法で杖を出す。その後で、傭兵の方に向ける。
「行くよ! 『アルトゥ』!」
アルトゥとは、フランス語で「止まれ」なんだとか。
「な、なん、だ……? 体が、動か、ない……」
傭兵は鎧をガシガシと言わせながら、辛うじて口を動かす。
「……」
私は傭兵の首元に剣をかざす。
このまま、殺してしまおうとも思ったけれど、さっき、何人殺したかと聞いた時、反省してそうな声色だったし、少し、事情を聞いてもいいかもしれない。
「頼む。お願いだ。殺してくれ……!」
傭兵は言う。
「……」
うん、逃げようともしないし、命乞いもしない。なんか、訳ありの予感がするね。ちょっと話を聞いてみよう。
すると、さっき牢獄の中にいた剣闘士たちが観客席の近くに全員出てきた。私の鍵を使ったのだろう。さっきの子供たちもいる。
「……なんだ、あれ」
「あんなに強い傭兵が、さっきの兵士に負けてるの……?」
剣闘士たちは茫然としている。
「さて! 彼は降参したから、これでこの演目は終了! 客は皆、帰って!」
私は観客たちに向かって叫ぶ。すると、
『殺せ! 殺せ! 殺せ!』
と、観客たちは騒ぎ始めた。
「……うそ。こいつら、こんなに血気盛んなの?」
気持ち悪い。
うーん、コイツらは放置しておいても問題ないし、傭兵とは、さっきの牢獄があった地下で話そうかな。
「……貴方、魔法を解いてあげる。そのかわり、私の言うことに従って、今から付いて来なさい」
私は少し後ろを向いて言う。
ギシギシと言いながら、傭兵の兜が上下に揺れた。
『了解』ってことだよね。
私は魔法を解いて、そのまま舞台を後にした。ライ兄と呼ばれていた剣闘士は何が起きたのか、わからない様子でポカーンとしていた。
その剣闘士の前を素通りして、地下に行く階段を降りる。
「わかっていると思うけれど、ここで後ろから私を攻撃しようとしても無駄だからね」
私は傭兵の前を歩きながら言う。
「ああ」
傭兵は鎧の音を立てながら、階段を降りた。
そして牢獄の前。もう、剣闘士たちは抜け出したからもぬけの殻だ。
私は立ち止まり、後ろに振り向く。
「ねぇ、貴方がここで働き始めた時のお話をしてくれる?」
「……ああ。私は元々、傭兵をしていたんだ。妻もいて、貧しいが順風満帆の生活を送っていた。その頃、ちょうど、息子が産まれたんだ」
「……その、当時はちょうど、著名人を殺したことで、少し有名になったんだ。有名になって、沢山の依頼が来るようになって、浮かれて家に帰ったら、妻が殺されていて、生まれたばかりの息子が消えていた」
「それは……」
「……妻を殺し、息子を奪ったのは、ここの剣闘場を運営している男爵だったんだ」
おそらく、先程のちょび髭野郎だろう。
「息子を、返して欲しければ、ここで剣闘士を殺し続けろ。と。100人殺したら、解放してやると……」
100人を殺せと? 流石に頭が悪すぎるのではないのだろうか。傭兵さんは、こんなに、罪なき人を殺し続けることに気を病んでいるのに。100人殺す前に、精神が崩壊するだろうに。
……いや、『出来ないと踏んだ上での』ということか。嫌な奴だなぁ。
「息子は生きているの? 確認は取れた?」
私は聞く。
「……はい。今は剣闘士と言う扱いになっていますが、今のところ、一度も試合に出させてはいないようです」
「……え、剣闘士の中に、いたの?」
「はい。シリアという名前です。まあ、私のことなんて、覚えてないでしょうが」
「……そう」
すると、『バン!』と言う音とともに、鉄格子の扉が開く。
『!』
「誰か来たね。もしもその、貴方の家族を奪った男爵なら、私、殺しちゃうかもだけど、やっぱりこう言うのは貴方がやったほうがいいと思うの。戦える?」
「……はい。任せてください」
やはり、先程のちょび髭の男だった。
「あー、あいつ?」
「……はい」
「じゃあ、ここの人々を解放してあげる! もしも行く当てがないのなら、私の軍隊来て欲しいなぁ……。うん、じゃあ、初の共闘と行こうか!」
「はい!」
すると、男爵は口を開く。
「おい、傭兵! 何をしているのだ! 牢獄がもぬけの殻ではないか! ……戦犯はコイツか。おい! 今すぐ殺せ!」
「うわー、うるさい。耳痛くなるから辞めてくれませんかね」
私は耳を押さえる。
「っっっつ! なんだと!? 貴様、私に向かって、なんという口の聞き方だ! 私はこの国の男爵だぞ!! ふふ、そうだ。貴様の名前と階級を言ってみよ! さぞ、惨めなのだろうなぁ!」
あーあ、自分で自分の首を絞めてる。
「いいですよ」
「……お初、お目にかかります。私の名前は
キャスリーン・アークリーです」
私は言う。
「いくら、政治に関われないような低級貴族でも、この名前ぐらいは知ってますよね?」
私はお辞儀した顔を上げる。
「あ……な……ん、だ……と? 隣国の、王妃か……! 生きていたのか、貴様……!?」
男爵は顔を強張らせる。
まだ、私が生きていることを国から知らされていないなんて。だいぶ信頼されていないんだね。
「そうだ! やはり、殺すのはだめだ! おい、傭兵、コイツを捕らえろ!」
男爵は目の色を変え、傭兵さんに命令する。
「動きませんよ。彼は私に寝返りました」
私は言う。
「っ! くそ!この場にいる味方は私だけと言うことか! ならば、このまま捕らえるしか……!」
男爵は太い体で私に襲いかかってきた。
「『物質作成』!」
私は縄を作る。そこまで高性能は求めてないから日本語でいいや。
***
「す、すごい……。こんなに早く、男爵を捕らえるなんて……」
傭兵さんは驚く。その目の前には、縄でぐるぐるにされ、椅子に座らせられている男爵がいた。
「……ふう。では、ここからは貴方の自由ですよ。なので私は先に出て、貴方の息子さんを探しておきます。えっと、お名前は……」
「あ、シリアです」
(敬語になってる……)
「そうですか。では、お先に」
少女は少し笑うと、階段を上がっていった。
ありがとうございました! 次話は明後日です!